引地達也(ひきち・たつや)
コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャローム所沢施設長。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。
◆解決に唐突感
昨年12月28日に戦後70年内、日韓国交正常化50周年内に滑り込むようにして日本と韓国が従軍慰安婦問題で和解した。韓国は対日関係改善の入り口としてきた経緯があり、韓国が最終的・不可逆的に解決したのは一般的には唐突感があるだろう。これに先立つ産経新聞ソウル支局長への無罪判決と外交問題に言及した裁判長の勧告読み上げは、この結末を示唆するものであった。
さらに国際政治の観点からすれば、形は違うが、日韓ともに「対米追従」外交なのは変わりなく、解決にはやはり米国の影がちらつく。6日には北朝鮮の朝鮮中央テレビが「水爆実験を行い、成功した」と発表。北朝鮮の中国を含めた北東アジアの秩序という大きな課題が浮かび上がってくる。機能が停止している北朝鮮の核問題解決を目指す6カ国協議の再開も視野に入ってくる。
田中宇氏は「慰安婦問題の放置は、日韓が別々に対米従属を続ける便利な道具」との前提で「慰安婦問題の解決は、米国の差し金である可能性が高い」とし「オバマは、任期最後の年である今年、北朝鮮の核開発問題を解決したいのでないか。そのためにまず、米国の力で最も簡単に解決できる日韓の和解を実現したのでないか」と指摘した。
◆外交成果求め
確かにオバマ米大統領は任期残り1年で混迷する中東ではなく、東アジアでの外交成果を求めるのが、得策であることは明らかである。ここにきて、サウジアラビアとイランとの対立も鮮明となり、過激派組織IS(イスラム国)という国境がない、領域も不明瞭な組織と、国と宗教のモザイク状態の中で、米国の力の機能は通用しなくなってきている。
こんな理由から、日韓は和解ができた、と言えば、簡単だが、この説明が通用しない人たちがいる。それは実際の被害者たちである。私も若手記者時代から韓国の従軍慰安婦や女子挺身隊、徴用工の「被害」や「未払い賃金」、そして「実態」を当事者にあたって取材を繰り返してきた。日韓両政府とも、当事者が訴える「解決」に何の手立てもとらないことから、主戦場は裁判所となった。そこで中国も韓国もいくつかの「勝訴」判決を得たが、基本的には外交問題には踏み込まず、混乱の中で受けた「被害」による苦痛を認定するものだった。
当事者においては、裁判所の「苦痛認定」にいったんは心晴れても、やはり苦痛は一生続く。「苦痛止め!」など、心をコントロールできるはずがない。心の問題を清算できないことは、現在精神疾患者と向き合う私にとって尚更に実感が伴う感覚だ。
◆宿命的なつながり
案の定、韓国の数少ない生存者のおばあさんたちは反対した。その声を報道するメディアと、報道しないメディアがある。思いのほか、冷え込むソウルの寒風の中、厚手な羽織を着こんだ車いすのおばあさんたちは、納得がいかない、と声をあげる。私がこの方々への取材をしていた時は、まだおばあさんたちは、車いすに乗っていなかったし、元気に歩き、当時の苦痛も、喜びも、思い出も、一日中語ってくれた。私はこれこそが取材だと思って懸命にメモを走らせ、1日でノート一冊を書き切った。約20年前の話である。そこに、反戦や人権など、最も尊重すべき人間の価値があると信じていた。
そして、何よりも、海を隔てた異国のおばあさんたちだが、たたずまいは、私たちの「おばあちゃん」だった。私が幼い頃に、軒先にたたずんでいたおばあちゃんそのものであった。その親近感に私はいつも日韓の宿命的なつながりを見てしまう。国が隔てられている以上、慰安婦問題の真の解決はなされることはないのだろうと、おばあちゃんの視点から見てしまうのである。
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