東洋ビジネスサービス
1977年よりタイを拠点として、日本の政府機関の後方支援に携わる。現在は民間企業への支援も展開、日本とタイの懸け橋として両国の発展に貢献することを使命としている。
今回は、2013年の最低賃金引き上げ時に適切な対応を取らなかったために、大変な状態に陥ってしまったZ社をご紹介します。事の始まりは12年、タイ中央賃金委員会が、地域によってばらつきがあった最低賃金を、全国一律300B/日(現在のレートでは1バーツ=約4円)に引き上げたことがきっかけです。
産業界からの反発は強く、特に月給5000~7000Bで皿洗いを雇っていた飲食店などでは、ベースサラリーに連動する残業代を節約するために、最低賃金を9000B(300B/日×30日分)にしないで、残業を増やしてトータルで月給9000Bを支払うことでごまかそうとするところがありました。また、月給は最低賃金の9000Bより低いままで、社会保険料のみ最低賃金相当の金額を納めることで実際の所得金額をごまかすという悪知恵を働かせるところも出る始末です。
◆労働裁判になれば敗訴確実
さて、Z社の対応は「賃上げはしない。手当を増やして調整」というものでした。もちろん、法律に則ってはいませんが、手取り金額としては上がっています。
当初、特に不満の声はありませんでしたが、それから何年か経った頃に、社員の中に疑問を持つ人が出て来ました。「もしかしたら勤続年数が長い我々のほうが、最近入社した彼らよりも給与が低いのではないか?」。最初はちょっとした疑問でしたが、時が経つにつれて、在籍年数の長い社員と在籍年数の短い社員との間で、待遇の違いが話題となるようになりました。
実際に調べてみると、最低賃金の引き上げ時に、ベースサラリーを上げずに手当で「お茶を濁された」既存の社員たちと、その後に入社した、最低賃金と既存の社員と同じ手当が支払われている社員と二つのグループに分かれていました。既存の社員の疑問は的を射ています。
そんな時に、業績の悪化からZ社は信じられない決断をします。全社的に手当をカットするという「暴挙」に出たのです。もちろん、この決断によって、在籍年数の長い社員と在籍年数の短い社員の間の溝が決定的になります。
会社は、最低賃金の導入前と導入後の社員ですっかり分断されてしまい、在籍年数の短い社員の給料の方が、在籍年数の長い社員より高くなってしまったのです。会社の運営はガタガタです。
もしも社員が労働裁判所にでも駆け込むことになれば、敗訴することは火を見るよりも明らかです。毎月定額でもらっている給料や手当を下回った分は、過去にさかのぼって金利も含めて社員に支払いを命じられます。
◆小細工が招いた会社存続の危機
今回のZ社のケースは、大まかに見積もっても2000万Bの損害賠償の支払いが予想されます。ちょっとした小細工で最低賃金引き上げを乗り切ろうとしたばかりに、会社の存続が危ぶまれる状態です。弊社は現在、Z社の経営陣と一緒になって給与制度の立て直しを進めています。この作業が完了しないうちに労働裁判所に駆け込む社員が出ないことを祈るばかりです。
ちなみに、タイの法律では、給与だけでなく、毎月定額で社員に支払われる手当については、その社員の収入とみなされ、いかなる理由があってもそれを下げることは出来ません。一度支払った役職手当は、その役職から解任されたからといって減らすわけにはいかないのです。お気をつけください。
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