引地達也(ひきち・たつや)
コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括。ケアメディア推進プロジェクト代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。
◆ムーミンの社会国家
フィンランドの首都ヘルシンキに来てみると、トーベ・ヤンソン著の『ムーミン』がこんなに人気だったのかと驚かされる。書店やお土産屋には必ずムーミンコーナーがあって、国内の人も外国人も買い求めているから、ムーミンは「国家的な宝」になっている。彼らムーミン一家や周辺の仲間が登場する物語は、効率性を求める世界の潮流を傍らから眺めているような印象があるから、世界的な存在感を見せているフィンランドという「社会国家」の取り組みをも象徴しているようだ。
その象徴が男女平等と高福祉。日本で映画「かもめ食堂」がヘルシンキを舞台にしたことで、一躍この首都も注目されたが、これも「優しい」社会文化へのイメージから派生した流れであり、必然。さらに最近では斬新な服飾や家具などデザイン性の高い商品を生み出す国、という印象も強いかもしれない。
高い税金に福祉制度の充実に注目すると、政策や制度の話になってしまうが、伝えたいのは、高福祉に実現には、質の良いコミュニケーションが成立しているから、ということである。
◆対話型の力
ヘルシンキで私が異国人として困っていると、常に流ちょうな英語(同国ではフィンランド語とスウェーデン語が公用語で、英語は外国語)で、助け船を出してくれる。それは道端でも店でも、同じで、誰かが自然に笑顔で近づき、気遣ってくれる。そこに奇をてらう素振りもないから、こちらの心がほっこりと温かくなってくる。私自身、ドイツなど何カ国かでの生活や仕事をした経験から、この街の親切さは群を抜いているように思う。
同時にコミュニケーションは、言葉を交わす、だけではなく、相手の気持ちを考えて、交わしているから、信頼感も生みだす。それは「発話型」ではなく「対話型」でもある。
障がい者が過ごしやすい、との話も、何か不自由な状態で街に出ても、誰かが気遣うし、対話型で交わされるやりとりは「やる」「やられる」の関係を生まないから、ストレスも少ないことの結果なのだろう。だから、高福祉というのは、ハードの整備ではなく、文化の形成なのだということを思い知らされている。
この「高福祉」は、良質なコミュニケーションとセットになっていることと、女性が普通に働いていることは連関しているのだろうとも思う。職場では男女比をどちらにせよ40%にすることを義務付けていることは、結果として男女という「絶対的に違う立場」との交わりが日常化し、片方が片方への意見の押し付けをすることなく、対話によってお互いの立場を尊重することから始まることにつながっているはず。
この出発点により、違う立場とのコミュニケーションに抵抗なく入っていける、論理構成とそれに伴う行動を想像できる。そこには、どんな人も平等であるという感覚も必要で、結局男女の差をコミュニケーション文化の形成で良い社会にしていく努力は高く評価するべきであろう。北欧の高福祉を絶賛する雰囲気がある中で、それは一つの結果であり、出発は「良好なコミュニケーション」であると改めて実感しているのである。
◆他人を傷つけない
石畳の街並みに市電が走り、港はいつも大きな客船がゆったりたたずむ。11月のこの時期、午後3時に沈んでしまう夕日を名残惜しいと嘆きながらも、街角にはワイン片手に多くの人がコミュニケーションを楽しんでいる。皆が普段着の装いだから、誰が仕事帰りか、非番なのかはわからない。しかし、それってわかる必要はないのだ。
そんな「アフタースリー」を絶賛しつつも、問題点も抱えるのが社会であり、国家。フィンランドにおいては、先進国で比較的多い若者の自殺も、心の問題の表象でもあるし、高福祉の裏には若者をすべて徴兵するという制度で防衛部門のコストを抑えている側面もある。世界最大となった携帯電話企業ノキアの躍進もスマートフォンの登場でサムスンにその座を奪われ、マイクロソフトに買収されるに至った。高度なコミュニケーション文化を仰ぎ見ながら、社会の仕組みのつくり方は、まだまだ彼らも挑戦を続けている。
私としては、困難な中にあっても、29歳で教育大臣になったオッリペッカ・ヘイノネン氏の「福祉国家」の基礎とする考えに静かに共鳴している。それは「他人の価値を知り、他人を傷つけたり、他人を脅威と見なしたりするような自己中心的な人間にならないようにすること」であるという。
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■精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
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