引地達也(ひきち・たつや)
一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。
◆404回の「フェイク」
米CNNは、昨年2月に就任したトランプ米大統領が「フェイク」と発信したのは404回で、平均1日1回以上であると分析チームの調査結果として報じた(2018年1月20日)。表現の自由のもとに、「真実」を報じ、それが社会に受け入れられてきた報道機関は、時の権力者から「嘘(うそ)」と指摘されたことで、あまりにも実直な攻撃に驚いたと同時に、一般の受け止め方は案外と賛否分かれているのも以外な発見となった。
背景には、大統領の発信という主張と、ジャーナリズムを追究するメディアの発信が、同じ「メディア」に乗じて伝えられていることにより、受け手は情報を同化させていることがうかがえる。それは「デジタル時代」というデバイスの確立のより成り立った社会環境で、結果的にソーシャルメディアもマスメディアも境界線がなくなっている。
この状況下で、市民の権利を保護し幸福に向けたメディアはどうあるべきなのだろうか。拙稿第126回で紹介した「これからのジャーナリズムを考えよう」(主催・日本経済新聞社、米コロンビア大学ジャーナリズム大学院、東京大学大学院情報学環)と題したシンポジウムで、「デジタル時代のジャーナリズム」についても論じられた。
◆FTの10年変革
コロンビア大ジャーナリズム大学院のスティーブ・コル院長は「2016年、フェイスブックの幹部がどれだけのフェイクニュースがあるのか把握していない」とされ、デジタル時代の弊害として、「AI(人工知能)の悪用が最終的に欧州から出てくる」と予測し、「家族発のコンテンツを優先するフェイスブックの改革」「その透明性の確保」「企業秘密であるアルゴリズムの仕組み」「プラットフォームの中立性」を問題として挙げ、監督機能が必要との認識だ。
一方デジタル時代に向けて英フィナンシャル・タイムズ(FT)のライオネル・バーバー編集長は「静かな変革がこの10年、行い、持続可能なプラットフォームを作ることができた」と、デジタル時代に対応できたとの認識だ。「91万人の有償顧客は(同社の)130年の歴史で最高だったが、自分自身を破壊しなければならなかった」と振り返る。「マルチメディアのニュース組織に変わらなければならない」ために「明確なミッションステートメントを作った」と言い、そのビジョンとは「デジタルファーストのニュース組織になる」というものだった。
バーバー編集長は「これは非常に興奮する機会なのだ。負けて引き下がるのではない。戦いに挑んだ。明確に新しいジャーナリズム、動画とデータと新たなデジタルツールの混合である」と説明した。
◆エンゲージが最重要
この取り組みを始めてから5年後、「読者エンゲージ」という概念の中で読者の何人が、どの記事にどれだけ時間をかけているか、その記事をほかの人にシェアしているか、エンゲージメントあるかどうか、が編集で一番重要視するものだとの考えに変わったという。それは「FTをいつも読もうという習慣づけをしていることで、購読者数を増やさねばならない。私たちのジャーナリズムをオンラインで、一番読みたい時間に出す」。それが「デジタルファースト」のプロジェクトだったという。
東京大学大学院社会情報学環の林香里教授が「教育の面からデジタル時代で可能になっていることは何か」との問いに対し、コル院長は「情報の構造が変わってきて、アルゴリズムは力の源である」とし、ジャーナリズムの教育として、各種報道機関でコンピュータサイエンスを調査報道でも生かすようになってきた状況から、データに対応できる研究と人材育成が急務との考えだ。
バーバー編集長は紙を重要視する姿勢も維持すると強調した上で「人が好んでくれるものを維持しなければならない。シンプルな形で作らなければならない。ジャーナリズムはソフトウエアを支配してきたが、今はソフトウエアが上位で提供してくる」とし、バランス論の重要性を強調した。
◆倫理的に難しい時代
林教授はデジタルファーストにより変化するジャーナリズムの文化について質問し、バーバー編集長は「もっともっと違うことはやってくれと言っている。マルチメディアに対応せよ」と指示しているとし、「画像を念頭に置き、(現場に)写真家を連れて行き、より多くの言葉を求められる。データサイドからどのようなストーリーやチャートに入れられるか、より幅広い観点から集めなければならない。私たちは新しい仕事を上乗せするわけではない。自分たちの仕事に明確な価値を出していくか、ロングテール、マージナル、具体的に知りたいツボ、深さ、バランスを考えなければならない」と話した。
ソーシャルメディアの普及で「すべてのものにスピードがあり、すべてのものがハイパーアクティブになって、眠らなくなった」(バーバー編集長)状況に、コル院長は「自分で自分のファクトをチェックしなければならない」とし、やはり「倫理的には難しい状況を生きているのは確かだ」と述べた。
デジタル時代だからこそ、「倫理」を深く考える姿勢が求められているのだと思う。
※『ジャーナリスティックなやさしい未来』過去の関連記事は以下の通り
第126回 AIが「ジャーナリズムする」日は来るのか?
https://www.newsyataimura.com/?p=7225#more-7225
精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/
■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link
■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/
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