引地達也(ひきち・たつや)
コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャローム所沢施設長。ケアメディア推進プロジェクト代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。
◆主権から乖離
ケアメディアの概念化を目指す私にとって、社会の変化によって変化する「ケア」の一般的な認識とともに、「メディア」の語り口が気になる。語り口の代表とも言える各テレビ局の看板ニュースキャスター降板に伴う新しい顔ぶれとその言質を眺めながら、何か物足りなさを感じている。
放送法に関わる高市早苗総務相の発言等、政治とメディアのあり方をめぐる問題は、権力の行使側と監視側との緊張関係の中で常に議論が必要なはずなのに、各局の問題意識も各キャスターの意気込みも画面からは伝わってこない。なぜだろう、と考えると、「国会前のデモ現場」も、テレビ局内の自分が座る席も、同じく民主主義の現場だという認識が希薄だからではないかと気づく。あまりにもメディアが民主主義の主権から離れてしまっているからと思えてならない。
◆「圧力ない」に疑問
最近、朝日新聞が「教えて!ニュースキャスター」と題した連載を行っている。この記事から読み取れるのは、その「ずれ」である。今春新着のキャスターであるNHK「ニュース9」の河野憲治さんは「昨今、国会では『政治的公平性』が話題になっていますが、僕たちの現場で外から圧力を感じたり、萎縮して忖度(そんたく)したりすることはありません」(朝日新聞4月20日付)と言い切る。ワシントンで日本の国益につながる取材の中で、忖度しないことなどあるのだろうか。河野さんよりもキャリアの短い私でさえ、報道に圧力を感じ、忖度が頭をよぎるのは一度や二度ではない。
同じく日本テレビ「ニュースゼロ」のキャスター、村尾信尚さんも「圧力を感じて自分たちの意見を曲げるとか発言を控えたことも1回もありません」(同4月21日付)と、約10年のキャスター生活を振り返る。一方で問題の取り上げ方で「何十回、何百回とスタッフとけんかしました」とあるから、意見の食い違いの中で思い通りにならなかったこともあるかもしれない。その中に「圧力」のような意向がなかったのか、勘ぐりたくなってしまう。
もちろん、朝日新聞のインタビューに対し、ジャーナリストの習性を知っているキャスターたちは「どのように取り上げられるか」を計算して返答しているから、都合の悪いことを言うとは思えない。それは冒頭の主権からの距離となる。テレビ朝日「報道ステーション」の富川悠太さんは「スタジオでは、現場のように伝えられている実感がない」と悩んでいたが、前任の古舘伊知郎さんから「脳内現場をつくればいいんだよ」と教えられたという(同4月22日付)。この感覚に危うさを感じるのは私だけだろうか。こんな「圧力」に鈍感で、現場感覚も麻痺(まひ)している状態で正確なニュース発信、権力の監視が出来るとは思えない。つまり、脳内現場でニュースを語ってはいけない。むしろ「実感がない」ジレンマを持つ方が健全である。
なぜなら、そこは現場でもないし、キャスターは絶対的に当事者ではないのだから。逆説的な言い方だが、当事者意識を持つということは「自分は当事者ではない」と明確に自覚することにある。それは同時に、私が障がい者との関わりの中で、支援者の心構えとして常に考えていることである。
◆市民が主役を自覚
キャスターのひとこと一言を悲観的に眺めながらも、批判のための批判はしたくないと強く思う。共に改善する気概を持って民主主義の主権から遠ざかったメディアを指摘したいと考えている。私の視点では、主権に近づくために「ケアメディア」がある。それは人に近づくための取り組みである。主権在民の基本姿勢である。今回の連載中、最も慎重な言い回しの中でも、本来あるべき権力を監視するメディアのスタンスを貫こうとするのが、岸井成格さんから交代のTBS「ニュース23」の星浩さん。先般の甘利明・前経済再生相の記者会見での記者の追及について「涙で潔さをアピールした。イメージでスキャンダルを乗り越えようとする権力側の意図を感じました。記者はそのことに気づいてもっと追及しないといけません」と指摘した。
キャスターのみなさまはじめ各局には、市民がこの社会の主役であり、その不利益になることを追及することの基本姿勢を本気で貫いてほしい。お願いいたします。
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■ケアメディア推進プロジェクト
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