山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
11月15日、日曜日の読売新聞に不気味な全面広告が載った。化粧した両目が紙面上段にでかでかとあしらわれている。「私たちは、違法な報道を見逃しません」。大きな文字が躍っていた。「放送法遵守を求める視聴者の会」という聞きなれない団体の意見広告だった。
読むと、TBS報道番組「NEWS23」の司会者・岸井成格(きしい・しげただ)氏への攻撃だ。9月16日の放送で「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けてずっと声を上げていくべきだ」と発言したのは、放送法第4条の規定に対する重大な違反行為だという。
◆意見を言うからニュースキャスター
放送法は、公共の電波を使うことができる放送業者が、健全な放送の発展のために果たすべきルールをまとめたもの。第4条は「放送番組の編集」についての以下の規定が書かれている。
1.公安及び善良な風俗を害さないこと
2.政治的に公平であること
3.報道は事実を曲げないですること
4.意見が対立する問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること
岸井氏はメインキャスターとして番組と放送局を代表する立場にあり、一方的な意見を視聴者に押し付けることは放送法第4条に抵触するというのだ。
こんな趣旨のことも言っている。「岸井氏はTBSのサンデーモーニングでも同様の発言をしているが、そこでの立場はコメンテーターに過ぎないので発言の自由はある。だがNEWS23の発言は局を代表する立場なので同一には見なせない」
コメンテーターなら自分の意見を言っていいが、キャスターが個人の意見を言うと放送法4条に違反することになる、と言うのか。ニュースキャスターが自分の考えを語らなかったら、報道番組は気の抜けたビールになってしまう。意見を言うからニュースキャスターなのだ。
局を代表するから一方的な意見を言ってはならない、と言うなら、みのもんた氏がなぜ問題にならなかったのか。田原総一朗氏に比べても、岸井氏は持論を抑えているように見える。「安保法案廃案」に触れたから放送法4条を口実に、「岸井氏&TBS」を攻撃しているとしか思えない言いがかりである。
◆人々の思いを代弁した岸井氏の発言
岸井氏の「廃案に向けてずっと声を」という局所をだけを取り出して弾劾するのはフェアでない。
9月16日という日を思い出してみよう。この日、安保法制の審議は最大の山場を迎えていた。参議院の委員会で強行採決されるのではないか、と不安を募らせた人々がぞくぞくと集まり、国会前は騒然としていた。かつてない盛り上がりの中で放送は流れた。岸井氏の発言は、人々の思いを代弁したものだった。
放送法4条は、発言の一部を切り取って議論するものではない。2009年に示された総務省見解で「ひとつの番組ではなく放送事業者の番組全体をみてバランスが取れたものかを判断することが必要」とされている。
報道というのは、公平中立を言い訳に当たり障りのない解説をするのではなく、様々なエッジの立った言説が競い合うことに意味がある。一番発信力があるのは権力者だ。広報予算や記者クラブを通じた情報操作で政府は圧倒的に強い。バランスをとるなら民間放送はその逆張りさえ必要なのに、安倍政権になってからチェックが厳しくなったといわれている。
そんな中で「別働隊」とも思える「視聴者の会」がキャンペーンを始めた。矛先は岸井キャスターとTBS。個人を標的にした意見広告は珍しく、応じた読売新聞の姿勢も不可解だ。
◆言論の自由は力関係で決まる現実
先端にいるジャーナリストを叩けば全体が委縮する。その効果が狙いではないか。
第1次安倍内閣の時、私が「安倍首相」に訴えられた時のシーンが重なる。テレビ朝日の田原総一朗氏の番組「サンデープロジェクト」がきっかけだった。粉飾決算が明るみに出ながら日興コーディアル証券が上場廃止を免れた政治的背景が話題になった。
コメンテーターから安倍首相の関与が疑われる発言があり、私が「日興コーディアル証券には安倍事務所に強い役員がいますから。将来社長という声もあります」と言った数秒の発言が「名誉棄損」と、安倍事務所の秘書3人から訴えられた。
テレビ朝日も司会者の田原氏も訴えず、私と管理責任がある朝日新聞が訴えられた。日興の粉飾はフリージャーナリストが暴き、雑誌が先行していた。これから新聞やテレビが追っかけるか、という時だった。
日興は大きなスポンサーでテレビは取り上げにくい。テレ朝のプロデューサーが来て、「曖昧(あいまい)なテーマで番組をつくります。その中で日興問題を取り上げるのでスタジオで展開してほしい」と頼みに来た。テレビでこの問題を取り上げたのは「サンデープロジェクト」が初めてだった。
訴訟は2年に及んだが裁判長の職権で和解となり、こちらは一銭も払わず事実上の勝訴となった。だが、残念ながら安倍首相側は喜んでいただろう。訴訟の効果か、新聞もテレビも日興と安倍氏の関係を深追いせず、事件は終息した。
昨年は、朝日新聞が標的になった。慰安婦問題を突破口に社長辞任まで追い込まれた。NHKは「政府が右というものを左とは言えない」と公言する籾井勝人(もみい・かつと)会長が君臨している。国谷裕子(くにや・ひろこ)さんがキャスターを務める「クローズアップ現代」は良心的番組されてきたが、番組でヤラセが問題になり、総務大臣が介入した。これを口実に、番組の改廃に手をつけようという動きがNHK内部にあるという。
言論の自由は、憲法21条に明記されているが、現実は力関係で決まる。閂(かんぬき)を抜きにかかるのは権力者ばかりではない。その別働隊が、いま放送法を口実に、キャスターと放送局を標的にし始めた。
1面広告は、通常1000万円近い掲載料がかかる。一体、このカネは誰が工面したのだろう。
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