引地達也(ひきち・たつや)
コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャローム所沢施設長。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。
◆被災地から都会の事業所へ
松林の向こうから断崖絶壁の岩肌に波しぶきがあたって砕ける猛々(たけだけ)しい音が聞こえる。その岩に守られるようにして立つ高台の民家や集落、避難所となった小さな集会所――。2011年3月11日の東日本大震災で私が支援先として歩き続けたのは、宮城県と岩手県の「最もアクセスが困難で支援が行き届かないところ」だった。その活動は、宮城県・内陸部にある栗原市の牧師とともに「小さな避難所と集落をまわるボランティア」と呼んだ。
私は毎日新聞記者時代の阪神・淡路大震災など、共同通信記者時代を含め災害取材の経験から、活動が生まれた。記者仲間や研究者、キリスト教会のネットワークを通じて広がり物資の提供や傾聴など、甚大な被害の中での小さな活動だが、かけがえのない新たなつながりが生まれたのも事実である。
支援は物資支援から傾聴にシフトし、東京在住の私は週末に絶望や不安の中にある被災者との話を続けてきた。同時に、傾聴すべき苦悩の中にある人たちは、傍らにいることに気づき、「コミュニケーション」研究の観点から都内の就労移行支援事業所での相談事業を行い、就職に結びつけた実績などを得て、今年8月に自分のホームグラウンドとなるシャローム所沢を埼玉県所沢市に開設した。
◆ヒューマンウエアの役割
シャローム所沢はその名(シャロームはヘブライ語で「平和」を意味する)が示す通り、キリスト教精神を尊重する意味が含まれ、所沢みくに教会などキリスト教会の大きな協力を得ている。事業所に訪れる人たちの社会復帰と就労を促すのは、行政が考える職業訓練だけでは対応できないのは明白で、コミュニケーション学習が「再生」の鍵を握り、その方法は宗教者の持つ寛容性に基づく辛抱強い傾聴とラポール(信用)形成だと考えている。従って、この社会復帰施設のソフト(中身)には、キリスト教に裏付けされた芯のある行動が不可欠なのである。
震災から復興する街の再生モデルとして、私は講演などで三つのポイントを挙げている。それは「ハードウエア」「ソフトウエア」「ヒューマンウエア」であり、これまではハードからソフトという順序だった街づくりを、「ヒューマン」を加えた上で三つを同時に行っていくという考え方である。
「ヒューマン」をハード、ソフトと同等に行うには、考え方の転換が必要で、それは人がつながるコミュニティーの形成が最も分かりやすいかもしれない。具体的には、教会がその役割として社会での位置づけをさらに高めながら、果たすべきであり、シャローム所沢のような就労支援移行事業所も同様の役割を果たすべきである。
◆ダイアローグの体系化を
ここに必要になってくる機能とコンテンツが「対話の場所」となる。最近、私が注目しているのは、フィンランドで統合失調症に効果があると紹介されている「オープンダイアローグ」という手法だ。当事者と家族、ソーシャルワーカーらが円卓を囲み話し合いを重ねる手法で、疾患者はどうしても自分の独白を繰り返すモノローグなコミュニケーションになってしまうところから、複数の人たちと複線的なコミュニケーションをするダイアローグに自然と移行させていくことで治癒していくプロセスである。
これは、私が参加している埼玉和光教会の精神疾患者の会である「心の泉会」など、各地の教会で実践している場所も多いが、それがさらに体系化されれば、地域とのつながりと福祉における効果が期待され、地域と福祉の好循環を促すだろう。
そのためには、社会が福祉や教会など、一般の人から見れば隔絶した印象のあるこれら記号を、あたりまえのものとして社会に位置づけなければならない。そのためにはメディアの力が必要で、メディア出身の私はジャーナリズムの視点から「ケアメディア」の確立ができないか日々研究中である。
(2015年11月21日付キリスト新聞掲載記事「提言 教会と地域福祉」を一部修正)
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