п»ї 実績づくりに難渋するジョコ政権『東南アジアの座標軸』第17回 | ニュース屋台村

実績づくりに難渋するジョコ政権
『東南アジアの座標軸』第17回

2月 05日 2016年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

りそな総合研究所顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

インドネシアではまもなく新年度国会本会議が招集されますが、本会議に先立ち、国会の立法部会では年度内の法案成立を目指して優先的に審議する40の法案リストを取りまとめています。この40の優先法案のうち昨年度を含む以前から持ち越しされていた法案数は22で、新たな法案数は18となっています。

立法部会では昨年も40の優先法案の国会通過を目標としていましたが、結果的に法案化されたのは、わずか3法案のみで成約率は7.5%。2010年以後の国会での平均的な成約率30%と比べても極めて低調な数字です。

昨年はジョコ・ウィドド新政権の本格的な船出と重なっており、年度後半まで与党連合は国会での議席数も過半数割れしていた状態でした。このため国会運営に苦戦していたということかもしれませんが、それにしても国会議員の「生産性」の低さには改めて驚きます。もっとも日本の国会も似たり寄ったりの状況かもしれません。

◆「銀行法改正」法案に注目

さて、今年度の優先審議法案のなかには昨年度浮上したインドネシア国内のアルコール類の生産・販売・流通を禁止する「禁酒法」、外国銀行(含む外国合弁銀行)の経営に事実上の制約を加える「銀行法改正」、国内大手金融機関の破たんに際して金融システミック・リスクを回避するための「金融セーフティーネット法」などが含まれています。

また、今年度に国会に提出される新たな法案としては、国内経済の低迷による税収不足を解消する施策として、脱税した納税義務者に対して過去の脱税による訴追を行わず、過去の納税義務も一部免除したうえで納税を促す「タックス・アムネスティ法案」や、昨年警察組織との対立から大統領直属の汚職撲滅委員会(KPK)の捜査権限を弱体化させる「KPK改正法」、1月14日にジャカルタ市内のビジネス街のタムリン地区で発生したテロ事件を踏まえて、2003年バリでの大規模テロ事件後に法案化されたものの現行の反テロ法で抜け穴となっている警察の逮捕権を強化する「反テロ改正法」などの重要法案が目白押しとなっています。

とりわけ「銀行法改正」は外国金融機関の経営権に大きな影響を及ぼすだけでなく、外国銀行支店には現法化を義務付けることになるため、各行の外貨調達に支障を来す可能性があり、この法案の行方が懸念されます。

アセアン経済共同体(AEC)の発足により、各国にアセアンスタンダードの共通化が求められています。金融機関の外資の出資に制限を加えているアセアン各国に適合させるとの論調で審議が進み、国際標準である既存行に不利な影響を与えないとする「グランドファザリング」も無視される可能性もあるため、この法案の審議には目が離せない状況です。

◆憲法改正を画策するメガワティ党首

さて、昨年後半、野党勢力であったイスラム政党の「国民信託党(PAN)」が与党連合にくら替えしたことで、国会での政権運営は安定しました。さらに、内紛が続いている野党第一党のゴルカル党は昨年の地方統一選で大敗を喫したこともあり、バクリー党首が、来るべき臨時党大会で与党政権を支持すると報道されています。実現すれば与党連合は国会で圧倒的な議席数を握ることになり、ジョコ政権の国会運営にも円滑化が期待でき、重要法案の審議も弾みがつく可能性があります。ただし、与党連合の政党間の思惑から政権に対して新たな圧力が働くマイナス面もあるため、予断を許さない状況が続きます。

与党第一党の闘争民主党のメガワティ党首は、憲法改正を画策しています。インドネシアではこれまで数度の憲法改正を実施してきましたが、旧来の憲法では、インドネシアの政治体制は大統領を国家元首として、最高議決機関を国民協議会(MPR)と規定していました。

しかし、スハルト独裁体制時の反省や体制崩壊後の民主化過程を経て、2002年の憲法改正により国民協議会の優越性が否定され、大統領を直接選挙で選出することになりました。メガワティ党首は、「国民協議会」の権限を強化して最高議決機関として復権させて国の重要基本政策に対して主導権を握る狙いがあるとされています。ゴルカル党が与党連合に正式に加わることで圧倒的な多数を握ることになる与党連合優位の国会で、今年度の優先法案を脇に置いて「憲法改正案」が最重要法案として浮上してくる可能性もあります。

◆スタートからつまずく高速鉄道計画

中国政府が受注したジャカルタとバンドン間を結ぶ高速鉄道計画は、1月21日にジョコ大統領も出席して起工式典が行われました。日本も新幹線技術輸出の威信をかけて最後まで競っていた案件でしたが、「政府保証は一切求めない」という条件が決め手になり最終的に中国が獲得したいわくつきの案件です。

インドネシア政府は国家戦略事業200の案件の迅速化に関する大統領規定を公布しており、「ジャワ高速鉄道計画」も国家戦略事業に認定しています。ところが、この高速鉄道計画はスタート時点からいろいろな問題が露呈しています。

事業主体のインドネシア・中国合弁企業は払込資本金不足から設立認可が遅れたのを手始めに、起工式の直前に主務官庁の環境省は、環境影響評価について通常の審査期間を大幅に短縮したもので異例の承認を余儀なくされました。また、鉄道事業の主務官庁の運輸省においては、いまも複数の許認可が発給されていないもようです。

さらに、ジャカルタとは異なりバンドンでは中規模の地震が発生しますが、気象庁は高速鉄道の建設予定地域に地震の発生が懸念される断層が数カ所あると指摘。空軍ハリム空港基地内では45ヘクタールの土地収用があることから、安全保障上の問題があるとして一部の国会議員からも反対の声が出ています。

バンドン地方政府なども、条例が定める現在の空間計画の対象となっていないとクレームを付けています。加えて、高速鉄道計画では全路線建設予定地に関して600ヘクタール以上の私有地などの土地収用交渉もあるため、多難な船出となっています。

ジョコ大統領が2019年に大統領再選を果たすための実績づくりという政治的な背景から完工時期を急がせる計画には、そもそも無理があったのです。

極め付きは、合弁事業会社と運輸省が締結する「事業契約案」に高速鉄道計画の破たん時は「政府保証を求める条項」が入っているとの報道です。インドネシア国営企業体が60%の経営権を保有する合弁事業ですから、国益を最優先にガバナンスを効かせた「事業契約案」が作成され、政府保証を求めるような文言が当然のように提出されることなど通常はありえないことです。

極めて不可解ですが、そもそも国営企業体の合弁事業で巨額のコストオーバランが発生した場合には、最終的に政府による資本注入は避けられず、この計画の本質には政府保証が間接的に意図されているとの理解もできます。

ジョコ大統領は高速道路建設計画を取り巻く諸問題を精査のうえ早急に納得のいく説明を行うことが必要ですが、この経過を見ると、インドネシア政府内での政治的な思惑から計画に対して一枚岩になっていないことも見えてきます。もし高速鉄道計画を日本が受注していたとすれば、国家戦略事業に指定されていても、インドネシア特有の問題に直面して世間の批判にさらされていた可能性もありました。日本政府はこの計画の現在の成り行きをどのように見ているのでしょうか。

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