山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
戦艦「武蔵」は三菱重工長崎造船所で建造され、同型の「大和」と並び不沈戦艦と言われた。戦況が悪化した昭和19(1944)年、レイテ沖海戦に参加すべく出撃し10月24日、米軍機の猛攻を受け、シブヤン海で沈没した。
副長・加藤憲吉のメモによると、右舷(うげん)に8本、左舷に15本の魚雷が命中、爆弾直撃は17発とある。乗員3300人のうち約1000人が救助されたが、現地の部隊に編入されほとんどが戦死、日本に帰国できたのは56人だけだったという。
◆戦争しやすい体制へ 抜かれる歯止め
海の藻屑(もくず)となった「武蔵」の所在は戦後70年不明だったが、マイクロソフトの共同創設者であるポール・アレン氏によって、シブヤン海の水深1000メートルで発見され、3月2日映像が公開された。
3月5日付の朝日新聞の「朝日川柳」にこんな一句が載った。
「レイテから戦争放棄のメッセージ」
安倍内閣は憲法解釈を変更して「集団自衛権」を認めた。国会では安全保障法制を根本から改定する議論が始まった。
これまで自衛隊の海外派遣は、そのつど国会で「特別措置法」を制定して行ってきた。本来は出来ないことですが、今回に限って特別です、というのが特措法である。それを「恒久法」にする。つまり「海外派兵はやって構わないこと」という法体系にするということだ。
同時に「周辺事態法」を廃止する。自衛隊はその名が示すように自衛のための軍隊なので、武力行使は日本周辺で緊急事態が起きた時に限られた。これを定めたのが周辺事態法だ。廃止するということは、武力行使の範囲が日本周辺に限定されないことになる。同盟軍の応援に必要な「要件」を満たせば、世界のどこでも武力行使できるようになる。
もう一つ。自衛隊の「文民統制」が揺らぐ。これまで防衛省は、防衛大臣を補佐するのは、局長・官房長など「背広組」と呼ばれる文官に限られ、陸海空の武官は、大臣や首相に直接意見を具申することはできない仕組みになっていた。文官というフィルターを通じ接触する「文官統治」でシビリアンコントロールを担保してきた。新法では、このフィルターが取り除かれ、武官が防衛相や首相と直結する。緊急事態に迅速な対応を可能にするため、と説明されているが、制服組の格上げである。
「戦争はしない」という前提で組み立てられてきた様々な歯止めが、ひとつずつ抜かれ、戦争しやすい体制になる。戦後70年を経てポジとネガが逆転する。憲法が禁止する「武力の保持」が、米国の世界戦略に沿って自衛隊という「例外」を作り、出来ないとされていた「海外派兵」は特措法という「例外」から始まり、今回は恒久法で「原則可能」となる。
ただし、そのための3条件(①密接な関係にある他国に対する攻撃で日本の存立が脅かされ②他に手段がない場合③必要最小限の実力行使)を満たせば、世界のどこでも武力行使が可能となる。
◆根強い「大艦巨砲主義」
海でさえ戦闘の主力が軍艦から戦闘機・爆撃機に代わってきたのに、大艦巨砲主義を捨てきれなかった旧海軍の見識が「武蔵」の悲劇を生んだ。
「レイテから……」の川柳が載った同じ日の朝日新聞の紙面に、「太陽光発電3-5割抑制」と見出しを打った記事が載っていた。再生可能エネルギーの固定買い取り制度ができたものの、九州・北海道・東北・四国・沖縄の電力5社は、新たに受け入れる太陽光発電で、一時的に出力規制する電力量は最大で発電可能量の3-5割になるという試算を発表した。
電線に流れる電気は限度がある、というわけだが、電力各社はいま止まっている原発を再稼働することを前提に、太陽光発電の受け入れ可能量をはじき出した。先進国では、原発の比率は減っていく、電力会社ごとに区切られている電気の融通を拡大する、というトレンドを踏まえれば、こんな推計が出るはずはないが、ここにも「大艦巨砲主義」が根強くある。
安全性や核のゴミの捨て場で解決策が見いだせない現状は、日本学術会議が指摘するように「無責任」のそしりを免れない。先進国は再生可能エネルギーへと舵を切り、新技術が続々と開発されている。その中で日本の電力会社は立ちすくんでいる。政府も明確な指針を出そうとしない。
年末には地球温暖化防止を目指す国際会議がパリで予定されている。日本はCO2の排出量の削減目標を用意しなければならない。ところが原発の扱いが決まらず、日本はどのエネルギーをどれだけ利用するか、という基本方針がいまだ立っていない。
原発ばかりか、事故を繰り返す高速増殖炉「もんじゅ」さえ捨てきれないのは、「原子力行政の失敗」を認めたくないからだろう。
◆同じ過ちを繰り返さなければ認識できないのか
分散・自立の新しいエネルギーは地域に活力と雇用をもたらす。そのことは欧州では実証済みだが、中央集権で「大艦巨砲」にこだわる勢力が抵抗している。
東芝が米国の総合電機メーカー、ウェスティングハウス・エレクトリックの製作部門を任されたように、日本と米国に原子力企業連合が形成され、事業を続けることが「潜在的核保有」につながるという「裏の国策」も無関係ではないだろう。
官庁・学者・業界・政治家の「原子力ムラ」にとって原発は「不沈戦艦」だった。その結果が「武蔵」の撃沈だった。同じ道をたどり、戦艦「大和」は沖縄に向かい餌食(えじき)になった。ヒロシマで降伏せず、ナガサキの悲劇を招いた。
日本は同じ過ちを繰り返さなければ、認識できないのか。深海の「武蔵」に今も残る屍(しかばね)は何を語る。
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