п»ї シリア攻撃、日和見オバマが世界を変える黒人大統領が米国のゴルバチョフになる日『山田厚史の地球は丸くない』第4回 | ニュース屋台村

シリア攻撃、日和見オバマが世界を変える
黒人大統領が米国のゴルバチョフになる日
『山田厚史の地球は丸くない』第4回

9月 06日 2013年 国際

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

武力攻撃を宣言しておきながら、オバマ大統領は対シリア作戦を「議会の承認を求める」と後退させた。「危うい賭け」「否決なら威信喪失」など新聞各紙はネガティブな見出しで報じた。なぜ「後退」を評価する論評がないのか。武力攻撃は中東の泥沼に足を取られるきっかけになる可能性が大きい。優柔不断に見える行動は、世界の保安官を辞めたいオバマの捨て身の戦いではないのか。

個人的にはシリア攻撃は避けたいのだと思う。政府内で積み上げられた政策に押され、武力行使を宣言したことを後悔していることだろう。

「アメリカ大統領としての自己」と「リベラル政治家としての自我」が葛藤しているのではないか。

◆正義の体現者としての役割を負う米国大統領

大統領とは巨大な政府組織の頂点、信条や好みで動けないがんじがらめの組織人だ。リーダーシップが期待されても、人間には能力も時間も限りがある。政策課題は官僚機構に委ねられ、組織の都合が絡み合って練り上がるシナリオを追認し演ずるのが大統領に役割になっている。日本の首相も同じだ。大組織の頂点に立つ人はおおむねそんなところである。

オバマにとってショックだったのはビンラディンの殺害だった、といわれる。

ホワイトハウス地下の会議室で殺害の実況を見守るオバマのひきつった表情が「望まぬ殺人」を無言で表していた。

作戦命令を出したのは大統領オバマである。本人は「ビンラディンを殺せ」と主導したわけでなくても、大統領の名のもとに殺人が実行された。今年になってイエメンでアメリカ国籍を持つアルカイダ系活動家を殺した。罪人は捕獲し法によって裁くのが民主主義のルールだが、「テロとの戦い」なら大統領のサインひとつで人を殺せる。

前任の大統領が敷いた「テロとの戦い」がオバマにとって苦痛に満ちたものであることは想像できる。

米国にとって外交は軍事と表裏一体だ。外交は継続的関係性の中で展開される。約束や期待を裏切ればアメリカの威信に傷がつく。

事態はオバマの個人的感情を無視して進み、オバマが怯めばアメリカが非難される。

毒ガスの無差別使用は大量破壊兵器と同様、米国大統領として認めがたい暴挙である。甘い姿勢をとれば「米国主導の世界秩序」が崩れかねない。断固たる制裁を加えないと、核開発に動く北朝鮮やイランに示しがつかない。米国大統領は正義の体現者としての役割を負うている。

◆情報機関がしのぎを削る

軍事方針を決める国家安全保障委員会(NSC)が方針を裏付ける情報を求めると、都合のいい情報が一斉に集まってくるのが米国のシステムだ。

「シリアでサリンを使ったのはアサド政権。軍の重要人物が作戦を支持した会話を傍受した」などの情報がNSCに集まる。情報機関がしのぎを削る米国では、有力な情報をもたらした機関が高い評価を受けるので、NSCが喜ぶ情報を競って伝えようとする。

「武力行使を選択しなければ米国は外交敗北となる」「シリアでアサド政権を勢いづかせる」「大量破壊兵器の拡散への歯止めを失う」という情報や分析がほとんどだ。

イラク攻撃の根拠となった大量破壊兵器の情報もそうだった。イラクを攻めたい政権の心情を見透かし虚偽情報に米中央情報局(CIA)が飛びついた。NSCはわが意を得たり、と大統領に報告した。

元CIA職員スノーデン氏の暴露で窮地に立つ情報機関が、電話盗聴などの違法な手段が「国家の安全に寄与している」とアピールする絶好に機会が今なのだ。

情報戦の現場で何がなされているのか、オバマもそれなりの不信感を抱いているだろうが、上がって来る報告を頭ごなしに否定できない。

◆意外にも軍事行動に慎重な軍

「アメリカの威信」を掲げ強硬策が叫ばれる中で、意外にも慎重なのは軍である。

デンプシー統合参謀本部長は「ひとたび攻撃を仕掛ければ、その後の関与は避けにくくなる」と議会に書簡を送った。「制空権の維持に毎年5億ドルがかかる」とも指摘し、膨大な資金がシリアにのみ込まれると警告しつつ、「反政府勢力はアルカイダなど過激派が多く、彼らを支援して政権を取らせることは米国の国益に合わない」と述べた。

政治は愛国心を煽り、あとは軍がうまくやれ、と責任を転嫁されては困りますよ、ということである。

軍事行動に踏み切れば、うまく収まるという事態ではない。イラク・アフガンから兵を引いているのに再び中東の泥沼に再び足を取られるのは、オバマにとっては耐えがたい。

「議会承認」はギリギリの抵抗である。大統領が攻撃を取り下げれば議会は猛反発する。共和党はここぞとばかり弱腰を責めるだろう。判断をゆだね、議会を巻き込んで矛先をかわす戦術だ。

◆他国の内戦に加担するゆとりがない米国

説得する風を装って、本心は否決を願っているのではないか。今のアメリカに世界の保安官を演ずるゆとりはない。カネがない。

米国は10月にも「出納閉鎖」の危機を迎える。政府借金が限度額に達し、政府は支払いができなくなる。借金上限を引き上げる交渉が議会となされるが、条件として厳格な歳出カットが必要だ。

軍事拡大にリーマン・ショックが重なり、景気テコ入れと駐留経費で財政は火の車。軍事予算を切り詰めない限り、政府は仕事ができない。「米国の威信」で血税を中東で浪費することはできない。武力行使をすれば一回の攻撃では終わらない。

1%の富裕層が90%の富を握る、といわれる格差社会の米国で、オバマは傷んだ社会の立て直しに力を注いでいる。オバマケアと呼ばれる国民皆保険も没落する中間層への政策だが、十分な予算を組めない。国内の矛盾を放置して、他国の内戦に加担するゆとりが米国にあるのか。

「国際社会の期待にもう応えられない。保安官役は辞める」

誰かがいつか決断せざるをえないことだ。その役割をオバマは演じようと、ひそかに、あるいは無意識に思っているのではないか。

◆世界は群雄割拠の多元的構造へと向かうのか

ソ連のゴルバチョフが23年前に直面した状況と似ている。歴史的決断をした者は、その時点で不評を買うことが多い。

ソ連崩壊で冷戦構造は崩れ、世界は米国の一極支配になり、市場経済が世界を席巻した。それから四半世紀、米国も軍事費で政府が潰れかけている。市場経済の爛熟が金融危機を誘発し、社会の自己崩壊を促している。

東西対立・一極支配をへて世界は群雄割拠の多元的構造へと向かうのか。

オバマがアメリカや世界の状況をどれほど深刻に考えているか、私には分からない。だが歴史の節目には、時代を体現する人物が現れ、次の時代へと舞台を回す。

シリア攻撃を宣言しながらためらう日和見的行動は、頼りなく曖昧ではあるが、アメリカと世界秩序を大きく動かす一歩になるような気がする。

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