佐藤剛己(さとう・つよき)
企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories CEO。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。自社ニュースブログ(asiarisk.net)に、一部匿名ライターを含めた東南アジアのニュースを掲載中。
東南アジア地場の大手エンジニアリング企業が、海外直接投資(FDI)で自社を売り込もうと東南アジアのA国を訪れた2011年ごろ。その国のトップから「ここで事業をやりたければ10%(のコミッション)が条件だ」と、面会の席で直々に賄賂要求があったそうだ。この会社の役員が話してくれた。
◆時代とともに認識も変化
国のトップが額を指定してまで賄賂を要求する事態は、場面を想像すると顔をしかめてしまう。が、「10%」という数字にピンとくるものがあり、手元のメモなどを整理してみた。賄賂の相場みたいなものがあれば、そこからビジネスのエコシステム(人やモノが循環しながら共存共栄していくしくみ)を想像し、自社の顧客にとって先回りの一手を打つきっかけになるのではないかと思ったのだ。筆者は賄賂を仲介する立場ではないので、本稿では関係者を特定しない限り、この手の話を表に出したところで実害はない。
ピンときたのには根拠がある。1996年4月に共同通信社会部が編集した『沈黙のファイル―「瀬島龍三」とは何だったのか』(新潮社刊)は、帝国陸軍時代を経て終戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)に証人として出廷、その後は伊藤忠商事に参画する瀬島の軌跡を追った本だ。
戦後のインドネシア事業を舞台にした場面で、伊藤忠が関係者に支払う金銭について次のやりとりがある。「コミッションは通常13%だった。久保(政商といわれた東日貿易創業者兼社長の久保正雄。伊藤忠とインドネシアで協業した)の説明では、10%をスカルノ(当時のインドネシア首相)に渡し、残り3%が東日貿易の取り分になる」。別の箇所では、インドネシア初の国産デパートになるサリナ・デパート建設を巡り、「建設費は、1279万ドル。伊藤忠からその6%の77万ドルがスカルノへ、5%の64万ドルが東日貿易に払われる約束だった」というくだりも出てくる。
今でいう商業賄賂(ここでは東日貿易分)も含めると、合計は全体事業のそれぞれ13%、11%である。今は「賄賂」と表現しても、1996年当時はメディアが「コミッション」という言葉を使ったところに、時代とともに賄賂への認識が変化しているのが分かる。
◆政府につないだら10%?
東南アジアのB国では、筆者の顧客がFDIに類する事業を地元企業とジョイントベンチャー(JV)でやろうとしたところ、「政府につないであげる」ことを条件にやはり10%を要求されたという話がある。顧客の予定投資額は4桁(億円)だから、賄賂は3桁(億円)。この地元企業にいくばくかは落ちるはずなので、受益者への真水は10%より低くなる。「3桁(億円)の賄賂なんて、社内にも株主にも説明できないでしょ」(担当者)と、事業は取りやめとなった。
昨年10月にマレーシアで複数報道された記事には、先ごろ政界に返り咲くことを宣言したマハティール元首相が在任中、日本企業に10%を要求することで知られていた、との記述が出てくる。
“In Japan, Mahathir was known as ‘Mister 10%’. In Europe, all the huge multinationals knew that to do business in Malaysia you needed to provide at least 20% or 30% as contingencies for ‘political donations.’” (“‘Money Politics’ Or ‘Bribery’, Mahathir Is A Billionaire 100 Times Over”, mayalsiadigest.com, 2017年10月9日)
ここでは賄賂が「contingency」(臨時費)と表現されている。
もちろん、マハティールはこの主張に反論。記事を書いたマレーシア人のラジャ・ペトラ・カマルディン氏(2008年に治安維持法で逮捕、その後釈放。ウェブニュース「マレーシア・トゥデー」を主宰)もさらに、真っ向から反論している。
一方、表面化した事案で見ると、日本交通技術株式会社(本社・東京都台東区)がベトナム鉄道工事の贈賄で訴追されたケースでは、2014年4月に日本交通技術から第三者委員会の報告書が公表されている。これによると、総額70億円余りの事業で6600万円、0.94%が賄賂としてベトナム政府の役人に渡されたと認定された。
日本の反対側に位置するブラジルの話になるが、昨年12月にブラジルでの贈賄で訴追されたシンガポールの大手ケッペル子会社ケッペルOMは、総額10億ドルに上る公共事業の契約の見返りとして、口を利いてくれた複数の政治家や国営石油公社ペトロブラスの経営陣に5500万ドル、5.5%を支払っている。
ここまで見ると、マハティール元首相の「20%」や「30%」はともかく、10%をベンチマーク(指標)にして贈賄額はこれを下回るのが主流と言えるかもしれない。
参考値になるが、同じB国では政府と企業をつなぐ知人のエージェントが、投資額の5%を日系企業を含む顧客に要求している。5%相当額のうち、このエージェントも少しは取るだろうから、受益者の取り分は5%未満だ。
◆金額を決める作法
東南アジアのC国については、閣僚と賄賂の額を決める際の作法を聞いた。父親を政府高官にもつC国籍のビジネスマンは「閣僚に頼みに行く時は、だいたい手に数字を書くんです。『5』とか『3』とか。それが金額。単位はその時々で想像する。相手の大臣に自分の手の平に数字を書くところを見せて、向こうが『うんうん』となればOK」。
許認可が取れれば、後は民間ベースで案件が進むような「小ぶり」な話は、相手は中堅官僚で済むことが多い。D国のケースでは、地方政府官僚と直接交渉し、「いくら払えば許認可が外資(日系)に下りるのか」を相談する、というのが日常茶飯事らしい。日系の海外進出コンサルタントから聞いた話だ。このコンサルタント、顧客日系企業から1500万円で許認可取得を含めた進出支援事業を請け負い、このうち許認可取得費500万円を官側に流したという。「向こう5年は外資への許認可枠が埋まっていた業界。他所ではできなかった案件なんです」
額の大きさに驚きはなく、むしろあちこちで聞く小ネタにも似ている。
冒頭で紹介した東南アジアの大手企業はその後、A国への事業には手を付けないことを決めた。彼ら自身も地場企業だが、トップからの直接要求以来、社内でA国に進出する気勢は完全にそがれてしまったそうだ。(文中敬称略)
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