引地達也(ひきち・たつや)
一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。
◆「共同体」という名前
案内役の患者
「自分が見なければならないところを一緒に話す、そして自分が気づいていくんです」
入院病棟の自室で入院患者の佐藤雄介さん(仮名、25歳)はベッド横の壁にかけてあるタッチパネル式の管理システムを作動させながら、1日のスケジュールや週間予定、服薬している薬の名前やその量を示し、入院生活を説明してくれた。
「入院するまでは自分がどんな薬をどのくらい飲んでいるのか分からなかったのですが、これ(同システム)で自分がどんな薬を飲んで、どんな状態なのか分かるようになりました」。
生活の中にITが当たり前にある中で育った「IT世代」らしく、タッチパネルを自在に操作していく。作業療法の作業一覧を見せながら、「その時に合ったことをやっています」と言い、任意のミーティングでは「ゲーム依存症」の集まりに参加しているという。
のぞえ総合心療病院の入院患者は薬物療法のほか、毎朝の堀川公平院長や堀川百合子副院長らによる回診を受け、週2回の主治医の精神療法、毎日午前と午後の作業療法、毎週末には疾患や病棟を超えた新入院患者ミーティング、週1回の10人ほどのグループで行う患者ミーティング、2週間に1回の心理教育ミーティングやコミュニティ・ミーティングが義務化されている。このほかにも、各患者の課題やニーズに合わせたミーティングやプログラムも豊富で、日中の入院病棟は活気あるコミュニティのように見えてしまう。
◆「責任レベル」システム
院内で入院患者と話をしていると、0から6までの数字を耳にすることが多い。これは「責任レベル」というシステムのランクで、「自分自身の言動に責任が持てるかの程度によって決められた行動範囲と条件」であり、この責任レベルを守り、かつ有効に利用することが治療には求められる。それを患者は自覚し日常の会話にも出てくることになる。
責任レベルの「行動範囲」は自分が自由にどこまで行けるか、の範囲を示すものだ。0―拘束は、「自分の言動に全く責任が持てず、種々の破壊的衝動をベッド上での拘束を利用すること以外にはコントロール出来ない状態」と規定され、1―隔離は「自分の言動に責任が持てず、病棟内での共同生活が困難な状態」、2―病棟内のみ、3―病院内のみ、となる。4―6は病院外も可能で、病院外の地域を三つのゾーンに分け、4―内まわり、5―外まわりで、外まわりからは、郵便局やコンビニエンスストアが範囲内に含まれ自由に買い物ができる。そして6―市街地は、最も制限の少ないレベルとなる。
また服薬管理も、1―スタッフ管理、2―1日分自己管理、3―3日から4日分自己管理、4日から1週間分自己管理となっている。
患者は自分の責任レベルと自分の現状を把握し、週1度の患者ミーティングでスタッフと患者に対し責任レベルの変更を求めることが出来る。他の患者がその求めに率直な感想を述べあい、スタッフミーティングで責任レベルの変更が決められていくことになる。
◆グループホームの声
長期入院患者の退院を促進し、短期入院主体の入院治療を継続しているこの院の治療のスタイルは当然、経営を成り立たせることが前提にある。この病院が短期入院のサイクルを確立する際に考えたのが「病院作り」(病院社会システム)とともに「街づくり」(地域社会システム)として、院外の治療構造を確立することである。外来でのデイケアやナイトケアのほか、グループホームやアパートなどの設備を整え、就労支援事業などで地域との連携を緊密にし、病院から地域の橋渡しをする取り組みだ。
さらにグループホームでも自治会を確立させ、入所者が自分たちのコミュニティのことを決定する。外部からの見学者を案内するのも自治会長、田中大介さん(仮名)の役目。「だんだん説明するのが慣れてきました」と話す。
別のグループホームは16歳から76歳までが共同生活を営んでおり、最年少の鈴木隆さん(仮名、16歳)が「以前は児童養護施設に入所していたので目上の方との集団生活は慣れているんです」と落ち着いた様子で話す。「自由なのでここから出ること(脱走すること)を出来ますが、それではスタッフを裏切ってしまうし、自分にとってよいことではありません」と冷静に話してくれた。
◆入院患者の確保のために
責任システムと多様なミーティングを組み合わせ、患者の治療への自覚を促し、地域移行をスムーズに行うための施設の整備などを通じて、積極的に退院を促す――。
この仕組みには、現在の診療報酬制度下では収入が減るばかりだから、経営上成り立つかの課題がつきまとう。これは精神科病院共通の悩みでもあろう。
常に空いた病床を埋めるべく、入院患者を確保しなければいけないという課題への特効薬はなく、堀川院長は「紹介による入院患者を増やすか、自院の外来患者を増やすことで入院患者を増やしていく以外に術はない」とする。
前者の紹介による入院患者を増やすには「365日24時間、紹介があればいつでも誰でも入院を引き受ける体制を作っておかなければならない」とし、必要なのは「スタッフの士気の高さと、それを支える治療システム、ソフトとハード」と断言する。
後者の自院からの入院患者を増やすには、「魅力ある治療ソフト、ハード、システムを持つことで母集団となる外来患者の数を増やす」ことが必要と説く。
基準として、長期入院患者の退院、入院期間3か月以内の短期入院主体の入院治療を志すならば、外来は少なくとも定床あるいは急性期稼働病床の10倍、外来リハビリテーション部門であれば、2倍ほどの患者が必要となるという。
この数字を確保してこそ、「新たな入院を受けるために治療を充実させ早期退院へと導くといった、本来の病院の姿が蘇る」(堀川院長)という。
このような魅力ある場づくりは、医療だけではなく福祉全般にも当てはまる命題でもある。
※『ジャーナリスティックなやさしい未来』過去の関連記事は以下の通り
第115回 相模原事件を考え、学び、語らうことを続けたい
https://www.newsyataimura.com/?p=6821
第120回 重ねる対話、治療共同体の動き方―退院促す精神医療(1)
https://www.newsyataimura.com/?p=7074#more-7074
第121回 重ねる対話、治療共同体の動き方-退院促す精神医療(2)
https://www.newsyataimura.com/?p=7102#more-7102
精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/
■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link
■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/
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