助川成也(すけがわ・せいや)
中央大学経済研究所客員研究員。1998年から2回のタイ駐在で在タイ10年目。現在は主にASEANの経済統合、自由貿易協定(FTA)を企業の利用の立場から調査、解説。著書に「ASEAN経済共同体」(2009年8月/ジェトロ)など多数。
◆ASEANの交渉力の源泉「コンセンサス」
これまで東南アジア諸国連合(ASEAN)は、加盟10カ国が同じ方向を向くことで、中国や日本などASEANのダイアログパートナー(対話国)などとの交渉において「バーゲニングパワー」を発揮してきた。例えば、筆者が参加の機会を得たASEANとある対話国との閣僚会議で、一部のASEAN加盟国と対話国とで意見の不一致があった。その際、直接的に利害が絡む加盟国が自らの意見を述べ、他の加盟各国が利害加盟国を支えるべく次々とその意見に同調、最後に皆、「ASEANのコンセンサスに従う」という言葉で締めくくった。
これらのやり取りで、対話国は完全に守勢に立たされる。ASEANは直接的に利害が絡む加盟国に最大限配慮する形で、非利害加盟国もコンセンサスを形作り、10カ国による「バーゲニングパワー」を発揮するその姿勢は、正直、対抗するのが難しいと感じた。ASEAN Wayと言われる「内不干渉の原則」と「コンセンサスによる意思決定」の根幹を見た気がした。ASEANの意思決定は決して多数決を採らない。多数決はASEAN内で足並みの乱れを露見させ、「バーゲニングパワー」をそぐ懸念があるためである。
これらの交渉は、対話国と集合体としてのASEANとしての「1カ国対1地域」の交渉ではなく、いわば「1カ国対10カ国」での交渉だ。ASEANは「ASEANコンセンサス」という形で、対話国との間で「1カ国対10カ国」という圧倒的に有利な状況を形成し、交渉相手国が妥協せざるを得ない状況に追い込むのである。
それでも対話国と交渉が決着しない場合、他にASEANと歩調を合わせそうな別の対話国を舞台に引っ張り上げる。中国と日本、または中国と米国など大国間で牽制し合わせることで、交渉を有利に運ぶ。こうした手法でASEANは「バーゲニングパワー」を遺憾なく発揮してきた。加盟国おのおのは「小国」に過ぎず、交渉を有利に運ぶための小国の知恵であろう。また、これがASEANという集合体に参加している最大の理由でもある。
◆崩れたASEANの結束と信頼回復に向けて
前述の通り、ASAEN加盟国は事案によっては直接的な当事国でない加盟国もある。しかしこれまでASEANは、「集合体としての結束」を対外的に示すためにも、「ASEANコンセンサス」という名で妥協をしながら歩調を合わせてきた。
しかし、その「非当事国」がASEAN議長であることを有効に活用し、「援助」という名の経済力を用い、ASEANの「バーゲニングパワー」の発揮阻止に動いたのは中国である。南シナ海のスプラトリー諸島(南沙諸島)は、現在、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイがその領有権を主張している。
2012年7月にカンボジアで開催された第45回ASEAN外相会議でこの問題について議論されたものの、加盟各国の利害の相違から、ASEAN設立以来初めて共同声明が採択されない前代未聞の事態となった。会議は中国が入らないASEAN内部の会議であったにもかかわらず、である。
ASEANでは、共同声明の草案作成は最終的に議長国に委ねられる。そのため、中国が議長国カンボジアに対し「南シナ海問題は中国とASEANとの問題ではなく、中国と一部の国との問題」と強く働きかけ、カンボジアもこの会議で中国寄りの姿勢を示したことがこうした事態を招いた。中国の「ASEAN分断作戦」が功を奏した形だが、これは「統合体としてのASEAN」にこれまでにない深く大きな傷を与えた。
ASEANの歩調の乱れは、ASEAN Wayの根幹を揺るがすものであり、バーゲニングパワーの不発を通じて、加盟当事国に不利益をもたらす。また、統合体としてのASEAN自体の評価を著しく傷付けるものでもある。共同声明を出せずに終わった未曽有の事態から1週間後、ASEAN外相は急きょ、東南アジア友好協力条約とASEAN憲章に沿って、6つの原則にのっとり南シナ海問題についてASEAN間で協議することを表明したことでも、ASEANに与えたインパクトの大きさが想像できる。
2013年9月、ASEANは中国との間で法的拘束力を持つ「行動規範」策定に向け協議を開始した。しかし、中国が「消極的態度に終始した」との評価も聞かれる。中国との対外交渉におけるASEAN側調整国は、中国に同調する姿勢を見せるとも言われるタイである。ASAENがこの試練を乗り越え、地に堕ちた威信を回復出来るか、タイの双肩にかかっている。
(参考)南シナ海問題についてのASEANの6点原則に関するASEAN外相声明
1)南シナ海に関する行動宣言(DOC(2002年))の完全実行
2)南シナ海に関する行動宣言(DOC)のガイドライン(2011年)
3)南シナ海に関する地域の行動規範(COC)の早期採決
4)1982年国連海洋法条約(UNCLOS)を含む、普遍的に承認された国際法原則の遵守
5)全当事国の継続した自粛及び武力不行使
6)1982年国連海洋法条約(UNCLOS)を含む、普遍的に承認された国際法原則に基づく、問題の平和的解決。
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