山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
アジアインフラ投資銀行(AIIB)。一般になじみのない国際金融機関のことが、今週は新聞・テレビで話題になった。日本が創設メンバーに入らない、というより米国と一緒に「阻止」の側に回っていたのに、仲間と思っていた英国やフランス、ドイツが参加へと回り、大勢が決まってしまった。
「世界の潮流が読めていない」「対米追従で失敗した」などと批判が上がるほど稚拙な外交があらわになったが、その陰でもう一つ中国の戦略機関が産声を上げた。「シルクロード基金」だ。
◆アジアインフラ投資銀行の波紋
AIIBは、三つの理由で問題があるとされた。①アジアで始まる巨額のインフラ建設を中国がのみ込もうとしている②世界の金融秩序であるIMF(国際通貨基金)・世界銀行体制への反逆だ③中国がやりたい放題の銀行になる――。日本などはそう考えた。
だが、よく考えれば、①も②も非難されることではない。鉄道・道路から通信・発電、10年間で1000兆円ともいわれるインフラ事業はどの国も狙っている。米国・欧州連合(EU)の多国籍企業や日本の商社にとって垂涎(すいぜん)の的だ。
中国企業が狙い、政府が後押しするのは当然だろう。戦後世界の金融秩序は米国主導で回ってきた。IMFも世銀も本部はワシントンにあり、人事は米欧の戦勝国が握っている。議決権につながる出資比率は先進国に有利に決められ、増資の度に見直しが議論されるが、決めても米国議会が批准せず、途上国に不満がたまっていた。
世銀も組織の硬直が問題になり、迅速な決定ができない。アジアにはアジア開発銀行(ADB)があるが、日本・米国が15%の出資をしているのに、中国は6%に抑えられている。米国の衰退とともにIMF・世銀体制に制度疲労が起きている。中国が新たな機関の創設を求めることを途上国は歓迎している。
問題は③だ。中国のやりたい放題は困る。インフラ建設の中国流は少なからず問題がある。典型が三峡(さんきょう)ダムだろう。揚子江をせき止めて110万人を移住させた、湖北省にある世界最大のダム。生態系への影響や生活権への配慮を欠くプロジェクトだった。
ラオスやタイでは、メコン水系などに中国が建設したダムが問題になった。下流の暮らしや自然破壊にお構いなしに計画が進み、ミャンマーの軍事政府(当時)さえ抗議したほど。中国企業が請け負う環境破壊・人権無視のインフラ建設がユーラシア大陸のあちこちに出来るようでは困る。
◆不良債権問題の処理が絡んでいるとの指摘も
「AIIBの出資の過半を引き受ける用意がある」と中国が表明したため、「中国の中国による中国のための銀行」というイメージが流布した。この表明は「賛同が少なくてもAIIBを創設する」という中国の決意表明だった。50カ国・地域超が参加を表明したことで、中国の出資比率は30%にとどまる見通しだ。
ASEAN(東南アジア諸国連合)やインド、先進国が組めば過半を取れる可能性がある。ここに日本が加われば、中国を抑えることが出来る。
多くの国が雪崩を打って参加したAIIBは、中国外交の大勝利を印象付けた。米国主導の国際秩序にクサビを打ったが、中国はその副産物として「思い通りの運営」は出来なくなった。「民主的運営」になれば、案件選択や工事仕様に先進国の意向も反映され、途上国が求めてきた「早く・安く」は望めない。そこで「シルクロード基金」に出番が回ってきた。
昨年11月、北京でアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれた時、習近平国家主席はAPECに参加していないアジア諸国まで集め、陸と海に新たなシルクロードを築くため400億ドルの基金を設けることを表明した。鉄道・道路・港湾・パイプライン・通信網などが対象になる。陸のシルクロードは中央アジアから欧州に抜け、海のシルクロードはアラビア半島から地中海をまわり、北海沿いの港までつなぐ。
AIIBは国際機関になる。中国の自由にはならない。だが中国にとって、周辺国とインフラを結ぶことはのどから手が出るほどの国益である。つながることで経済効果は計り知れないほど膨れる。それだけではない。中国が抱える不良債権問題の処理が絡んでいると専門家は見ている。
◆「やりたい放題」のチャンネルを自前で確保
中国経済は調整局面に入った。二けただった成長率は7・4%に落ちた。実際はその半分、3%台ではないか、とまで言われている。隠れた不良債権がある。陰の銀行と呼ばれるノンバンクや地方政府の迂回融資などが焦げ付いているらしいが、実態は明らかにされていない。誰もが認めるのが過剰生産・過剰設備・過剰投資だ。製品や機械が有り余っている。不良資産として処理すれば膨大な欠損金が生ずる。
表面化させれば、企業や地方財政で破綻(はたん)が相次ぐだろう。余剰生産力のはけ口を周辺諸国に求めざるを得ない。インフラをつなぐことで、はけ口が出来る。経済拡大によって余剰を吸収しようという構想だ。
AIIBは各国の合議制になる。好き勝手にできる機関は自前で作らなければならない。昨年、暮れも押迫った12月29日に「シルクロード基金」は発足したという。構想をぶち上げてから1カ月で5兆円の基金を作る手早さ。それなのに人民銀行が発表したのは2か月遅れの2月16日。AIIBに先進国まで参加することが明らかになってからだ。
AIIBで「米国を押し切る」外交勝利を手にし、もう一方で、「やりたい放題」ができるチャンネルを自前で確保する。中国はしたたかである。
実は、「シルクロード基金」にはもう一つ隠れた狙いがある。それは、次の機会に書くことにする。
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