п»ї 米国の静かな内戦 大統領VS情報機関+メディア 『山田厚史の地球は丸くない』第88回 | ニュース屋台村

米国の静かな内戦 大統領VS情報機関+メディア
『山田厚史の地球は丸くない』第88回

3月 03日 2017年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

トランプ大統領の登場で、メディアとホワイトハウスの関係がとげとげしくなっている。気に入らないメディアの記者は会見で質問させない。懇談の場に入れない。記者クラブ主催の晩さん会に大統領が出席を拒否する。

大人気ないというか、駄々っ子のような振る舞いが大統領の側に目立つ。権力者が記者に「制裁」することは日本でも珍しくない。メディアが健全に機能している国ではよくあることだ。

◆決定的な対立

筆者は大蔵省や日銀、自動車業界を担当していたが、「出入り禁止」や「取材拒否」は珍しいことではなかった。ある日銀総裁は、私を担当から外すことを経済部長に求めたことさえあった。

当局からにらまれることは「記者の勲章」と鷹揚(おうよう)に構える空気がその頃はあった。メディアが委縮していなかった時代のことである。

アメリカで起きていることはメディアが健全に機能していることの証左だ。権力を監視するから火花が散るのである。キーボードを叩く音ばかりが耳につく静かな記者会見は、メディアが弱体化している表れでもある。

最初に攻撃を受けたのはCNNとバズフィードだった。トランプ氏の「ロシア疑惑」を報じたことが問題にされた。モスクワを訪れたトランプ氏が、オバマ夫妻が宿泊した高級ホテルに売春婦を集めて乱痴気騒ぎをした顛末(てんまつ)がロシアの情報機関に握られている、という報道だった。トランプ氏は記者会見で「ウソだ」「ニセ情報だ」と罵(ののし)り、両社の記者に質問させなかった。

安全保障担当の大統領補佐官マイケル・フリン氏のクビを飛ばしたのも「ロシア疑惑」だった。トランプ政権が発足する前、オバマ政権が発したロシアへの制裁をめぐり、フリン氏はワシントン駐在のロシア大使に「トランプ政権になったら制裁を解除する」と電話会談で示唆した、とすっぱ抜かれた。

側近中の側近だったフリン氏の解任は政権に痛手だった。大統領はこれを報じたニューヨークタイムズや英BBC放送など主要メディアを記者懇談の場から締め出す。懇談というのは「カメラなし」で報道官が記者に背景説明など場である。敵対的なメディアを排除する露骨な制裁だ。参加を認められたAP通信とタイムス誌が出席を拒否。メディアと政権の対立は決定的になった。

◆政府が丸ごと買収されかねない「ロシア疑惑」

大統領の怒りはメディアを飛び越えて連邦捜査局(FBI)に向かっている。ロシア大使の電話はFBIが盗聴している。そこに飛び込んできたのが補佐官に決まったばかりのフリン氏だった。国家機密に係わる話をしたことが傍受され、メディアに流れた。

掌握すべき情報機関から秘密が漏れる。大統領の政治生命に係わる「ロシア疑惑」が絡むから複雑だ。

インターネットの普及で情報に国境がなくなった。今や他国の選挙に介入することさえ可能になった。泡沫(ほうまつ)候補だったトランプ氏が大統領まで上り詰めた背後に、ロシアの協力が疑われている。民主党選対から内部情報が流出したのも、ロシアによるハッキングがあったとされる。FBIと(米中央情報局)CIAは大統領選にからむロシアの活動を報告書にまとめ、昨年末にオバマ大統領(当時)とトランプ氏に提出している。

接戦を制して大統領になったトランプ氏はその誕生に正統性が問われているのだ。親ロシア政策はプーチンに弱みを握られているから、という観測もある。

メディアも「この大統領で大丈夫か」と見るようになった。メキシコ国境に壁を造るとか、イスラム圏からの入国を認めない、などと物議をかもす政策よりも、政府が丸ごと買収されかねない「ロシア疑惑」に主要メディアの関心は集まってる。

そうした中で「ホワイトハウスの高官がFBIに『ロシア疑惑などない』と公式に否定することを求め、FBIから拒否された」というニュースが流れた。情報が筒抜けになっている。

大統領の知恵袋といわれるスティーブン・バノン戦略担当補佐官が主宰していたネットメディア、ブライトバートは「ディープ・ステートが動き出した」とする論評を掲げた。深いところにある国、つまり「影の国家」がトランプ政権に邪魔をしだした、という見立てである。

オバマ前大統領やヒラリー・クリントン氏を応援したエスタブリッシュメント(社会の支配層)のネットワークがFBIやメディアを駆使しトランプ下ろしを始めた、という謀略論である。

スタブリッシュメントやメディアを攻撃して人気を得てきたトランプ氏にとって予想された反撃かもしれない。

その一方で、プーチン大統領は欧州でもフランスの人民戦線など極右勢力に肩入れしているという。かつてはソビエトが国際共産主義運動の旗を振り、世界に影響を与えてように、国境を越えた情報宣伝活動がインターネットを舞台に合法違法織り交ぜて展開されるようになった。

FBIにとっては、組織のトップに立つ大統領がロシアに通じているのでは安心して仕事はできない。メディアに情報を流しすのは「組織防衛」でもある。だが情報機関が勝手に動くようになれば社会にとって危険だ。

国境を超えた選挙介入。他国に弱みを握られた政権。大統領と情報機関の対立。参戦するメディア。世界の中心ワシントンで壮大な内戦が始まった。

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