小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住17年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
私がバンコック銀行に転職し、日系企業部を立ち上げ、現在のように多くの取引先と関係構築が出来たのは、本当に幸運のなせる術(すべ)であった。
私はよく「天の利、地の利、人の利に助けられた」というお話をさせて頂くが、「天の利」とは2000年以降急速にタイに生産移管を進めた日系企業の動きを指す。「地の利」とはタイ最大の商業銀行であるバンコック銀行の強い商品力とチャシリ頭取をはじめとする経営陣からの全面的なバックを示す。そして「人の利」とは私が東海銀行からバンコック銀行に転職した際、「私のために」とお取引をバンコック銀行で始めて頂いた多くのお客様と、現在20行にも及ぶバンコック銀行提携の日本の銀行(主に地方銀行や政府系金融機関)の方々である。
◆故細谷英二りそな銀行グループ会長の至言
提携銀行の中で特に印象深いのが、メガ銀行の一つであるりそな銀行グループの故細谷英二会長である。2000年代前半は日本の銀行全体が苦境にあり、地方銀行のほとんどは国際部門を縮小・廃止していた。
こんな中で私は、バンコック銀行との提携話を持ちかけに日本全国を渡り歩いた。訪問した多くの銀行では若い担当者が応接に現れ、「けんもほろろ」の対応を受けたものであった。りそな銀行も同様な苦しい状況にあり、03年に大和銀行グループとあさひ銀行が合併。その後1兆9660億円の公的資金が注入され、実質国有化状態の中でJR東日本出身の細谷会長が陣頭指揮を執り、銀行再建が図られたのである。
「銀行の常識は世間の非常識である」という名言を吐かれ、銀行業務に大ナタを振るわれた細谷会長であるが、国際部門も縮小する業務の一つに入っていた。
04年4月、幸運にも私は細谷会長との面談の機会を得た。「君があの小澤君か」。どこかで私の名前を聞いて頂いていたようである。私もこの一言に勇気づけられ、細谷会長に対し「いかに多くの日系企業が海外に進出しているのか」「海外の日系企業を助けることがいかに重要なことなのか」ということを真剣にお話しさせて頂いた。最後に「是非早い時期にタイに来ていただきたい」とお願いをした。
それから3カ月後、細谷会長はバンコクにおいでになられた。私どもの銀行にも来て頂き、チャシリ頭取との面談後、私が玄関まで見送りに行くと「君の言う通りだった。日本の企業はこんなに海外に出ているのだね。私も考えを少しは変えなくてはいけない」と言い残されていかれた。
それからのりそな銀行の対応は早かった。04年9月にバンコック銀行と提携契約を締結すると、1年半後には私どもの要請に応えられ、出向者をバンコック銀行に派遣して頂いたのである。細谷会長の「現地、現物」の精神、更には潔く自らの方針を変更される姿勢に大変感銘を覚えた。
りそな銀行との契約締結後、提携銀行も順次増加、出向者も埼玉りそな、横浜、千葉、名古屋、商工中金と次々と増え、現在は18行20人にまでなっている。
◆「いかに顧客のためになるか」が仕事の発想の基本
さて、少し前置きが長くなったが、こうした日本の銀行との提携を当初模索していた時、訪問した各銀行からほぼ異口同音に発せられた要請が「ビジネスマッチングをして欲しい」というものであった。東海銀行勤務時代に、バンコック銀行をはじめとしてアジアの有力銀行との提携を模索し、提携銀行の金融商品を使い日系顧客の取り込みを図ろうとしていた私にとって、なぜ地方銀行の人たちがビジネスマッチングを最優先に挙げるのか、当初はわからなかった。しかし、じきにその理由が判明した。
その当時、有力地銀はこぞって上海に駐在員事務所を設置していた。ところが駐在員事務所はそもそもその業務が調査情報収集に限られ、顧客に売るべき商品もない。顧客訪問をしても顧客からは「何の役にも立たない」ため、うるさがられるだけの存在である。こんな中で、ビジネスマッチングは唯一顧客に感謝される仕掛けであったのである。
特に中国では、バンコック銀行と提携関係にあるファクトリーネットアジア社(以下、FNA社)が積極的にこれら地方銀行の受け皿として、ビジネスマッチング業務を展開している。このため多くの地方銀行がビジネスマッチングで顧客に感謝された成功体験を持っていたのである。
このビジネスマッチングを重宝がる風潮は海外だけではなく、日本国内も同様であった。成熟化した経済のもと、銀行貸出は伸び悩み、製品差別化の出来なくなっていた銀行は、こぞってこのビジネスマッチングや顧客商品のセールス支援に飛びついたようである。ここで顧客に恩を売って、何とかほかの金融商品を使ってもらおうという「おまけ作戦」である。
しかし、私はこうしたビジネスマッチングには当初否定的であった。そもそもタイでは日系企業は上手に銀行を使いなれきれていない。預金、貸し出しでも十分に銀行を活用できていない顧客が多い中、デリバティブ、キャッシュ・マネジメント・システム、プロビデントファンドなどを利用して頂ければ、業務の効率化、リスク管理、従業員福祉などあらゆる面で企業活動がより円滑になるのである。
バンコック銀行日系企業部では、こうした商品を売り込むにも、人手や時間が足りないのである。更に言えば、商品を売るのは企業の本来業務である。なぜ銀行が積極的に手伝う必要があるのだろうか? こうした考えが私の頭から離れなかった。
私の銀行員としての仕事の発想の基本は「いかに顧客のためになるか」である。部下に対しては常々「顧客に良いことをすれば、必ず我々の所に良いことがある( Good for Customers , Good for us )」と言ってきた。
銀行商品の整備と拡販の次に私が取り組んだのは、年4回のセミナー開催とコンサルタント会社「バンコック・コンサルティングパートナーズ」の設立である。お客様がタイにおいて円滑に業務を行っていくためには、言葉、法律、文化、商習慣など様々なことを理解、習得していかなければならない。私たちのお客様がこうしたことを会得する一助として年4回セミナーを行っている。またこれとは別に、主にタイ進出や法務、トラブル処理を念頭にコンサルタント会社を設立。「ニュース屋台村」の執筆陣に加わっていただいている「物づくりの研究家」である迎洋一郎さんの力を借りて工場診断や、日本人熟練者の人材紹介なども行っている。
◆発想の転換こそ新たな産業創出のカギ
ここまで体制が整ってくると、次に私が考えたのが新たな商売の創造である。日系企業がタイからいなくなれば、私どもバンコック銀行日系企業部は存立しえない。我々が生き残っていくためには、是非ともタイの日系企業に頑張って頂くしかない。タイの日系企業が今後も繁栄していくためには、当地においても新たな産業の創出が必要なのである。
では、新たな産業の創出のためには何が必要なのだろうか。経営学者であるピーター・ドラッガーは新たな産業を生み出す技術革新の機会として、「人口動向の変化」や「顧客需要の変化」など七つの要素を挙げている。このうち、彼が特に最も多く技術革新を生み出しているとしているのが「あとから考えると、何だこんなこと」と思う発想の転換である。この発想の転換をもたらすためには、異業種・異文化の異なった発想の融合が必要なのである。
残念ながら、ウォークマンのソニーが衰退しアップルに取って代わられたのも、ゲーム市場がソーシャルゲームになり、韓国企業に負けたのも、また日本の掃除機がルンバやダイソンに負けたのも、すべては発想の貧困さからである。より豊かな発想を求めていくことが産業育成には極めて重要である。そうした観点からもビジネスマッチングは「きわめて重要な出会いの場」であると私は考え直した。
それでは、いかにしてビジネスマッチングをやっていけば良いのであろうか。どうせやるなら、ビジネスマッチングも実績を挙げなければ意味がない。日本の地方公共団体の人たちが知事や市長を戴いて大挙してタイを訪問し、日本大使館やタイ工業省などを訪れ、その後関係者だけが出席する「形だけの商談会」を開催していく。最近は少なくなってきているが、私には「税金の無駄使い」としか映らない。
◆片手間で出来ないものは「餅は餅屋」に任せる
マスコミに写真を撮らせるだけの商談会ではなく、本当に実績を挙げられる商談会とはどのようなものであろうか。日本で商談会やビジネスマッチングを行っている方々からもお話をお伺いしたが、日本でわずかながらうまくいっている商談会は、日本各地の食べものを集めた「食の商談会」のようである。
なぜ「食の商談会」がうまくいっているかというと、商品が食べものであり、主催者や参加者が容易に商品内容を理解出来ること。更には一般消費者が食べものに興味があり、観客が比較的に集まりやすいことにある。また、デパートなども「特別催事」の枠を埋めるため、積極的に「地方物産展」を取り上げているなどの事情もある。
これに対して、工業製品の商談会やビジネスマッチングは、なかなかうまくいっていない様子である。その理由は売りたい人が圧倒的に多く、買いたい人を見つけるのが難しいこと。また、主催者側にこうした製品知識に詳しい人を見つけるのが難しいことである。
特に銀行員にはハードルが高い。日本の地方銀行では何をしているかと言えば、専門部署が「ビジネスマッチングリスト」なるものを作ってコンピューター上で各支店に開示している。しかし支店の営業担当では製品の理解出来ず、実際にはほとんどビジネスマッチングが成功している事例はないようなのである。
こうした教訓をどのようにタイで生かしていくのであろうか。結局ビジネスマッチングは銀行員の片手間作業では出来ないのである。このため、私達は前述の通り、ビジネスマッチングの専門家であるFNA社にバンコック・コンサルティングパートナーズの株主になってもらうことにより、同社と提携関係を結んだ。バンコック銀行の提携先として、FNA社には当行顧客のためのビジネスマッチングを積極的に担っていただくようお願いしたのである。
これとは別に、バンコック銀行の提携銀行である日本政策金融公庫は日本人商工会議所、ジェトロの協力を得ながら、バンコクで年1回の商談会を実施している。FNA社と日本政策金融公庫の両者に共通するのは、工業製品を購入したいという会社を連れてくる能力があること、ビジネスマッチングの専任者を置き、製造知識にも精通していることが挙げられるだろう。この二つの重要な要素をもっているからこそ、FNA社と日本政策金融公庫主催の商談会は成約率も高く、本当に顧客に役立っているといえるのである。
私どもバンコック銀行では、本当にお客様に役立つ機会の提供を目指している。残念ながらビジネスマッチングについては、我々の片手間仕事では十分なことは出来ない。バンコック銀行日系企業部のお客様がFNA社ならびに日本政策金融公庫の二つの商談会を積極的に利用して頂くことにより、当地において日系企業がますます繁栄していくことを私は切に希望している。
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