内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在はタイおよび中国の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。
今年も就活シーズンが本格化し、おきまりの黒の就活ルックに身を固めた若者たちが東京の街を忙しそうに歩き回っています。筆者が長らく生活していたオーストラリアや香港ではほとんど見かけない光景です。いずれも通常は一括採用ではなく、専門性のある人材を特定の職種を対象に採用するという形と日本の採用は違っているからなのでしょう。
就活生の知りたいポイントの上位に、会社の将来性や仕事の内容があると思いますが、その他に重要なポイントの一つとして、職場の雰囲気や社風があります。「社風」という言葉は漠然としていますが、職場でのコミュニケーションの取り方とか仕事に向かう姿勢、協調的な関係などのことです。
会計事務所の業界でも確かに以前、「あそこの事務所は人に優しい社風だ」とか「こちらは成果主義が強い厳しい社風だ」とか聞いたことがあります。専門的知識で成り立っている業界ですので人的資源が生命線であり、事業の中核的な戦略として選別される雇用者(Preferred Employer)を目指していて、色々な施策の中に社風に関わるものが幾つかあったと記憶します。
◆「利益至上」というプレッシャー
良い社風は、会計の世界でも重要だと思います。
日本を代表する企業の一つ、富士フイルムのグループ会社である富士ゼロックスで6月に発覚した不適切会計処理の調査で、ニュージランドとオーストラリアの販売子会社で不適切会計が見つかり、今回の決算では375億円の損失修正がなされました。
富士フイルムは第三者委員会を設置し、状況把握と改善に向けての提案などをまとめた報告書を公開しました。報告書は、会計上の詳細な分析やチェック、内部監査機能の充実などを指摘するとともに、不適切な会計処理を回避できなかった原因の一つとして「売上至上主義の社風」が存在し、売上プレッシャーがあったという点を挙げています。中国・アジア地域での売上を更にもう1兆円伸ばすという経営陣からの強い期待がかけられていたとのことです。
さらに、海外子会社の社長や従業員には、売上を重視したボーナスやコミッションがインセンティブとして存在したようで、それが動機となって売上を早期に計上するという不適切会計につながったのかもしれないとの指摘もあります。
欧米的な成果主義報酬という「錦の御旗(みはた)」の下で自主性を尊重する半面、海外子会社というそれでなくとも日本からの目が届きにくかったことも問題が発生した背景にあるのかもしれません。 成果主義というのは、客観的で公平な評価に基づき個々人の意欲が上がることで生産性が上がるメリットがある半面、個人プレーが多くなりがちで、短期的な視点での目標追求に走りがちになってしまう傾向があります。また、海外子会社に対する十分適正なガバナンスが欠如していたとも言えるのかも思います。それらが重なり合って、今回のような不適切会計の引き金になったのかもしれません。
2008年4月~14年12月の間に1518億円もの利益の水増しがあったと指摘した東芝の第三者委員会の報告書でも、その背景に実力以上の予算達成を目的とした「チャレンジ」という各カンパニーへのプレッシャーや当期利益至上主義という全社的な風潮が弊害として挙げられていました。また、第三者委員会の提言の一つとして、企業風土の改革が挙げられ、上司に逆らえないという風土が不適切会計につながったとしています。
コンプライアンス体制、内部監査、ガバナンス体制、内部通達制度など経営上の制度設計とその整備充実も重要な課題です。そして、それらとともに先述のように「社風」「組織風土」などと呼び方は幾つかありますがそれらから生まれる様々な職場での行動パターンや意識が、企業にとっての真実公正な決算をまとめるのに大変重要だと改めて感じました。
◆重要なワークライフ・バランス
今年の就職戦線は企業側でも、女子新人社員の過労自殺で浮き彫りにされた大手広告会社の違法残業問題などを背景に、働き方改革の号令の下で労働環境をいかに改善していくか、その対応に苦慮していると思います。今回の問題も受けてか、給与水準、福利厚生、やりがいなどとともに昨今、就活生が気にしているのが労働時間や休日など個人の生活と仕事の両立(ワークライフ・バランス)です。
企業にとっては、十分な収益を維持しつつワークライフ・バランスを保っていくというのも大変重要なテーマです。社内の風通しがよく、自分の働きが正当に評価され成長が感じられる職場。就活生が、そんな職場を見つけてくれればと切に願っています。
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