山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「一応質問が終わったのですが、あまりにも時間が余っているので」と前置きして、自民党の谷川弥一(たにがわ・やいち)議員(長崎3区)は「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時……」と般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱え始めた。
11月30日開かれた衆議院内閣委員会。カジノ解禁法案の審議が始まり最初に立った谷川議員は、40分の質問時間をもて余した。賛成の立場だが、聞くことがなくなり、やわらお経。それでも時間が余り、次は漱石を引き合いに出し、「心を耕す仕事は何かといったら、文学であり、彫刻であり、陶芸であり、三味線であり、宗教なんです」。あまりのお粗末さが失笑を買った。
◆背後に国際カジノ資本のロビー活動
2日後、カジノ法案は強行採決され、参議院に送られた。衆議院での審議時間5時間33分。法案は、刑法が禁止する賭博を、特定業者に違法ではなくする「特別な計らい」を可能にするものだ。闇の勢力の介在、マネーロンダリング、ギャンブル依存症、青少年への悪影響……。重い課題をないがしろにして採決を急ぐ自民党と維新の党。
「今を逃すと、カジノ解禁はずっと後になってしまう」という声が多いというが、なぜそんなに急ぐのか。
「カジノを運営する企業がしびれをきらしているから」とカジノ推進派の関係者から聞いた。「これ以上待ってもらえない」というのだ。
こんな話もある。国内でカジノを運営する企業はほぼ決まっていて、後は法律が整備されるのを待っている、というのだ。
そんなことがあるのだろうか。今回の議員立法は、カジノを解禁する方向を決めるだけだ。カジノの運営や監督する行政組織などは、更に1年かけて政府が法律にまとめることになっている。運営する業者が決まるまでこれから2年近くかかる。もう決まっている、というのは信じがたいが……。
カジノ解禁に動いている人たちを見ていると、「利権を得る外資は既に決まっている」と考えると納得がいくことが多い。
大阪商業大学の谷岡一郎学長はこんなことを言っていた。
「民主党はカジノ法案に賛成だった。政調会長の前原誠治議員は了解し、その方針で党内をまとめることになっていた。ところが党に持ち帰ると、辻元清美議員などが『カジノは認められない』と反対し、民主党は決めきれなかった」
2年前、2014年春の話だ。議員立法は参加する党すべてが賛成することが原則とされていた。民主党が決められなかったことで、見送らざるを得なかった、という。
谷岡学長はカジノ解禁を唱えた先駆者の一人。留学した米国でカジノ関係者と交流を深め、帰国すると大阪商大にアミューズメント産業研究所をつくり、ギャンブリング・ゲーミング学会を立ち上げた。
14年には、議員立法による法案と政府の責任で決める実施法の雛形が既に出来ていた。目標は東京五輪。施設の建設や法整備に必要な時間を逆算すると、年度内に法案を成立させることが必要だった。自民党を中心に議連の動きが活発になる。背後には国際カジノ資本のロビー活動があった。
海外の娯楽産業の動向に詳しい研究者や商社、広告代理店などが動いていた。先頭で旗を振っていたのが通称JAPIC・一般社団法人日本プロジェクト産業協議会だった。新日鉄の会長が理事長を務める財界の政策提言組織である。08年5月に「カジノ・エンターテイメント導入に向けた基本方針」を発表。カジノを開くことができる自治体を国が選び、その自治体がカジノを運営する民間事業者を決める、という方式が打ち出されていた。
方針を書いたのは、三井物産戦略研究所PE室長の美原融(みはら・とおる)氏、大商大アミューズメント産業研究所の所長も兼務していた。海外のカジノ法制を調べ、JAPIC複合観光施設研究会の主査として法案の原案を書いたのも美原氏だ。
実は民主党政権の頃から動きは活発になっていた。前原氏が国土交通相の頃、観光振興の目玉としてカジノが検討されていた。
◆自民・維新の結束が公明引き込む
裏にもう一つの要因があった。パチンコである。カジノが解禁されればパチンコが打撃を受ける。カジノ合法化とセットでパチンコの景品換金も合法化しようという魂胆である。超党派議連に加わればカジノとパチンコの両勢力がパーティー券を買ってくれる。
共産・社民を除くすべての政党の議員による超党派議連は安倍首相を最高顧問に迎え、カジノ法案の成立へと動いた。
自民・民主が手を組んだことでカジノ資本の要人が日本を頻繁に訪れ、自治体や政治家を訪問するようになった。アジアでカジノブームが頂点に達していたのが2014年である。中国経済がまだ堅調で、マカオは本家のラスベガスを上回る盛況ぶり。シンガポールでは、世界屈指のカジノ資本であるラスベガス・サンズが高層ビル3棟の屋上に船型の巨大プールを載せた「マリーナ・ベイ・サンズ」を建設した。安倍首相が訪れ「カジノを成長戦略に」と表明した。
民主党の脱落で頓挫したものの、14年にカジノ解禁の手はずは整ったのである。
候補地も絞られた。石原都知事(当時)がお台場カジノ構想を打ち上げ、先頭を走っていた東京都は舛添都知事(当時)になると、カジノと距離を置くようになった。石原・猪瀬ラインの利権には手を付けないという意思表示だった。
代わって有力候補地となったのが横浜市。菅官房長官の地元である。
大阪は橋下知事の頃からカジノに熱心で、大阪維新の会が誘致を叫んでいた。橋下氏が政治家を引退した後は、松井大阪府知事が菅官房長官とパイプをつなぎ今日に至る。
創価学会婦人部に気を使い、腰が引ける公明党を引き込んだのは、自民・維新の結束だ。
議連の幹事長である岩屋毅(いわや・たけし)議員は、「地方自治体に手を挙げてもらい、候補地を国が審査する。まず2、3か所で認め、運営状況をみながら次を判断していきたい」。
◆「用意は出来ている、早く法律をつくれ」
「当選確実」は横浜と大阪とされている。横浜はラスベガス・サンズ、大阪はMGMリゾートインターナショナルが有力と関係者は見ている。両社はラスベガスを基盤としたカジノ資本の双璧。早くから日本に触手を伸ばしていた。
政治がらみの案件は、正式な手順を踏む前に裏で決まっていることがよくある。法律が出来て、自治体が決まり、それから業者が選定される、というのは表の手続きで、実態は先行しているのが通例だ。
2014年5月に大阪を訪れ松井知事にカジノ構想を説明したMGMのジェームス・ミューレンCEO(最高経営責任者)は「少なくとも50億ドルの投資を用意している」と、朝日新聞の7月のインタビューで語っている。
マリーナ・ベイ・サンズ社長のジョージ・タナシェヴィッチ氏は「有力候補地は横浜と大阪だ」と指摘し、「100億ドル規模の投資になる」と語った。
5000億円、1兆円という巨額投資はカジノ資本でも大きな決断だ。経営者の立場なら「いつまで待てばいいのか」という気になるだろう。「用意は出来ている、早く法律をつくれ」という催促が海の向こうから来ている、と考えると、国会の慌ただしい動きは、腑(ふ)に落ちる。
日本の政治は、誰のために存在するのだろうか。
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