山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
今日(24日付)の朝刊に「日経が英FT買収」という白抜き見出しが躍った。FT(ファイナンシャル・タイムズ)はビジネスリーダー必読の経済紙である。失礼だが、日本経済新聞など足元に及ばない権威あるグローバルな媒体だ。
部数は電子版を含めて73万7000部という。買収金額は8億4400万ポンド(約1600億円)。高いか安いかは日経がFTをどう生かすか次第だろう。
◆「もうからないビジネスは売れ」が資本の論理
「日経はたいしたものだ」と感心する半面、「大丈夫か?」という思いはぬぐえない。
なんのためにFTを買ったのだろう。英文メディアに進出するつもりなのか。欧州市場を取りにいくのか。経済報道のネットワークが欲しいのか。それよりも、日経はFTの経営ができるのだろうか?
思い浮かぶのは東芝である。米国の原発メーカー、ウエスティングハウスを2006年に買収した。原発の本家を買い取る快挙に、西田厚聰(あつとし)社長(当時)は「経団連会長」という声さえ上がった。ところが結果は酷(ひど)いことになった。株主にはなっても経営に関与できなかった。6000億円を超える投資は東芝の重荷になり、粉飾決算というおぞましい出来事を招く一因にもなった。
株主が代わっただけで、ウエスティングハウスは元の通り事業を続ける。売った側は破格のマネーを手にした。仲介した投資コンサルタントも大もうけ。3・11後、凍りついた世界の原発市場のリスクは東芝が引き受ける。「ウエスティングハウスの買収で2015年までに世界で39基の原発を受注できる」とした、東芝の目論見は幻に終わった。
フランスでは、「原発世界3強」の一角アレバが経営破たんした。建設中の原発でトラブルが続き、赤字が拡大した結果だ。フクシマの教訓から安全対策が進み、建設コストがかさむ。原発はもうかるビジネスでなくなった。アメリカは気付いていた。だから日本に売ったのだ。
新聞はもうかるビジネスではなくなった。朝日新聞で記者をしていた時、よく聞いた冗談がある。
「新聞さえ発行していなければ、朝日新聞は優良企業だ」。旧(ふる)い企業だからあちこちに不動産がある。ビル会社で食っていける。新聞事業を社員丸ごと売ってしまえば、経営は盤石、というのである。
新聞は株式会社だが、日本では株主も経営者も「社会事業」のような気分でいる。資本の論理で考えるなら、「もうからないビジネスは売れ」は正しい。これから先細りするなら、ブランドに価値があるうちに売っておくのが得である。FTは、ウエスティングハウスと同様、先を見越して売りに出されたのだろう。
◆「草食系」の日本の新聞社が支配権を握れるか
ゴールドマンサックス(GS)といえば世界最強の投資銀行といわれる。そのGSが1985年、経営が苦しくなり住友銀行(現在の三井住友銀行)に株式を売った。プラザ合意の年で、世界で金融自由化の嵐が始まっていた。住友銀行は「これからは投資銀行だ。GSと連携して強化したい」と言っていたが、GS側のガードは固く、経営が回復すると提携は解消。住友銀行は急場の資金繰りに使われただけだった。
同じころ、住銀はイタリアのアンブロシアーノ銀行の子会社であるゴッタルド銀行(スイス)を買収した。プライベートバンキングと呼ばれる金持ち相手のサービスが売り物だった。
スイス国境の街ルガーノにあるこの銀行を訪ねたことがある。日本から派遣された取締役は暇そうだった。大事な話は非公式な場で決まり、日本人は蚊帳(かや)の外。「金持ち相手の金融サービス」の極意は習得できなかった。
FTの親会社である英ピアソンは、英語能力検定とか参考書や雑誌など手掛ける情報産業だ。収益性が低いFTを切り離して現金化し、次の投資を考えているのだろう。ピアソンから見れば、ジャーナリズムも品ぞろえの一つに過ぎない。
買収交渉で競合したのはドイツの新聞社だった。ドイツは最近、欧州連合(EU)内で勢力を増している。英国にはドイツに対する警戒感が強い。「草食系」でカネ払いのいい日本の新聞社が選ばれたのかもしれない。
日経は、果たしてFTの支配権を握れるだろうか。乗り込んで外人相手に辣腕(らつわん)を振るえるような人材は見当たらない。
紙離れ、といわれる苦境にあって、1600億円は半端なカネではない。FTで日経は何をやりたいのだろう。
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