山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
週刊文春がスクープしたスキャンダルで経済財政特命担当の甘利明大臣が辞任した。疑惑が報じられてから「記憶をきちんと整理してから」などと言って、逃げ回っていたが、ついに観念して28日、記者会見し「現金の受け取り」を認めた。
本当なら国会できちんと説明するのが順序ではないだろうか。国会でまともに答えず、「記者会見で話す」というのはどう見てもヘンだ。すべて秘書のせいにして「説明責任を果たしました」と逃げるのではないか。そう思って、記者会見に出かけた。
◆接待を受けまくった「助さん格さん」
会見で甘利さんの説明を聞きながら「政治家の事務所って世間常識とかけ離れた空間だ」としみじみ思った。
甘利さんは辞める理由をこう語る。
「私の監視下にある事務所が招いた国民の政治不信を、秘書の責任に転嫁することはできない。それは政治家として美学、生きざまに反する」
ご自分は天下に恥ずることは何もしていないが、秘書がいろいろやってくれた、というのである。秘書の責任にするのはご自身の美学が許さない、という。こんなところに美学を持ち出すのも異様な感覚に思えるが、いったい秘書は何をしたというのか。
文春に書かれている通り、口利きを頼んできた業者から接待を受けまくったらしい。さらに業者から500万円を受け取ったのに200万円しか政治資金報告書に記載せず、300万円は使ってしまった、というのだ。2人の秘書は28日付で辞職した、という。第一公設秘書と政策秘書。いわば「助さん格さん」である。
着服したのは第一秘書。「気がいいので、付け込まれやすかった」と甘利さんはいうが、そんな人に事務所を任せっぱなしにしていた。もう1人の政策秘書と一緒に業者にたかり、「なんとかパブとか、あっちこっち行っている。全部調べるのにどれぐらいかかるのか。今は何とも言えません」という。
週刊文春よると政策秘書は、業者の払いでパブに入りびたり、馴染みのホステスに店をもたしてやる、と共同経営を持ちかけていた、という。
◆品性に欠ける秘書も少なからずいる
「事務所の口利きで、業者は2億円を超える補償費をUR(都市再生機構)からせしめた。だから秘書たちはカネをせびってもいいと考えたのでしょう」
補償事業に詳しい官僚は言う。いかがわしい業者が政治家を使って役所などに文句をつけ、あれこれ言いがかりをつけてはカネを引き出すのは珍しいことではない。その時、威力があるのは「政治家秘書」の名刺だという。
政治家になり代わって仕事をする秘書は、政治家並みのモラルと見識が求められるが、「品性に欠ける秘書も少なからずいる」という。真面目に政治活動に取り組む秘書がほとんどだと思うが、中には政治家の名を借りて小権力を振りまわす不心得者がいる。
着服した第一秘書は、国士舘大学を出て2002年、今は維新の党の江田憲司議員の秘書になった。03年に江田議員の落選で退職。05年に甘利事務所に入り、11年に第一秘書になった。もう1人の政策秘書は運転手として採用され、重宝がられて政策秘書になったという。2人とも業者のカネで飲み歩く日常。TPP(環太平洋経済連携協定)交渉とか、成長戦略などを担当する甘利大臣の職務との落差は大きい。
「政策は官僚が振りつける。政策秘書といっても与党政治家の秘書は、陳情や献金の受け付け、あて名書きなどが仕事で、政策は二の次みたい」と官僚はいう。
事務所の空気は政治家の姿勢を映し出す、というが、モラルの緩い政治家の下では、内緒で「錬金術」に励む秘書も出てくる。甘利事務所では番頭である地元事務所長の第一秘書が、業者から受け取ったカネを着服した。
違法なことは何もしていない、という甘利大臣は「秘書の不始末」を辞任の理由にしたが、自身が現金を受け取っていたことが致命傷だった。50万円入りの「のし袋」と「白い封筒」で2度も。
文春によると、大臣室での受け渡しは、現金の入ったのし袋をスーツの内ポケットにしまった、とされるが甘利氏は、否定。「現金があったとは知らなかった」と言い張る。紙袋に現金があるのを後で知り、「適正に処理して」と秘書に指示し政治資金報告書に記載させた、という。
◆さしずめ口利きビジネスのオフィス
政治家の事務所は、頼みごとでやってきた客が、帰りがけに紙袋を置いていくと中に現金が入っている、というところなのか。菓子折りと一緒に、というのは「お代官様と越後屋」の関係を思わす。
「返すことは考えなかったのか」と会見で尋ねたが、そんな選択はなかったらしい。カネはもらって当然、という感覚が丸出しだった。
交通事故のもみ消し、就職あっせん、順番待ちの多い老人ホームへの入所など、支持者の切実な願いに応えるのが事務所の日常だが、並行して政治資金を集める。口利きは対価が伴う。
億単位の口利きは、もはや事業である。2億2000万円をせしめた業者は、今度は30億円規模の補償交渉を甘利事務所に頼んでいた。政治家の事務所はさしずめ口利きビジネスのオフィスのようだ。走り回る秘書は社員、社長は政治家だ。お客は業者。大臣室で現金を渡し、秘書には飲ませホステス まであてがった。そこまで投資しても動かぬ事務所に愛想を尽かし、「タレ込み」につながったのかもしれない。
自民党の目下の関心は、誰が「タレ込み」の裏にいるのか。疑心暗鬼が跋扈(ばっこ)している。
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