山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
鳥のいない里のコウモリ。TPP11で、日本はそんな存在だろう。
元はといえばアメリカが音頭をとって始めた経済圏だった。グローバル企業や農業団体が、自国で消費しきれない製品・サービス・農産物を勃興(ぼっこう)する環太平洋市場で売りまくろう、という構想だった。
そのアメリカがトランプ政権の登場で離脱した。合意したルールが気に入らない。譲歩が大き過ぎて得るところが少ないという。
◆日米同盟の現実
米国が抜けたTPP(環太平洋経済連携協定)で圧倒的な経済力を持つのは日本。11か国をまとめ12月30日に発効することになったがTPPの存在感は軽くなった。グローバル企業の脅威を恐れながらもアメリカ市場を狙える、というスリリングな醍醐味(だいごみ)はない。
アメリカは環太平洋への野心を失ったわけではない。「TPP合意」よりうまみのある協定を個別に結ぶ、というのがトランプ戦略だ。「二国間交渉」という各国撃破がこれから始まる。
再選を狙うトランプにとって、2年後に備えた実績づくりが課題だ。実利を重視するトランプは市場が小さい小国は眼中にない。TPP最大の経済力を持つ日本に照準を定めた。
日本とのFTA(自由貿易協定)交渉は年明けから始まる。だがそれは表向きのこと。茂木敏充経済再生担当相が米国のライトハウザー米通商代表部(USTR)代表と交渉が始めるのが来年からということで、首脳レベルの「本当の交渉」は既に始まっている。
「私が『巨額の貿易赤字は嫌だ』とシンゾウに言うと、日本がすごい額の兵器を買ってくれることになったんだ」
9月26日の日米首脳会談の後、トランプは誇らしげに語った。だが日本政府が発表した「首脳会談での発言」にこのような記述はない。大事なことは発表されない。当たり障りがないことしか表に出ない。
日本経済新聞は「米インフラ整備資金支援―政府、新基金を検討―通商圧力をかわす狙いも」という記事を載せた。
首脳会談を前に、政府は兵器の大量購入や米国のインフラ整備のためにカネを出すことを提案している。トランプを喜ばす「お土産」だろう。これも表に出ない。
日本で大騒ぎになっているイージスアショアは、政府の防衛計画に載っていなかった。ミサイル防衛はイージス艦を増やすことで対応するのが日本の防衛計画だった。突如、陸上基地でミサイル防衛することになった。
当初の話では一基800億円ということだった。ところが話が詰まると、2千億円に跳ね上がった。2基で4664億円。基地の建設など含めると8千億円の買い物になるという。防衛計画の大綱にも防衛力整備計画にも載っていない巨大兵器が、首脳会談の舞台裏で決まっていく。これが日米同盟の現実だ。
◆不満の埋め合わせを日本に引き受けさせる
TPP交渉に日本が参加した2014年を思い出してみよう。自民党は「TPP反対」を掲げて選挙を戦ったが、一転して参加を決めた。メンバーを選ぶ権限を握る米国にお願いした。
この時、差し出したのが、米保険会社アフラックへの優遇だ。がん保険を郵便局のネットワークで売り、日本の生保にはがん保険を認可しない、と麻生財務相が表明した。厚生労働省は、狂牛病対策として設けていた規制を緩和した。牛肉の輸入拡大に道を開いたのである。いずれもTPP交渉の枠外。正式な交渉ではなく、日本側が「自主的」にとった政策として処理された。
TPPはいくつもの国が集まって「多国間協議」が行われる場と説明されてきたが、日米は「並行協議」と称して二国間で交渉してきた。
来年から始まるFTAを前に、すでに秘密交渉が行われている、と見ていいだろう。「交渉」と名乗らず、首脳会談準備会合とか事前協議の場で米側から厳しい注文が出され、日本が「貢ぎ物」を差し出す、という「密約」が交わされているのだろう。
そうでなければ、5年先に実用化される陸上ミサイル基地「イージスアショア」を財政難の日本が輸入することはなかった。
トランプにとって、日本に譲歩を迫る対日要求は再選を果たす重要なカードである。中間選挙を乗り切った後、じっくり取り組むことになるだろう。
中国に貿易戦争を仕掛け、ナショナリズムを煽(あお)る。高関税は報復を招き、国内に犠牲者が出る。影響を受けるのは中国に農産物を売っている農業だ。不満の埋め合わせを日本に引き受けさせる、という対策が検討されているという。
「交渉しないなら日本の自動車にものすごい関税をかける、と言ったら、彼らは、すぐにでも交渉したい、と言ってきた」とトランプは首脳会談の舞台裏を語った。
「自動車で脅し、農業で成果を取る」というのがトランプのディールだろう。自動車で脅されると日本は弱い。安倍政権は「経産省内閣」といわれる。経産省は自動車を産業の柱に据えている。泣かされるのは農業だろう。
「財政」も痛められる。社会保障の削減が叫ばれているのに、防衛費の伸びだけが突出している。2019年度には5兆円を超え、過去最高だ。首相周辺から「防衛費をGDPの2%に」という声さえ上がっている。トランプ政権から尻を叩かれているからだ。一機200億円のオスプレイを自衛隊が買わされ、イージスアショア、さらに新鋭戦闘機。北東アジアの緊張緩和と逆行する「軍備増強」が米国から求められている。
これらはFTA交渉とは別物だ。大事なことは裏で決まる。水面下の折衝は既に始まっている。
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