山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
なりを潜めていた増税論議が活発になっている。安倍首相は、2019年10月の消費税10%引き上げについて、「予定通り実施する」と日本経済新聞のインタビュー(9月13日付)で語った。「やる」と言いつつ2度続けて延期してきた首相のことだ。また「延期」を言い出すかもしれないが、今回は少し状況が違う。
◆「増税」で足並みをそろう
増税論議に火を付けたのは野党第一党・民進党。代表選挙で「オール・フォー・オール(皆で支え合う社会)」を掲げ、増税で生活保障の充実を打ち出した前原誠司・元外相が新代表に選ばれた。「増税」を掲げた野党が政権を狙う、というのだから時代も変わったものだ。
これを受け、岸田文雄自民党政調会長が「2019年の増税は確実にやる」と言い出した。石破茂元自民党幹事長も「次の衆議院選挙は消費税をどうするかが最大のテーマになる」と語り、「嫌なことは先送りでは国家は滅びる」とクギを刺した。
ポスト安倍を狙う自民党内の勢力まで「増税」で足並みをそろえた。増税に冷淡だった首相はこの流れに飛び乗った。
消費税増税をいつまでも先送りできない、というのは政府の基本姿勢。ただ安倍政権の優先順位は低い。憲法改正を悲願とする首相は、支持率維持のため経済成長を重視、景気を冷え込ませる増税を避けてきた。2014年12月の総選挙、16年7月の参議院選挙、いずれも「消費増税先送り」の是非を争点にした。不人気政策を逆手に取って選挙戦に勝利したのである。
首相の改憲戦略は18年秋の自民党総裁選で再選を果たし、20年までに憲法改正の国民投票を実施する、というものだ。改憲スケジュールの妨げになる消費税増税はできれば棚上げしたい。そんな思惑が見えていた。
森友・加計学園の紛糾から支持率がかげり、作戦練り直しとなった。政権を安定させるには国民の生活不安を何とかしなければならない。有効求人倍率が上昇するなどマクロの指標は好転したが、実感を伴っていない。企業は儲かり、人手不足が問題になるほど雇用は回復しているのに、非正規雇用が増え、将来不安は解消しない。
空回りするアベノミクスの目先を変え、雇用の安定や生活保障に重点を移した。
自己責任を重視する新自由主義から、分配へと経済政策の軸足は変わったのである。
◆「子ども保険」ネックは財源
日本の社会保障は介護・医療など高齢者に厚いが、保育・就学前支援など若者世代への配慮が足らず課題となってきた。
民進党は民主党政権のころから、子供手当など「現役世代の生活支援」を重視してきた。前原代表が主宰する「尊厳ある生活保障総合調査会」では、所得制限で線を引く従来型の福祉政策を改め、一律の行政サービスを享受できる分配政策を提示した。
調査会顧問として「オール・フォー・オール」を主導した井手英策慶応大教授は
「中間層が崩壊し生活不安を覚える人が増えている。所得で線引きすれば、生活保護ラインのちょっと上に不平等感が募り、下の階層は屈辱感にさいなまれる。一律のサービスにすれば不正受給のあらさがしもなくなる」。
自己責任を重視し「成果をあげた人が報われる社会」を政府が推進してきた結果、貧困と格差が深刻化した。リーマン・ョックをきっかけに、競争・成長に頼るシステムから、連帯・分配への配慮がアメリカでも叫ばれている。企業が儲ければ社会が潤う、とトリクルダウンを主張していた安倍首相も、賃上げを経済界に要請し、保育所の待機児童の一掃を約束した。
自民党内部からは小泉進次郎氏が「こども保険」を提唱するなど、子育て世代への分配を主張する声が高まっている。そこで問題になるのが財源だ。
少子化の原因の一つが子育てのかかる費用。賃金が低下し共働きが当たり前になったのに、保育園は不足し、子供を預けると給与が吹っ飛ぶ。塾や私立学校の負担は重く、3人以上子供を産めるのは恵まれた人たち、という社会になった。
2025年には4人に1人が75歳以上になる。暮らしがままならない現役世代が高齢者を支えることは至難の業。手遅れにはなったが、いまここで手を打たなければ日本は深刻な事態になる。そんな危機感が政界にやっと芽生えるようになった。
子育て層を応援する「こども保険」の財源は社会保険。現役世代の負担である。保険はリスクに備えるもの。子供はリスクなのか。保険にしたのは増税を避けたいから。税金として徴収し子育てに配分するカネを、保険という名目で集める。勢いのある政治家小泉進次郎でも増税から逃げている。
◆カネをどう使うか政策の分かれ目
民進党の前原代表は「財源問題から逃げない」と消費税増税を打ち出した。
増税は、財務省の悲願である。民進党と財務省が手を組んだのか。岸田も石破も、安倍も乗ってきた。反対するのは共産党・社民党など左翼政党だけ。政府・自民党・民進党の「大連立体制」で消費税増税が推進されるのか。
話はそれほど簡単ではない。大事なことは使い道だろう。財源の集め方は消費税でそろったが、そのカネをどう使うか。政策の分かれ目はここにある。
予定では2019年の2%増税は、1%が財政再建、1%が高齢者の貧困対策に充てる。現役世代が恩恵を感ずる使われ方にはなっていない。民進党では財政再建の1%を生活保障に回せ、と主張する。
消費税1%で2兆7千億円の増収が期待される。介護保険の自己負担が年間8千億円、保育園・幼稚園の自己負担も8千億円。この二つを消費税が肩代わりすれば現役世代は負担減を実感できる。100円のペットボトルが102円になって保育・介護の負担が消えれば、「支え合う社会」の方向が実感できる、という。
大学授業料の自己負担3兆円、医療費の自己負担が4・8兆円、障がい者福祉は数百億円。介護・保育と合わせても9・5兆円。消費税を3・5%上げれば、これらの自己負担が消える。
「使い道を国民が監視することが税金を活(い)かすことにつながる」と井手教授は言う。
5%だった消費税が10%になっても、増税分の4%は借金の圧縮だった。こうした財務省主導の増税か、国民の側が使い道を提示して増税に応ずるかは天と地の違いがある。
自民党の増税は、何を買うのか。北朝鮮からの危機を囃(はや)し、ミサイル防衛網の整備が叫ばれるようになった。兆単位のカネがかかるだろう。防衛費か、公共事業か、教育費か、社会保障か、それとも財政再建か。
優先順位を決めるのが政治だ。政党を選ぶ争点は「増税の可否」から、「税金の使い道」へと動くかもしれない。
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