内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。
世界的な金融緩和による資金のだぶつきの中で、米国や日本含め株式市場は活況を呈しています。このまま米国や日本の企業の株価は上昇していくのか、筆者含め大変興味深いところです。日本の株価(株価指数)は1990年と比較して2016年で0.7倍、バブルが弾けて以降低迷していたのに比べて諸外国では例えば米国やドイツは7倍、香港も7倍、中国に至っては24倍と素晴らしい上昇を見ています。日本の株価は2017年にバブル期以降の最高値よりも上がり過熱感はぬぐえないですが、国際比較で考えればまだ上昇の余地はあるのかも知れません。
◆企業の情報開示、簡素化の方向へ
株価の重要な上昇要因の一つは当然、個々の企業の業績によって決まりますが、投資家などへの企業からの業績報告の手段は普通、定期的な財務報告などの情報開示になります。
日本では上場企業の場合、金融商品取引法(金商法)によって四半期毎に四半期報告書の形でタイムリーな情報開示が求められています。また一般に、年度末には四つの開示が行われます。これは、①年度末から期間(原則45日)内に速やかに証券取引所規則に沿って「決算短信」という形で決算数値などの情報を株主に対する速報として開示する②会社法の施行規則第118条に基づいて、会社は「事業報告書」の作成を株主総会招集までに行う。事業報告では、決算内容、会社、株式、役員の状況など重要な項目についての開示が必要になる③金商法の規定に従い、外部監査人による監査意見付き「有価証券報告書」の作成・提出を決算日から3カ月以内の株主総会までに行う(注:政府は現在、重複する部分の多い事業報告書と有価証券報告書の一体化または一元化を検討中とされる)④証券取引所規則に基づき、2015年からコーポレートガバナンス情報に関する「コーポレートガバナンス報告書」の提出義務化――の四つです。
更に、非財務的要素に着目した会社の社会的責任を報告するCSR(企業の社会的責任)報告、環境報告やサステイナビリティー(持続可能性)報告なども任意に提出されています。
日本と比べて、欧米の開示制度はより簡素化されているようで、米国では「Form 10-K」と呼ばれる財務報告決算様式や欧州には年次財務報告書がありますが、一般の投資家に対しては普通、財務情報も入ったアニュアルレポート(年次報告書)の形式で一本化して開示されます。また、欧州では、従来の四半期報告書が長期的な視点での投資を妨げるとして、四半期毎の報告義務が撤廃される方向で議論が進んでいると伝えられています。
このように、日本の開示制度があまりにも複雑かつ繁雑であることを考えれば、いま一度原点に戻って、投資家にとって有益な情報が適宜開示されることを目的とするべきだという観点に立って簡素化するよう考えてもよいのではと思います。
◆企業の「統合報告書」開示は不可欠
この1、2年、注目され始めた「ESG投資」(環境〈Environment〉、社会〈Social〉、企業統治〈Governance〉に配慮している企業を重視・選別して行う投資)と、それを含めた形で企業側が開示する「統合報告書」についても触れておきたいと思います。
ESG投資は、国連が主導する形で企業の責任ある投資行動を求める責任投資原則(Principle for Responsible Investment)に基づいて投資をするというもので、世界の名だたる機関投資家(例えば年金積立金管理運用独立行政法人)などと連携して定められました。投資先企業が成長するために助言もするこれらの機関投資家は、スチュワードシップ(投資した企業の経営に積極的に関与することを求める規範)責任の観点からESGに積極的に取り組んでいると思います。ESG投資の代表的なものとしては気候変動問題に対する投資がありますが、例えば、オーストラリアでナショナルオーストラリア銀行に次いで大きな資産を持つオーストラリア・コモンウェルス銀行(CBA)が2016年の年次報告書で、気候変動に関しての銀行としてのESG行動に関する開示、特に銀行が行っている石炭事業に関する開示が十分でなく会社法上の法的開示要求を満たしていないとして、昨年8月に株主から提訴されました。ただその後、CBA側がこれに関する開示を行ったため、翌9月に訴えは取り下げられました。
今月23~26日に開かれている世界経済フォーラム年次総会(通称「ダボス会議」。CNNによれば、今年のスイスは降雪が激しく会議場へのアクセスに苦労しているようです)の「グローバルリスク報告書2018」でも、人類にとって最大の脅威の一つとして気候変動などによる「異常気象」を発生可能性に関するランキングで2年連続1位に捉えていて、企業ベースでの対応は必須だと指摘しています。
気候変動以外にも、アップル社がかつて問題とした中国でのサプライチェーン上の人権問題、海洋の酸化問題、砂漠化や水質悪化などの水資源に関わる問題、先進国のみならず新興国でも問題となっている所得格差問題、取締役の多様性など様々な課題が浮上しています。このように、投資家にとって必要なことは、従来の財務的報告に対してだけではなく様々な中長期的なリスクに関する情報を十分に理解することにあるとも言えます。
前述の通り、非財務的要素に着目する企業のESG投資行動は、すでにCSR報告など様々な形で開示されてきました。最近では、それらと財務情報を包括的に開示しようと「国際統合報告評議会」(英国を拠点とする民間非営利法人。国際的に合意された統合報告の枠組みを構築することなどを目的にしている)の推奨する「統合報告書」という形での開示が世界的にかなり普及してきました。統合報告書は通常、WEBベースで開示されるのが望ましいとされており、これによって投資家との緊密な対話が可能になります。日本でも300社以上の企業が統合報告書またはそれに準じた報告を公表しているとみられます。統合報告書の開示は今後も、投資家の求める企業価値を持続的に向上させるためには不可欠で、その潮流は変わらず更にその重要性は高まっていくと思われます
コメントを残す