宮本昭洋(みやもと・あきひろ)
りそな総合研究所顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。
インドネシアは今年、中国経済の減速、国際商品価格の低迷を受け、経済運営に苦しんできましたが、政府が発表した第3四半期の実質GDP(国内総生産)は事前予想の4.8%より低かったものの、前年同期比4.73%となりました。第2四半期の4.67%より回復しており、経済減速には底打ち感が見られます。
◆インフラ整備に向けた政府支出が加速
需要項目別に見ると、政府消費は、遅れていた予算執行が進んでおり、純固定資本形成とともに前期より伸びています。政府は、来年の国家予算のインフラ整備案件の入札を年内に終える方針を示していますから、景気低迷に一定の歯止めがかかることが期待されます。10月の消費者物価は前年比6.2%と前月の6.8%より低下して落ち着きを見せています。
このような状況のなか、11月6日に米労働省が発表した10月の非農業部門の雇用統計によると、雇用者が9月より27万人増加したことで米国景気の着実な回復を裏付けました。米連邦準備理事会(FRB)の年内利上げはないとの観測は遠のき、12月中旬に予定されている米連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げが確実との見方が強まっています。大方の予想では現在の政策金利0.125%を0.25%に引き上げるとの見通しです。
これまで米国の利上げ観測に振り回されて通貨安感に見舞われていた新興国では、年内利上げが確実視されていることで、先行きの不透明感が払しょくされることになります。特にインドネシアは、アジア通貨危機以来の通貨安となったことから政府・中央銀行が9月以降に相次いで経済金融対策パッケージを発表。市場からの一定の評価を受け、通貨ルピアは一時的に持ち直しています。物価と通貨の安定を担う中央銀行は、米国利上げ後に落ち着きを見せ始めた消費者物価と通貨ルピア動向を見極めたうえで、景気浮揚のために高止まりしている政策金利の利下げを模索することになりそうです。
ただ、経済減速により銀行の不良債権比率が5月の2.46%から8月には2.8%と上昇しています。このため銀行の貸出判断は総じて慎重姿勢に転じており、貸出金利にリスクプレミアムを上乗せするようになっていますから、政策金利の引き下げが市中金利の低下を促すことは期待薄の状況にあります。来年のインドネシア経済は、インフラ整備を進める政府支出に支えられて緩やかな景気回復になると期待されます。
◆国営企業への資金投入を巡る問題
政府がインフラ整備を進めるなかで中核になるのは国営企業です。リニ国営企業担当大臣は、国会での2016年国家予算の審議において24の国営企業に対して約40兆ルピアの資金投入をすることを提案しました。しかし、与野党の国会議員から非効率で経済合理性のない投入は認めないとして審議が紛糾、改めて審議することで資金投入は宙に浮いた状態です。
先に話題となった高速鉄道プロジェクトは不透明なプロセスで中国が受注しました。このプロジェクトの推進母体は、インドネシア側60%、中国側40%の合弁企業体ですが、インドネシア側は国営建設会社ウィジャヤ・カルヤ(ウィカ)を筆頭とする企業連合です。当初、ウィカは政府からの4兆ルピアの資金投入を原資に高速鉄道案件に充てる計画を立てていました。政府は日本と中国政府に対してこのプロジェクトに国費を投入しないとの条件を提示していたにもかかわらず、結果的には国費投入が前提となっているのです。
政府からの資金投入に待ったがかかったため、ウィカは債券発行などにより自力での資金調達を模索しています。高速鉄道の決定プロセスの不透明性は脇に置くとしても、インフラ整備などの公共投資を推進する国営企業に必要な資金投入ができないとすれば、緩やかな景気回復が期待されるなか、その足取りは予想以上に重くなる可能性があります。
この国では、過去から国営企業を巡る不正や汚職が蔓延(まんえん)しています。インフラ整備など公共事業を推進するなかで国営企業にかかる利権に群がる与野党国会議員は多いのです。報道では、小幅な第2次内閣改造の話も出ており、その筆頭にリニ国営企業担当大臣の更迭もうわさされています。
◆TPP参加表明は吉となるか
高速鉄道の中国への発注を巡っては、闘争民主党のメガワティ党首の影響力を削ぐために、ジョコ・ウィドド大統領とリニ大臣が結託したとの話もあり、今回予想される更迭人事にはメガワティ党首の隠然たる力が働いていると思われます。
またジョコ大統領は、先般の米国訪問の際、オバマ大統領に対して環太平洋経済連携協定(TPP)への参加表明をしています。TPPは、中国に対する経済封じ込め政策とも言われていますが、インフラ整備を進めるために中国政府や中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)からの資金支援が欲しいジョコ政権にとって、中国との経済・外交関係を悪化させかねないTPP参加は、実にハードルの高い課題になります。
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