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メコン川流域に見る地政学の変化とビジネスへの影響
『アセアン複眼』第14回

11月 20日 2017年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

『アセアン複眼』
企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories CEO。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。自社ニュースブログ(asiarisk.net)に、一部匿名ライターによる東南アジアのニュースを掲載中。

今年5月に日本でも公開された中国映画「オペレーション・メコン」をご覧になっただろうか。メコン川を渡る中国商船乗組員13 人の殺害事件(2011年10月)を基にしたアクション映画だ。殺害犯とされたタイ、ミャンマー、ラオスの3国混成ギャングを追うのは中国の公安当局。関係国と共同捜査を持ちかけ、治安は中国が取り戻すというのが筋書きだ。

◆政治的経済的影響力の拡大狙う中国

その後、現実の世界では中国の呼びかけで4か国治安当局による共同パトロール「Mekong Joint Patrol」(メコン合同パトロール)が始まった。11年12月からこれまで計62回。今年10月26~29日には7艦艇、163人が参加して63回目が行われた。スタート地点はメコン川の上流、中国川の入国管理都市Guan Lei港(雲南省)で、ここから約500キロ南までを4日かけて査察した(“China Conducts Joint Patrol with ASEAN Mekong States”, The Diplomat, 2017年10月31日ほか)。中国にとってメコン川は流通の要(かなめ)とはいえ、よその国の庭先で「新幹線東京・新大阪間」相当の距離を延々と監視して進むのである。公海と違い、両岸には防衛上の要所もある。パトロールの詳細はほとんど公表されないが、「一帯一路」構想の下、中国が越境して地域のインテリジェンスを集めているというのが専門家のほぼ一致した見方だ。

メコン川を巡る中国主導の多国間枠組みにはLancang-Mekong Cooperation (LMC)もあり、中国はメコン流域での政治的経済的影響力の拡大を随所で狙っている。

流域には6か国3億人近い人口が住み、そのほとんどが流域の天然資源、もしくは川を頼った農業生産をベースに生活している。流通の動脈であると同時に、生態系の宝庫でもある。沿岸諸国の開発は長年の課題で、周辺4か国(カンボジア、ラオス、タイ、ベトナム)が初の協議会を作ったのも1957年に遡る(現在のMekong River Commissionの源流)。他にも、関係国の「対話の場」は重層的に折り重なっている。

その一つ、Greater Mekong Forum on Water, Food and Energy(GMF、水・食料・エネルギーに関する大メコン圏フォーラム)も、共同パトロールとほぼ同時期の10月25~27日にミャンマー・ヤンゴンで開かれていた。MRCやLMCを始め、米国主導の多国間の枠組みであるLower Mekong Initiative(メコン河下流域開発)も参加したフォーラムは、しかし、知見共有の場と位置付けられるだけで何かが決まる仕掛けを設定していない。流域各国の利害対立が大きい、中国の圧倒的な政治的財政的な力を前に他国は主張を通せない、などの課題があるらしい。前述のオンラインマガジンThe Diplomatの別の記事は今年のフォーラムについて、「中国は、下流の小国(カンボジア、タイ、ラオス、ベトナム)を自国主導のLMC機構に無理やり引き込もうとしているが、それは結局、メコン川での中国の独占的地位を正当化することになる」(筆者訳、 “Is Sustainable Development along the Mekong Possible?”、2017年10月31日)と、会議中に中国からの力づくの議論があったことをうかがわせる。

◆米政府の無関与無関心

中国の増長は、いまの米国のトランプ政権の無関与無関心と対(つい)になっていると解説されることが多いが、その具体的事象は確かにあちこちで見られる。引き続きメコン川を話題にすると、今年7月にタイ東北部のコンケンで開催されたMekong Forum 2017がそれだ。

Mekong Forumは2011年から続き今回で5回目(2012年、2014年は未実施)。これまでも直接間接に地域を支援する域外国の専門家、元政治家や大使などを招いてきた。米国からは2013年開催のフォーラムで在タイ米大使館二等書記官が出席しているようだ。

米国の東南アジアへのコミットメントが注目を集めた今年、フォーラムで米政府を代表して発表したのは、ピッカリング・フェローに選ばれた大学院生だった。ピッカリング・フェローシップは、外交官を目指す一部の優秀な大学院生に与えられる奨学金を含む米国内のプログラムだ。フェローが悪いわけではないが、実際に外交官である書記官が発表するのとではプレゼンスが違うし、他の参加国の受け止め方も違うだろう。

並み居る専門家を前に、「我々(米国)はこの地域に関与し続ける」と力説するフェローに対し、メディアからは「一人寂しく目立った」と揶揄(やゆ)され、「(関与を続けるという発言は)真実ではない」とのタイの元閣僚の発言も紹介された(“At Mekong Forum, a focus on US disengagement and China’s rise”, Devex, 2017年9月5日)。

真実ではない、とする元閣僚はその理由として、USAID(米国際開発庁)が米国主導のLMIを通じて支援してきた、食料支援のための支援プライオリティー付きプロジェクトともいうべき事業を今年打ち切ったことを挙げた(出典は先述のDevex記事、https://www.devex.com/news/at-mekong-forum-a-focus-on-us-disengagement-and-china-s-rise-90803)。LMIからは「USAIDのプロジェクトはもともと18か月で自然に終了した」と反論もあったが、プロジェクト自体は少なくとも2014年3月から存続していることが確認される。自然に終わったとしても、今この時期に敢えて終えることには意図がないと主張する方が、無理がある。

◆中国の荒っぽい開発計画

米国に代わって中国が来たと思えばいい、東南アジア諸国の経済発展に中国は寄与している、とする意見もあろう。ラオスやカンボジアの首相の発言にも見て取れる。しかし、それは「good intention」からなされているだろうか。例えば流域のダム開発。メコン側上流(Lancang River〈瀾滄江=らんそうこう〉とも呼ぶ)の中国国内では既に六つのダムが稼働、さらに多くを計画中だ。下流域国の大干ばつの元凶と非難されているが、中国側にこれを改める気配はない。

中国の開発計画に絡むその荒っぽさは何もメコン川だけではない。昨年12月に始まった中国・雲南省とラオス・ビエンチェンの鉄道は建設費約60億米ドル。GDP(国内総生産)が120億米ドルのラオスは中国側の要求で今後、建設費の30%分を負担しなければならない。建設費は早くも膨張が予想されている。最近建設で合意した中国・昆明とタイ・バンコクを結ぶ高速鉄道も、技術者はほぼ中国からの派遣とされ、タイからの派遣は大きく制限される。これにはタイの主要紙バンコク・ポストも「タイ人に技術がないというのか」「(中国からの借款の)金利に特別の減免もない」と、けちょんけちょんだ(「暫定政権、慎重な判断を」、2017年6月21日付日経新聞電子版による和訳)。中国の鉄道建設といえば、先日の上海—昆明で手抜き工事が地元メディアでも報じられたばかりで、ケチがつけられっぱなし。完成しても命の保証はないのだ。

大国パワーの空白が確実に中国、また徐々にロシアによって埋められる東南アジア。ビジネスの現場でも国家資本主義を提げてくる国の動きに、一民間企業では太刀打ちできない現実は散見される。振り返れば、特に日本企業は概ね劣勢だ。「日本企業は『袖の下』を出さないから韓国や中国に負けるんだ」とうそぶいた域内大使もいると聞く。本当に日本大使の発言かと思えば驚くが、その焦燥感は筆者も共有する。日本を含めた先進各国政府の東南アジアでの出方が問われるのだが、さてどうだろうか。

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