п»ї 「賢者」に学ぶ日本の観光 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第84回 | ニュース屋台村

「賢者」に学ぶ日本の観光
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第84回

12月 16日 2016年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住18年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

人間一人で出来ることには限りがある。幸いなことに銀行員はお客様と接する機会が多く、お客様から商品知識や業界事情、さらには経営手法などについても教えていただくことが可能である。情報は「ギブ・アンド・テイク」である。当方から提供できる情報があれば、お客様からもいろいろ教えて頂ける。要は本人のやる気次第である。しかし自分の時間には限界があり、時には「その道の専門家」のご意見を謙虚にお聞きすることも必要である。

◆7割が個人旅行のリピーター

米国の経営学者であるピーター・ドラッカーはその著書『イノベーションと起業家精神』(ダイアモンド社、1985年)で、技術革新が行われるいくつかの要件を類型化した。その中で最も数多くあるケースが「後から考えると『何だ、そんなこと』と思うような発想の転換」であると述べている。ありていに言えば、立場の異なる多くの人が情報交換することである。

私どもバンコック銀行日系企業部は、タイ全土に広がる日系企業3千社以上との強固な取引と、提携地方銀行を通じた日本各地とのつながりという二つの強みを持つ。この二つの強みを生かし新たな商売をつくるべく、私たちは観光・日本の特産物・産学連携など10に及ぶテーマについて、その道の専門家を定期的にお招きし会合を開いている。職種の異なる専門家の方たちが10人集まると喧々諤々(けんけんがくがく)の意見交換となる。「目からうろこ」の新しい発見がある。今回は11月25日に開催した「観光部会」でこうした「賢者」の方々から教えていただいたことの一部をご紹介したい。

今回の「観光部会」での議論に移る前に、タイ人の日本観光を考える上での「必要3要件」についてお話ししたい。

ニュース屋台村2014年5月9日号の拙稿「原点に立ち返ろう 日本の観光事業」でも提示したとおり、世界的な観光地として成り立つためには、①土産物(ブランド品と友人宛ての土産)②その土地の有名な食事・食材③写真が取れる観光スポット――の三つの要件が必要となる。「観光部会」に先立ち、提携銀行の出向者からは自分の出身地の土産物・食事・観光スポットの候補をリストアップしてもらい、今回はこれをベースに各都道府県別の問題点などを議論した。

タイは親日国家であり、基本的に日本のことが大好きである。2013年7月からタイ人の短期日本滞在のビザ免除措置を開始したことにより、タイ人の訪日客は近年うなぎ上りの状況にある。12年に26万人であった訪日客は15年には79万になり、今年は90万人を超えると期待されている(16年10月までの実績で72万5千人)。

こうした訪日客の70%が個人旅行客であり、またリピート客である。団体ツアー客は格安旅行か会社の慰安旅行などに限られる。1回の旅行日程は平均で5泊6日。旅行コースとしては、①ゴールデンルート(東京→富士山→京都→大阪)②ドラゴンルート(名古屋→高山→白川→金沢→東京)③東京近郊(東京、富士山、ディズニーランド、横浜)④大阪近郊(ユニバーサルスタジオ、京都、奈良)⑤北海道(札幌、小樽、函館)⑥九州(福岡→大分→佐賀→長崎)――の六つに集約される。

タイの上流階級の人の中にはすでにこれらの六つのコースを回り尽くし、これ以外のルートを要望する声も多いが、観光必要3要件(土産、食事、観光スポット)と取りそろえられる5泊6日の観光ルートはまだ現れていない。今回はこうした点を踏まえての意見交換会となった。

◆「日本のあんこは甘すぎる」

まずは北海道である。タイ人にとって「北海道」はすでにブランドである。タイ人が「北海道」から想像するのは「白い・清潔・きれい」というイメージと、「おいしい海産物」である。北海道関係の方が地道にタイの個人向けに展示会などを開催されてきた努力の結果である。千歳空港にはバンコクからの直行便でタイ人観光客が大挙して押し寄せている。特に冬の北海道はリピート客も多く大人気。こんな北海道でも問題はある。道東や道北への観光客が皆無なのである。交通の便が悪いことが最大の問題点であり、道東や道北に旅行の基点となる宿泊地を整備することが肝要である。

東北はタイ人観光について言えば大苦戦である。その理由は、観光ツアーの中心となるべき仙台に観光の3点セットがそろっていないのである。まずはブランド品である。タイの上流階級が訪日の際に必ず買いに行くブランド品を購入できるデパートやショッピング街がない。これではショッピング好きなタイ人女性はまず行かない。

次に友人たちにあげる土産物。「萩の月」はバンコック銀行のタイ人にも好評であるが、あんこでできた和菓子はタイ人には受けない。「日本のあんこは甘すぎる」と言うのである。甘い物好きのタイ人がなぜこのようなことを言うのか理解できなかった。実はタイにもあんこは有り日常的に食されているが、日本のあんこほど甘くはない。日常的に食べられているがゆえにこの微妙な違いが許せないのである。我々日本人がわずかでも甘みのついた緑茶に違和感を持つのと同様である。「笹かま」に代表される練り物はタイも本場なので、わざわざ日本から買っては行かない。

食事については有名なものとして「牛タン」が思い起こされるが、これもタイ人には評判が悪い。タイ人は仏教の影響で長らく牛肉を食べなかったが、この10年ほどは若い人たちを中心に随分牛肉を食べるようになった。牛丼の「吉野家」はタイ人のこうした慣習の壁に当たり、今から20年ほど前にタイから一度は撤退をした。しかし2011年には再上陸を果たした。今では牛肉を食べるタイ人であるが、食べるのは上質な赤身肉である。「何で好き好んで内臓や舌などを食べなくてはいけないのか?」と言うのが彼らの本音である。牛タンに慣れるまでにはしばらく時間がかかるであろう。

観光スポットは、「松島」があるがタイ人には十分に伝わっていない気がする。仙台市自体は観光振興に極めて熱心であるが、まずはタイ人の行動様式や趣向を分析し、それに合った街づくりから始める必要がある。

これに対して山形は、ブランド品を除き観光の3点セットはほとんどそろっている。土産物はフルーツがある。タイ人はフルーツ好きであり、イチゴやサクランボなど日本のフルーツはブランドとなっている。フルーツゼリーやフルーツケーキなども可能性が高く、一層の商品開発とパッケージングの工夫が期待される。

料理は「米沢牛」に代表される牛肉料理。山菜・きのこ料理も悪くない。「芋煮」もいけるのではないかと言うのが専門家のみなさんのご意見だった。山梨県の「ほうとううどん」のように具材の種類を変えることによってバリエーションを増やすとともに、見た目をもっと美しくすれば売れるであろうとのこと。

観光スポットについて言えば、「銀山温泉」などの上質な旅館がいくつかある。10年ほど前まではタイ人は人前では裸にならず温泉は観光地とならなかったが、牛肉と同じでタイ人は近年、温泉好きに変わりつつある。温泉以外にも山形にはフルーツ狩りなど観光の目玉となるものがある。参加型の観光はタイ人の好みである。

東北では、山形以外にも福島や青森など観光の3要件をそろえた県がある。しかしこれらの県はいずれも交通の便が悪く、それぞれの県単独では観光ツアーは成立しない。また東北には、日本とタイの直行便が運航されていない。東京から1時間40分でアクセス出来る仙台市を起点として、東北の3、4カ所をぐるっと周遊するツアープログラムの開発がもっとも現実的である。

ちなみに、東北各県が熱心にアピールする「夏祭り」はタイ人には不評である。「何も暑い時期にタイより暑い日本の屋外にいたくない」と言うのがタイ人の言い分である。また日本の歴史観光にもタイ人は興味を示さないようである。

ここまで東北観光について見てきたが、東北地方と同じような立ち位置にいるのが北陸・中国・四国の各地域である。観光の起点ととなる中心都市を選定、整備するとともに、周辺の県と連携を図りながら、観光地としての3要件をそろえた場所を数多くつくっていく努力が必要である。

◆名古屋が素通りされてしまう理由

次に見ていきたいのが、東京近郊の埼玉、千葉、神奈川、山梨の各県である。観光客の多くは東京に宿泊するため、これらの県では宿泊からは大きな収入は期待できない。東京に宿泊した観光客の日帰り観光(ゴールデンルートによる富士五湖周辺の宿泊を除く)がメインとならざるを得ない。現在はディズニーランド、富士山を筆頭に箱根、鎌倉、横浜や千葉のイチゴ狩りなどがこうしたスポットツアーの観光地となっている。これ以外にも埼玉県秩父や千葉県南房総、更には山梨県のモモ狩りなど交通の便が良く観光スポットになりうる場所はまだまだある。こうした地域では、タイ人に受ける土産物と食事の開発が望まれる。

東京近郊型観光と状況を同じくするのは大阪近郊型観光である。こちらは大阪宿泊をベースとして京都や奈良に日帰りツアーをするものである。今年の初めまでは大阪のホテル不足から、このツアー客を断らざるを得ない状況が続いていた。

残念なのは大阪・京都以外にタイ人を満足させられる宿泊地がないことである。タイ人観光客は精いっぱい日本を楽しもうと日中、色々な場所を動き回るため、買い物は夜になることが多い。また夜の買い食いも大好きである。ところが京都・大阪以外の都市は夜遅くまで商店街が開いていない。これではタイ人は泊まらない。

他方、名古屋は都市宿泊型観光の候補地でありながら、観光には全く力が入っていない。名古屋に滞在しながら伊勢志摩や高山など日帰り観光が可能である。ところが名古屋も夜8時には商店街が閉まってしまうため、タイ人観光客は敬遠する。加えて「名古屋には名古屋発の観光バスがない」と聞いた。これでは観光客に「来るな!」と言っているのと同じである。ドラゴンルートの出発地として多くのタイ人が中部国際空港に降り立つが、名古屋は素通りされてしまうのである。

◆課題や問題点を地道に解決することが早道

私たちの議論はまだまだ続いた。さすがは「餅は餅屋」である。今回も観光に携わるプロの方々から多くのことを教えていただいた。こうした「賢者」の方々から教えていただいた具体的な課題や問題点を一つ一つ地道に解決していくことが、日本を観光立国に導く一番の早道だと私は考える。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第20回 原点に立ち返ろう日本の観光事業(2014年5月9日)
https://www.newsyataimura.com/?p=2124#more-2124

【「小澤仁放談会」のお知らせ】
2017年1月25日(水)午前10時から、バンコク市内の「バンコククラブ」で「小澤仁放談会」を開催いたします。テーマは「今世界では何が起こっているのか?」です。バンコック銀行日系企業部のお客様に限定させていただいており、会費は2千バーツです。
お問い合わせはバンコック銀行日系企業部(メール:japandesk@bbl.co.th)までお願いします。

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