п»ї 官僚の劣化 ウソと記憶『山田厚史の地球は丸くない』第49回 | ニュース屋台村

官僚の劣化 ウソと記憶
『山田厚史の地球は丸くない』第49回

6月 26日 2015年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

日本年金機構から大量の個人情報が流出した問題を取材し、厚生労働省という役所が酷(ひど)いことになっているのを実感した。キャリア官僚の劣化である。

◆たらい回しにされた電話

年金局の業務企画課に取材を申し込んだ。らちが明かないので部屋を訪れた。担当者がいない、というので課長席の内線電話を確認し、引きあげた。頃合いを見てかけると、電話口に赤澤公省(あかざわ・こうせい)課長が出た。取材を申し入れると「忙しい。対応できない」と言う。「難しいことを聞くわけではない。事実を確認するだけです。忙しいなら対応できる職員を紹介してほしい」と告げると、「企画官に代わる」。

森という企画官に回された。この人も渋り、「広報の報道係に聞いてください」と言う。「取材は現場ではないのですか」と聞き返すと、「広報で」。内線番号を聞き、報道係に電話をかけると「取材は担当課が応ずることになっている。業務企画課に聞いてくれ」である。「そこから回された」と言うと、「それはおかしい」という返事。

「おかしいと言いたいのはこちらだ。たらい回しではないのか」とちょっと強い口調で言うと、「業務企画課に聞いてみる」。電話口で5分ほど待たされ、業務企画課の主査が出た。

「どういうご用件でしょうか?」と聞く。また一から説明すると、「私は広報から電話口に出てくれと言われただけです。取材に応ずる立場ではありません」。そうだろう。取材対応は係長にもなっていない主査の仕事ではない。広報は新米に押し付けたのだ。

事情を話し、課長か企画官に電話するよう伝えてほしい、と携帯番号を告げた。主査は「分かりました」と答えた。電話はそれっきりかかって来ない。

◆全責任を背負わされた係長

業務企画課は年金機構を指導監督し、情報流出対策の司令塔がここにある。事件が表面化してから、この課の係長が姿を消した。確認するため現場に足を運んだ。

「Kさんいますか?」。居合わせた職員に聞くと、「休んでいます」「しばらく見えません」。

41歳の庶務係長Kさん。機構との連絡役で、内閣のサイバーセキュリティーセンターからの第一報を機構に伝えたのもこの人だった。今や厚労省の稚拙な対応の全責任を背負わされている。最初の攻撃から深刻な事態に至るまで、大事な情報を独りで抱え込み、上司に伝えなかった、というのである。

本当だろうか。ありえないと思う。庶務係長が政策判断をすることはありえない。

K係長は事件発生から17日間も情報を抱え、上司に報告しなかったことになっている。その間、ウイルスの確認、対策、警察への届け出、被害実態の把握。事態は急転化した。機構からの情報を課長や補佐に告げるのが係長の仕事だ。判断や指示は課長以上がするのが役所だ。

機構には厚労省からの天下りが多数いる。社保庁が解体され、機構が出来るときから設立事務局長を務めていた薄井康紀副理事長がそのトップだ。年金局とのパイプ役、カウンターパートは樽見英樹審議官である。樽見・薄井のラインが漏洩(ろうえい)対策の中心であることは周知の事実。薄井副理事長は最初の攻撃があった5月8日から事件を知っていた。年金局の樽見審議官は5月25日に初めて知った、という。ありえない話だ。

◆笑い話で済まない国会軽視

国会でも問題にされ、野党議員は「厚労省はウソを言っている」と疑う。対決法案である労働者派遣法の審議に影響することを恐れ、厚労省には落ち度がないことにしようと隠ぺい工作がなされた、とも疑われている。

参議院で行田邦子議員が樽見審議官に「本当に連絡を受けていなかったのか」と質した。「記憶はそういうことでございます」と、審議官は「記憶」であることを強調した。

記憶問題では「笑い話」がある。労働者派遣法を通したい厚労省は、議員説明用の資料を作った。内容に誇張や歪曲(わいきょく)が目立ち、とんでもない資料だったとして、塩崎恭久厚労相は謝罪して撤回した。資料を作り議員工作をしたとして生田正之職安局長ら幹部の責任が問われたが、局長は「関与していない」と否認。厚労相が組織的な動きであったことを認めると、「カバンに入れて持ち歩いてはいたが、使って説明したかは記憶がはっきりしない」と逃げた。後日「その資料で説明を受けた」と証言する議員がでると、「今になって記憶が蘇りました」。

笑い話で済まぬ国会軽視である。平気でウソを言い、つじつまが合わなくなると「記憶にない」と答え、逃げられなくなると「記憶が蘇る」。組織で仕事をしているとはいえ、人間としてどうなのだろう。そこまでして守りたいのは何か。

優秀な人材をこれほどまで歪(ゆが)める組織にいて幸せなのか。官僚の仕事とはなにか。K係長はいま、何を思っているだろうか。

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