引地達也(ひきち・たつや)
一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。
◆機能の維持
先日、「これからのジャーナリズムを考えよう」(主催・日本経済新聞社、米コロンビア大学ジャーナリズム大学院、東京大学大学院情報学環)と題した催しが東京大学で行われ、パネル討論「AI/デジタル技術とジャーナリズム」の中で、日本経済新聞の渡辺洋之・常務執行役員が同社でのAI(人工知能)の活用を紹介した。
昨今の新聞紙の購読者数=発行部数が減少する中で、読売や朝日などの大手紙に比べると発行部数の減少幅が少なく、減少分はデジタルでの購読者増で補えているとして「危機感はない」(長谷部剛・専務取締役編集局長)という同社は、デジタル戦略で自信を見せる。
それが「ジャーナリズム機能の維持」を成しえるのかは、まだまだ課題を残しつつ議論が必要なようである。
◆進む役割
同社の渡辺執行役員の説明によると、日経では決算記事は決算発表を受けたAIが書き、見出し作成の一部や読者のニーズに適した記事の抽出もAIが担っているという。そして今後の役割として、過去の記事や取材ノートから取材の際に有効と考えられる「仮説を提示」し、新たな取材の提案、さらにデスクの目で判断していた「良い記事」「読者に価値がある情報」の基準を「AIの目」で精緻(せいち)化することも視野に入れているという。
また、海外メディアからの情報取集が容易になった環境においての翻訳と発信も大きな役割だ、と紹介した。
一方、東京大学大学院情報学環の苗村健教授は、最新技術に詳しい立場から冷静に昨今の状況を整理する。それは、人に情報を伝えるための二つの技術として、伝える手段がメディア技術であり、伝える内容がコンテンツ技術であるとしたうえで、メディア技術が「いつもで(録画)、どこでも(スマホ)、誰でも(SNS)」との傾向にあり、コンテンツ技術が個別化し人類の英知を個人レベルでリアルな活用に至っており、結果として「いまだから、ここだから、あなただから」の傾向にあると指摘する。
◆弊害は何か
その二つの技術革新の結果の社会弊害として「視野を広げる機会の喪失」「(人の)能動性の喪失」「対面議論の喪失」が出現したと指摘、AI技術のあるべき姿は「人々を議論へと自然に促す場を創出する」ことであり、適度な不便が人を能動的にすることを考慮すべきとの立場を示した。
登壇した米コロンビア大のスティーブ・コル・ジャーナリズム大学院長は、ジャーナリズムの立場から「ジャーナリズムが最も大切なのは倫理面。ジャーナリズムにおいてAIをどこで使うのか、使ってはいけないのか」との認識を示したうえで、独裁国家で行われている顔認識などの技術は慎重になる必要があると説き、渡辺執行役員も「個人情報に関することは使うつもりはない」と断言、AIに「イチゴを作れ」と指示すれば、ほかの畑をつぶしてもイチゴを作ることの危うさを認識する必要があると強調した。
◆棲み分け議論
こうした議論は今後も続いていくだろう、先日某ラジオ局幹部とも話をし、すでに地方のラジオ局では、合理化の流れの中で、遅い時間帯のニュース原稿を読むのを自動音声で対応しているケースが多いと聞いた。そこから、ラジオパーソナリティーがAIでもよいのか、という問題提起もされている。
今回のシンポジウムでも「ジャーナリズム」は人がするもの、という前提に立つコル教授の「ジャーナリストのコンテストがなければならない」とする見解に加え、「AIとこれまでのオールドファッションとの組み合わせは可能だ」との言葉を頼りに、どのように棲(す)み分けるかの議論が必要となってくる。
これはジャーナリズムやラジオパーソナリティーの世界だけではない。人の悩みや苦しみを受けて、コミュニケーション行為でケアする存在である「支援者」の領域でも同様である。
「AI」という現代社会が求め続けた「合理化」や「精緻化」の象徴のような存在を前に、私たちは改めて、人間でいること、を考えさせられているのだ。
※『ジャーナリスティックなやさしい未来』過去の関連記事は以下の通り
第110回 「共謀罪」をメディアが伝えられないのか、市民が受け止められないのか
https://www.newsyataimura.com/?p=6639#more-6639
精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/
■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link
■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/
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