国際派会計士X
オーストラリア及び香港で大手国際会計事務所のパートナーを30年近く務めたあと2014年に引退し、今はタイ及び日本を中心に生活。オーストラリア勅許会計士。
2016年の「新語・流行語大賞」は広島カープの躍進を引っ張った緒方孝市監督の発した「神ってる」、特に鈴木誠也外野手が2試合連続でサヨナラホームランを打った6月には、カープファンのみならず日本中が歓喜したことなどでこの受賞につながったと思います。
ほぼ同時期に出される、これも毎年恒例の「今年の漢字」の第1位は、オリンピックイヤーということあり「金」、第2位に18歳選挙権開始、都知事選挙、11月の米大統領選挙など受けてか、「選」という漢字が選ばれました。これらが示す通り、今年は政治と「選」挙が世相を映し出して注目された年でした。
◆豪州の「今年の言葉」は「Democracy Sausage」
最近のBBCニュースによれば、オーストラリアで今年の言葉をオーストラリア国立辞書センター(The Australian National Dictionary Centre)が選んだそうです。
その第1位は「Democracy Sausage」(民主主義ソーセージ)。選挙当日の投票所で配給される定番のごちそうで、普通はパンとケチャップ付きで渡されるということです。筆者はシドニーに18年住んでいましたが、豪州の選挙は新聞報道でしかほとんど触れていませんでした。ただし、国民の義務として投票に行かなくてはならず、投票率は90%以上になると聞いています。友人、同僚たちなどオーストラリア国民としてはいやが応でも関心が深いようで、シドニー在住当時から、会社近くのパブなどで飲んでもクリケットやラグビーなどのスポーツ以外でも良く政治が話題に出ることは知っていました。
しかし、まさか投票所の食べ物が今年の言葉になるとは思いもしませんでした。今年は7月に連邦総選挙があり、ターンブル党首率いる保守連合が何とか勝利し、ターンブル政権が再選されたこともつながったのではと思います。
第2位は「Ausexit」。豪州は立憲君主制でエリザベス女王を元首として仰いでいますが、英国の欧州連合(EU離脱)(Brexit)を受けて、旧宗主国である英王室と英連邦からの離脱まで話題に上がっていたとは驚きました。
現実的には、歴史的な経緯と人的なつながりから、「Ausexit」が国家としてその俎上(そじょう)に上ることは少なくても近未来にはありえないと個人的には思います。しかし、かなりの英国人もたぶん、実際の国民投票結果を見るまではEUからの離脱は現実として考えられなかったのでは、と推測しますので、一つの将来のリスクの種ではあります。
◆Brexitの影響
英国で行われたEU残留か離脱かという二択を求めた民主的な国民投票は、当日までの投票行動によってほとんど予測不可能となったとも言えるのではないかと思います。
Brexitの内容・評価や今後の展開について、筆者として専門的に追いかけているわけではありませんので、それについて言及は避けようと思います。同様に、米国で来月誕生するトランプ政権によって、米国が今後どう変わっていくのかについても今の時点では予想もつきません。
ただし、会計士的視点では、欧州主導で始まったグローバルベースでの会計基準の統一化(例えば、米国の米国会計基準との完全統一)の歩みが今後大きく変わってくるのか、「ニュース屋台村」2016年11月16日号の拙稿第8回で紹介したIT系などの多国籍企業に対するグローバルベースでの課税・徴税強化の動きについて、主要国の足並みが乱れてくるのか、など今後注視して見ていく必要があると思います。
また、特定の業界が急激なコストアップ、営業不振、市場変動による為替リスクや金融商品評価リスクなどで業績に多大な影響を受けることもありえます。このため決算上、またはそれに対する監査人からの視点としてはこのままいけばおそらく難しい数年になるのではと推測します。
◆シナリオプラニングの利用
2016年をターニングポイントとして大きな激動の時代を迎えたとすると、この時期に企業経営者として対峙(たいじ)するのは大変だと思います。筆者自身は企業戦略コンサルタントとして日々活動してきたのではないので、こういう事象の対応にコンサルタントとして意見を言える立場ではありません。ただ、大手会計事務所の経営陣の一翼として長らく経験してきたことによるベースからの視点では、一つの対処策としては、将来の可能性とリスクを検討しそれに対する対策を練り実践に移していくというプラニングがあると思います。
その手法としては、一般的にシナリオプラニングが考えられると思います。「将来起こりうる環境変化を複数のシナリオとして描き出し、その作業を通じて未来に対する洞察力や構想力を高め、不果実性に対応できる組織的意思決定能力を培うことを図る戦略策定および組織学習の手法」(情報システム用語辞典より引用 IT media Inc. )と定義されています。私の理解では、物事の原因ではなく、むしろ帰結に着目して将来のシナリオを考え対策を練るのだと思います。
ロイヤル・ダッチ・シェル社は40年以上にわたってこのシナリオプラニングの手法を使った未来予測を企業戦略の核として行っていて、現在発表されているグローバルベースの予測は2060年までを視野に二つのシナリオを展開しています。また、シナリオプラニングは行わなくても、経営手法である全社的リスク管理(Enterprise Risk Management-ERM)を導入している企業などについては、既にかなりの部分これらの環境変化とその対応についての検討はしているのではと思います。
シナリオプラニングの詳しい内容については、いろいろな文献も出ていますので省略させてもらいますが、かなりの部分に将来の不確実性はありますが、なるべく順序立てたプロセスを経てなされると思います。勅許・グローバル・マネジメント・アカウンタント協会(OGMA)では以下の六つのプロセスが推奨されています。
①検討の範囲、課題の確定、時間的合意などの定義
②外的ないし内的に存在する将来のシナリオに影響を与える要因の認識(例えば、消費者動向、今回のBrexitなど)や重要な関連性の確定
③情報の収集と分析(主要な変化の要因との関連性の分析と共にそれらの影響度や発生可能性判断など)
④複数の異なったシナリオの検討と作成
⑤採用したシナリオの意思決定段階での適用と一次評価
⑥新しい情報に基づくシナリオの修正とさらなる検討
個人的には、難しい不確実性の時期に簡単でもいいので、未来のシナリオをストーリー仕立てで一度書いてみるのも一案かと思います。
◆リスクに対応、柔軟な機動性ある判断を
ほとんど予測不能な言動をするといわれるトランプ氏の米大統領就任やBrexitという何十年に1回の事象から生ずる将来の不確実性の混沌(こんとん)と混乱。これを変革の機会と捉えて、リスクに対応しながらより柔軟な機動性のある判断をして新しい未来に向かってほしいと思っています。
※『国際派会計士の独り言』過去の関連記事は以下の通り
第8回「コーポレートガバナンスを改めて考える―『ザ・粉飾』を再読して」(2016年11月16日号)
https://www.newsyataimura.com/?p=6088#more-6088
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