п»ї 移民・難民は「貧困の可視化」『山田厚史の地球は丸くない』第63回 | ニュース屋台村

移民・難民は「貧困の可視化」
『山田厚史の地球は丸くない』第63回

2月 26日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹

「米国労働者を破壊しかねない為替操作には断固たる措置を取る必要がある」

ヒラリー・クリントン氏は地方紙に寄稿し、日本や中国を名指して「通貨価値を人為的に下げることで商品を安く抑えてきた」と非難した。

ヤレヤレである。安倍首相も困るだろう。円安誘導を「景気対策」の切り札にしてきた日本政府にとって、「通貨切り下げ」には税や関税で対抗措置を取る、と米国から警告が発せられたのである。

だがアメリカはそんなことを言える国だろうか。そもそも自国通貨を切り下げて商品を安く抑えて来たのは米国ではないのか。

◆人為的操作がまかり通る市場

1985年のプラザ合意。主要先進国の蔵相・中央銀行総裁をニューヨークに呼び集め、ドル安誘導を指示した。直前の相場は1ドル=220円近辺だった。その後のドル安・円高はご承知の通り。米国こそ為替相場を人為的に下げてきた張本人である。

原因をたどれば、71年8月15日のニクソン・ショックに行き着く。大統領の緊急声明が発表され米国は、ドルと金の交換を停止した。それまで1ドルは金35オンスと交換が保障されていた。

紙でしかないドル札は、金という価値の裏付けがあって世界に流通した。各国の通貨はドルと交換レートを固定し、間接的に金と結びついた。それなのにドルは金と縁を切った。世界の通貨は「糸の切れた凧(たこ)」になったのである。価値の裏付けのないマネーが世界に溢(あふ)れ、中央銀行は勝手に輪転機を回す。金融資本主義の危機はここから始まった。

通貨価値は市場で決まる。あたかも公平に聞こえるが、様々な人為的操作がまかり通っている。「当局による市場介入」「金利を下げて円安誘導」など手はいろいろある。為替相場はマクロ経済政策の手段となり、金利は為替を動かす手段となった。

黒田日銀が始めたマイナス金利もこれである。株式市場の下落、上がらない物価。行き詰まったアベノミクスの窮余の一策が金利をゼロ以下に下げることだった。円安誘導を促し、企業収益を膨らませ、株価を押し上げる。

そんな日本政府の狙いに「人為的な為替操作だ」と反発したのが米国の労働組合であり、労組票を頼りにするクリントン陣営だった。

◆不安、不機嫌、不満が政策を動かす

先進国が不況に沈む中で、米国は回復基調にある。でありながら、日本や中国の為替誘導にまで神経を逆立てているのはなぜか。

社会に不穏な空気が広がっているからではないか。不安、不機嫌、不満が政策を動かす。

メキシコ国境にフェンスを立て移民を入れるな、と主張する共和党のトランプ候補、格差と貧困を問題にする民主党のサンダース候補。これまでなら泡沫(ほうまつ)候補の扱いを受けたような言説が米国民に受けている。背後には豊かな社会の貧困問題がある。少数者が富の大半を握る現実が見えてしまった。

メキシコは光り輝くアメリカの影だった。これまでは国境で貧富が鮮烈に分かれていた。北米自由貿易協定(NAFTA)が発効し、貧しいメキシコ人が大挙して米国の押し寄せるようになった。土地を追われた農民たちである。NAFTAで保護政策がなくなりメキシコのトウモロコシは競争力を失った。国境で分断されて見えなかった貧富の差が、移民として目の前に現れる。彼らは低賃金労働者となって雇用を脅かす。

同じことが欧州で起きている。英国は6月に欧州連合(EU)離脱の可否を問う国民投票を行うことを決めた。英国はドイツが主導するEUの運営に不満だった。共通通貨ユーロに参加しなかったのも「主権の埋没」を嫌ったからだ。欧州統合を深化させると大陸に呑みこまれると心配していた。鬱積(うっせき)する不満に火をつけたのは移民問題だった。

欧州統合でヒト・モノ・カネに国境がなくなる。「人の流動化」で貧しい者は豊かな社会を目指す。英国には東欧から移民が押し寄せ、失業が問題になっている。社会保障など財政負担も深刻だ。そこにシリア難民が重なった。

シリアなど中東は第1次世界大戦を機に西欧がオスマントルコから奪った領地だった。二枚舌、三枚舌と揶揄(やゆ)されるような「裏切りの秘密外交」が今日の混乱の根源にある。中東の泥沼化は西欧や米国の身勝手が招いた惨劇で、難民は西欧の原罪に根源がある。

歴史的因果や人道的見地からEUは難民に寛大でなければならない。だが目の前に現れた難民にいら立つ人々は冷ややかな視線を向ける。西欧中心主義で豊かさを享受してきたEUの人々に難民は世界のひずみを映し出す鏡でもある。

なぜそこに難民がいるのか。見たくない現実が可視化される。現実の奥を見たくない人は、米国のトランプ候補のように「入れるな」と主張する。

◆風はポピュリズムに吹いている

英国では「EU離脱」を掲げる独立党が地方議会で議席を伸ばしている。フランス、ドイツでも排外主義を煽(あお)る右翼政党が台頭する。テロと難民は、西欧社会の負の遺産が結晶された事態だが、いずれも「見たくない現実」で、断固たる措置を主張しないと政党は支持を減らす。パリで起きたテロがこの動きを加速した。

英国のキャメロン首相は、今になって「EU離脱には反対」と言っているが、離脱の世論を煽ったのはキャメロン氏が党首である保守党だ。昨年の総選挙で「離脱の可否を問う国民投票と2017年までに行う」と公約に掲げ、勝利した。離脱を主張する独立党に支持者を奪われることを警戒し、右に舵を切って勢力を伸ばした。

EU首脳会議では「離脱カード」とちらつかせてドイツのメルケル首相に譲歩を迫った。しかし国内で反EUを煽ることで交渉力を強めようという作戦は、メルケル氏に通じなかった。国民を納得させる成果はなく、逆に「EUのドイツ支配」を印象付けた。追い込まれたキャメロン氏は「国民投票」を選択した。

エリザベス女王は「欧州を分裂させることは危険だ」と発言している。冷静になれば離脱は英国の繁栄につながらないことを多くの政治家は知りながら、時の勢いに乗ることが政治家として得する、と考えているようだ。議会主義の伝統のある英国でも、風はポピュリズムに吹いている。

欧州から戦争をなくす、という理想から始まった地域統合は、眼前にひろがる貧困可視化の前でたじろいでいる。

大きな理想より、今日の暮らし。自分を脅かす不安要因は「視野の外に追い出せ」というバックラッシュが起きている。欧州もアメリカも。さて日本はどうなるのか。

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