古川弘介(ふるかわ・こうすけ)
海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。
◆本稿の狙い
前稿でとりあげた野口悠紀雄(*注1)の『「産業革命以前」の未来へ─ビジネス・モデルの大転換が始まる』は、現在のIT・情報革命を、資本主義の限界を打ち破る新しいフロンティアの出現と位置づけ、肯定的側面への評価が中心であった。そのため今回は、IT・情報革命の負の側面を批判的に分析した『the four GAFA―四騎士が創り変えた世界』をとりあげたい。著者は、米国のIT起業家でありビジネススクール教授であるスコット・ギャロウェイ(*注2)である。
GAFAとは、IT・情報革命の現在の覇者とされるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字をとったものである。本書ではGAFAをヨハネの黙示録に出てくる「四騎士」になぞらえている。黙示録で四騎士は、「地上のそれぞれ四分の一を支配し、剣、飢餓、悪疫、獣によって地上の人間を殺す権威を与えられている」存在だ。本書は、「四騎士が創り変えた世界」に住むわたしたちの未来の「苦難の予言」となるのであろうか。
本稿では、まず身近な存在でありながら実はよく知らないGAFAとは何かについて、本書を参考に整理しておきたい。次に著者が指摘するGAFAの「問題点」を見ることで、資本主義の未来を担うと期待されるIT・情報革命が、資本主義の矛盾を一層拡大するのではないかという疑問について考えてみたい。
◆世界を創り変えたGAFA
GAFAの存在感の大きさに関しては異論はないだろう。日常生活でパソコンやスマホはアップルという人は(特に日本では)多いし、ほとんどの人が毎日グーグルで検索し、アマゾンのお世話になっている。また、フェイスブックは使わないという人がいるかもしれないが、同社のユーザー数は全世界で20億人もいるのだ。またこうした日常生活上の存在感だけではなく、GAFAの企業価値の大きさも際立っている。企業の価値を計る最も一般的な方法は市場での価値である株式時価総額である。今年8月、歴史上初めて時価総額が1兆ドルを超えた企業がアップルであり、すぐにアマゾンが続いた。世界の時価総額トップ6にこの4社が名を連ねている。ちなみにアップルは日本勢トップのトヨタ自動車の6倍以上あり、4社合計の時価総額3兆4千億ドルは、GDP世界4位のドイツと同じくらいの規模だ(*注3)。
本書では、GAFAは人間の本能を刺激することによって成功を収めたとする。アマゾン、グーグルは「脳(調べるために検索する、比較して安いものを買う=合理的判断)」、フェイスブックは「心(人間のつながり)」、アップルは「性的魅力(持っているとかっこよく見えて異性にもてる贅沢ブランド)」だ。そうしたGAFA各社の特徴を著者は次のように巧みに表現している。
●アマゾン――「1兆ドルに最も近い巨人」(アップルに先を越されたが今年達成)
アマゾンは、書籍とDVDから出発して、今や「人々が必要とするすべてを必要とする前に提供する存在」となった。創業者であるジェフ・ベゾスは壮大なビジョンを描くストーリーテリングの巧みさで投資家から安い資金を集め、規模だけではなく業務分野も拡大している。狙いは小売業における世界制覇であり、そのためにeコマースと実店舗との統合(マルチチャンネル)を目指している。また、クラウド事業においても低価格攻勢で市場拡大を牽引し他を圧倒する存在となっている(*注4)。
しかし、アマゾンの成功の陰に隠れた負の側面も見なければいけない。アマゾンは出店企業から吸い上げた販売情報を自社の販売促進に利用する。情報量の圧倒的な差による優越的地位を利用した出店業者との取引関係は、不透明な売上協力金など不公正取引が疑われている。こうして小売業を無力化し、淘汰(とうた)し、破壊していくが、これは雇用の破壊と地域の破壊を生み出す。
また、アマゾンは倉庫を始めとする流通部門に多くの従業員を抱えているが、劣悪な労働環境や低賃金を批判されている。さらに無人倉庫など省力化に巨額の投資を続けている事実は、自社での将来的な雇用削減を示唆しているという疑念を喚起する。
●アップル――「ジョブスという教祖を崇める宗教」
アップルの成功の要因は、高級ブランドの確立に成功したことだ。贅沢(ぜいたく)志向は人間の遺伝子に組み込まれている。それは人間の枠を超越して神聖なる理想(神)に近づきたいという本能と、自分の魅力をアピールしてよき伴侶を手に入れたいという欲望(セックス)を結びつける。他社(マイクロソフトのウインドウズ)は「頭脳」に訴えようとするが、アップルは「心」と「下半身」に直接訴える。
アップルは「製品の価格は高く、製造コストは低く」という製造業の理想を実現したが、それを可能とした要因は、①製造ロボット重視(品質維持と低コスト化)②世界的なサプライチェーンの確立(水平分業による低コスト化)③高級ブランド化による小売業としての存在感の確立である。特に③の成功が大きいが、それを可能にしたのは富裕層の集まる地域に展開する実店舗(アップルストア)の存在だ。本書では、これを直販の実店舗展開で流通を支配する手法という意味で「垂直統合」と呼んでおり、成功の最大要因としている。
野口悠紀雄は前掲書で、アップルの成功要因を水平分業によるファブレス化(製造部門を持たないこと)に求め、自社グループですべてを生産する日本の垂直分業型大企業の発想を変えるべきだとしていたが、本書では製造と流通の垂直統合が可能にした高級ブランド確立を重視している。日本企業も国際的な水平分業を取り入れているが、それは一つの要素にすぎず、流通を支配する垂直統合型を志向すべきだということだろう。
●フェイスブック――「人類の1/4をつなげた怪物」
フェイスブックは、20億人のユーザーを持つ世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)会社である。アルゴリズム(解を出すための算法)によって、ユーザーのクリックデータを集めて分析しターゲット広告を出す。例えば「20〜49歳の女性」で「肌荒れに関心が高い」といったピンポイントの広告配信だ。これによって既存のメディアと比べて低予算で同じ宣伝効果が得られるため、シェアを奪っているのだ。本書では、「グーグルとフェイスブックの2社で、世界のモバイル広告費の51%を支配しシェアも毎年増加し、新聞・雑誌のような既存のメディア企業はプラットフォームの単なる商品供給者となってしまい、メディアは両社で独占されている」としている。
しかし、両社はメディア企業と呼ばれることを嫌うという。なぜなら、メディア企業であれば、真実と嘘(うそ)を判別する義務を負うことになり、そのための巨大なコストは成長を阻害するからだ。両社の主張は、自分たちは場所(プラットフォーム)を提供しているだけだというものであるが、こうした社会的責任を回避する姿勢によって権威主義者やヘイト活動家がフェイクニュースを巧みに発信できるようになり、社会の分断を深めていると本書は批判する。
著者は米紙ニューヨーク・タイムズ(以下NYタイムズ)を例にあげ、「NYタイムズはオンライントラフィックの15%をフェイスブックから得ているが、フェイスブックがその記事を自動的にプラットフォームに投稿することを認めている。この結果NYタイムズは単なる商品供給者となってしまった」としている。そしてプラットフォームがアルゴリズムを少し変える(検索表示の2ページ目以降に追いやる)だけでメディアに大打撃を与えることができるようになったことを指摘する。こうした状況に危機感を抱いた著者は、行動派らしくNYタイムズ社の社会外取締役となって変革を訴えるが、創業者ファミリーであるザルツバーガー一族の抵抗にあって失敗に終る。その顛末を本書で紹介し「NYタイムズ側は自らが持つコンテンツとコンテンツを生み出すプロフェッショナルの価値に気づかず手遅れになってしまった」と嘆いている。
●グーグル――「全知全能で無慈悲な神」
グーグルの感じの良い創業者、立派な倫理規範は人々に安心感と信頼感を与える。欲しいもの、食べたいもの、行きたい場所、悩み事の解決方法など私たちはグーグルに全てを相談し、打ち明ける。検索、位置情報、メールによりグーグルは私たち以上に私たちのすべてを知っているのだ。本書では、こうしたグーグルの成功要因は、「上品でシンプルなデザイン」と、検索結果が広告の影響を受けない「オーガニック検索」だったからだとする。また、グーグルはユーザーだけではなく、広告主からの信頼も勝ち得たという。なぜなら、広告掲載にオークション広告を採用しているからだ。広告主は1クリックに対する価格を設定する。需要が減れば価格も下がるのだ。そしてグーグルは他の企業と反対に「価格を上げるより下げる」ことが多いのである。こうした手法で競争相手を蹴落としていく。
グーグルの倫理規範「Don’t be evil(正しいことをせよ)」はグーグルのキャッチフレーズで、グーグルは魅力的だというイメージを強めている(*注5)。では、グーグルが企業として行っていることは正しいことばかりなのであろうか。著者は、グーグルは情報を恐ろしい勢いで飲み込んでいき、そしてより多くの「貴重で無料のサービス」をもたらすために、その情報をアルゴリズムで好き勝手に処理するという。グーグルは、情報流通のコストが下がり続けていることをうまく利用し、「以前は高価だった情報の世界にユーザーを近づけ、新たな門番となることで何十億ドルもの価値を引き出した」のだ。結局、「利益獲得のために行動している」のだというのが本書の結論である。そして、今やグーグルは公益企業に近い存在となったが、これが逆にグーグルの弱みにもなっていると指摘する。国内外で独占禁止法違反の訴訟を起こされるリスクにさらされているのだ。
◆GAFAの問題点――「GAFAが創り変えた世界」とはなにか
GAFAは、世界をより良くしたと信じられている。少なくとも彼らはそう主張している。確かにGAFAの掲げるビジョンは崇高でユーザーはそれを称える。そして創業者が語る壮大なビジョンは投資家を魅了する。株価の上昇を支えるのは「利益ではなく、将来へのビジョン」なのだ。一方で本書が指摘するように、法律は無視しても許されるし(*注6)、競争相手は強大な資金力で踏み潰す。そもそも4社は、他社の知的財産をただで拝借したり、ペテンによって相手が認識しないあいだに支配してしまったりすることによって急成長を実現したという。
しかしこうした特徴は、新興IT企業には程度の差こそあれ当てはまるものではないだろうか。それをいまさらあげつらっても意味があるとは思えない。GAFA(あるいはGAFA的存在)の最も大きな問題点は企業の性格ではなく、それが生み出す社会への影響であると思う。では「GAFAが創り直した世界」とは何か。本書では「デジタル技術によって生まれた勝者総取り経済によって、超優秀な人間にとって最高の時代、しかし平凡な人間にとっては最悪の時代になったということである。」としている。その結果起きるのが、個人情報の侵害問題であり、さらに中産階級の消滅危機だというのが著者の主張であり、このニつに関して以下考えていきたい。
◆個人情報の侵害問題
個人情報に関して本書では、「フェイスブックとグーグルは、以前は情報を他の業務に提供しないと言っていたが、どちらもその言葉を裏切り、プライバシーポリシーを変更して、自分の情報を他に提供してほしくないときは、リクエストをして第三者への情報提供を停止しなければならなくなった」と指摘する。両社は他社への無断での情報提供を否定しているが、集めた情報は保管しておりアクセスは可能であることを認めている。本書が言うように、どうしても「気持ち悪さ」が残るのである。またフェイスブックやグーグルで相次いで個人情報の流出事件が報道されており、情報管理の杜撰さが批判されている。私たちはGAFAから提供されるサービスを享受しているが、知らない間に個人情報が利用されたり、流出していたりする可能性があることを認識すべきであると警告しているのである。
最近はこうした状況を背景にして、GAFAに代表される「プラットフォーマー(ネット上にサービスの場を提供する事業者)」と呼ばれる巨大IT企業に対し、政府による規制の必要性が世界的に議論されている。最も厳しい姿勢で臨んでいるのが欧州で、今年5月から「GDPR(一般データ保護規則)」が実施され、個人データの処理や移転に同意が必要となり、監視組織が設置された。日本政府もようやく動き出し、監視組織の設置や独占禁止法の運用基準変更の検討が最近発表された(*注8)。ただし規制強化には技術革新を阻害するというIT業界からの反対意見も根強い。このため米国では欧州と違い自主規制を中心とした間接管理方式が中心である。日本はこの中間を目指しているように見えるが今後の動きに注目したい。
個人情報の管理に関しては、もう一つの視点として政府による情報管理の問題を考える必要がある。GAFAが持つ膨大な個人情報は、政府が国民の管理に利用することができるからだ。中国版GAFAの一つであるアリババやテンセントは中国政府の国民監視に協力していると報道されている(*注9)。中国でIT大手が急速に成長して米国企業に対抗できるようになったのは、巨大な市場の存在だけではなく、政府による手厚い保護があったからだ。もともと政府と二人三脚で発展してきた中国IT大手にとって政府への協力に対する抵抗感は少ないだろうと思われる。ただし、巨大な中国市場はGAFAにとっても魅力的で、現在は市場から閉め出されているグーグルやフェイスブックは中国市場再参入の機会を探っている。最近もグーグルが「中国の検索に協力する検索エンジンの開発」を進めていたことがわかり、米国議会の公聴会で同社のスンダー・ピチャイCEOが苦しい釈明をしている(*注10)。こうした事実から言えるのは、中国IT大手も米国のGAFAも、自社の利益を最重要視している点では同じであり、利益のためなら政府に協力する可能性があるということである。
こうした現状を取材し、事実を確認して問題があれば批判するのがジャーナリズムの重要な役割である。しかし、本書ではそのジャーナリズム自体が弱体化していると警鐘を鳴らす。デジタル社会の進行で、新聞離れが進みジャーナリズムの取材力や発信力が弱まっているのである。こうしたジャーナリズムの弱体化には、GAFAの存在が大きな影響を与えている。本書では、NYタイムズの例を挙げてそれを説明している。NYタイムズは「自社のコンテンツをグーグル、フェイスブックに掲載させているが、これによってプラットフォームの信頼性が一気に高まったのに対し、NYタイムズにとって恩恵はほとんどなかった。」という。そうしているうちに、新聞の発行部数は減少を続け、体力の弱い全国紙の廃刊が続いている。生き残った新聞社もリストラでベテラン記者の削減を余儀なくされているとの報道を目にすることが多くなった。自らのメディアとしての責任を認めないグーグルやフェイスブックによって新聞社を始めとするメディア企業がのみ込まれていく現状に対する著者の危機感が伝わってくる。ただ日本のメディアからはあまり危機意識が感じられないように見えるのは、事態がそこまで深刻化していないということだろうか。
◆格差の拡大と中産階級の消滅
GAFAは莫大(ばくだい)な資金力、とびきり優秀な人材を集めた史上最大の組織である。しかし本書では、「(タックス・ヘイブンを利用することで)税金を逃れ、利益を増やすために雇用を破壊する」と批判する。確かにGAFAが生み出す雇用は、企業価値に比べて少ない。フェイスブックの社員は2万3千人、グーグル(アルファベット)8万9千人、直営店を持つアップルで12万3千人である。これに対し既存のグローバル大企業の社員は、GE30万人、IBM38万人、トヨタで36万人である。(*注7)
GAFAのITエンジニアや幹部社員は高給で知られるが、その数は企業価値の巨大さと比べて少ない。そしてGAFAが生み出す利益は、少ない社員と株主に配分される。富める人々はますます富み、そうでないものは配分にあずかれない構造なのだ。GAFAはその活動において、既存の小売業を破壊し、製造業を(国際的水平分業を通じて)搾取(さくしゅ)する。本書では、その結果、社会を支えていた中産階級の没落に拍車がかかることになると指摘する。
アマゾンはGAFAの中では例外的に従業員が多い(61万3千人)が、高給のホワイトカラーは一部であり、大部分は倉庫を始めとする流通部門の従業員だ。利益を従業員や社会に還元していないと批判された創業者のジェフ・ベゾスCEOは、最低賃金の引き上げ、ホームレス支援の個人基金立ち上げを発表している。この行為に関して称賛の声が上がっているが、ギャロウェイは、偽善的行為ではないかと疑念を投げかける。ベゾスはベーシックインカムについても肯定的に言及しているが、それはベゾスの目に見える社会の将来が、それを必要とするからというのが著者の解釈であり、「1%の領主と99%の農奴の世界」の到来を予言している。
◆結論
本書は、IT・情報革命の先頭を走るGAFAが、崇高な理念という美名のもとに利益至上主義を隠し持つことを暴く。それは古来普遍の人間の本性に根ざすものであるが、資本主義システムがそれを無限に追求する仕組みを創り出したのである。その意味で、資本主義の本質が表れただけだともいえる。野口は、前掲書において「歴史上、新しい技術の開発や応用は利益追求行為として行われた」とするように、IT・情報革命も同じである。これを道徳の観点から批判することは可能であるが、止めることは困難である。それならば、せめてGAFAの活動を規制していこうというのが、現在の世界的な規制への動きなのである。すでに欧州では個人情報保護に関する法律が施行されており、日本も追随して規制を検討している。米国の動向を注視していく必要があるだろう。
GAFA(的存在)がもたらす、より大きな問題は、経済だけではなく社会に対して与える影響にある。GAFAが示すようにIT・情報革命は勝者総取りのゲームであり、競合企業は淘汰されていく。また、企業の成長が新たな雇用を生み、税収増をもたらすという従来の成功モデルが変質しつつあると考えられる。雇用増は限られ、税金もタックス・ヘイブンの活用で利益に比して少ない。一方で、株価の上昇を含めた利益は、株主とエリート社員に配分される。新自由主義が主張するトリクルダウン理論(富者が富めば貧者にも恩恵が滴り落ちる)が通用しないのだ。こうした状態が続くと、社会は一部の富裕層と大多数の貧困層に分断されていく可能性があるだろう。
IT・情報革命がもたらす社会への影響に関し、最近の経済誌(東洋経済)の特集で『データ階層社会』の到来をとりあげ、「AIが人を徹底格付けし、大半は「無用者階級」になる」としている記事を目にした(*注11)。IT・情報革命が変えつつあるのは経済だけではなく社会であるということであり、産業革命によって形成された中産階級を中心にした社会が崩壊しつつあるとする。そこでは働き手はIT・情報技能の有無によって、高い賃金と低賃金に二極化する。AIが進化してその恩恵を最も直接的に受けるのは、高い数学能力とIT・情報技能を持った人々である。その結果、所得だけでなく子供の教育レベルに差が出るようになる。出自によって格差ができる「1:99」の新しい階級社会が出現するとしているのだ。
ただし、中産階級の没落をすぐに「1:99」の超格差社会の到来に結びつけて考えるのは、少々乱暴な議論だと思う。まず、中産階級の分裂が起きているととらえて、その内容を考察していくプロセスが必要ではないだろうか。また、問題をよりグローバルな視点からとらえて、「先進国の中産階級の没落」と「新興国の中産階級の成長」の両方が起きていると指摘する論者もある(*注12)。先進国の中産階級が没落し、新興国(中国)の中産階級に飲み込まれていく可能性を示唆しているのであるが、こうした視点を検討することも重要だと思う。なぜなら、没落する先進国の中産階級が政治的に先鋭化しやすくなっているからである。国内政治が外に敵を作ることにより、自らへの批判をかわそうとした場合に何が起きるのか。米国のトランプ現象や英国のEU離脱問題もそうした文脈から読み取るべきなのだろう。日本の状況はそこまで深刻化していないと思いたいが、格差の拡大傾向を示す兆候が増えている。そうした現状については次の機会に考えてみたい。
さて、最後に本書の話に戻りたい。ギャロウェイはわたしと違って資本主義の危機を叫んだりしない。そのかわり、現実を直視し、そうした世界で生きていく心構えとスキルを持てと教えてくれる。それが本書の結論だ。このあたりが実践的というか米国的だ。資本主義と民主主義を基本概念とする「近代」そのものを疑うのではなく、むしろそうした基本的な枠組み本来のあり方が損なわれた場合に、それを守るために抵抗していくという姿勢である。そうしたニューディール・リベラル的立場から見て、少し希望がもてるニュースが出てきたのでご紹介したい。前掲のNYタイムズ社は、今年1月に一族の若手アーサー・グレッグ・ザルツバーガー(以下AG)が発行人となり、紙媒体からデジタルへの変化に対応したビジネス・モデルの改革に着手したというのである(*注13)。AGは、フェイスブックやグーグルなどのプラットフォームは、「ジャーナリズムの責任を意識せず、自社のユーザーつなぎとめだけを考えるのでプラットフォームに将来をかけるのは危険だ」という認識を示しており、まさにギャロウェイの主張と通じるものがある。また、環境変化に合わせてデジタル有料購読者(3百万人弱)を核にして将来的にはデジタルだけの報道機関を指向しているようだ。ジャーナリズムの信頼性を維持しながらデジタル時代に対応しようという挑戦であり、米国ジャーナリズムの再生への努力に期待したい。
<参考図書>
『the four “GAFA”―四騎士が創り変えた世界』スコット・ギャロウェイ著 東洋経済新報社(2018年)
『「産業革命以前」の未来へービジネス・モデルの大転換が始まる』野口悠紀雄著、NHK出版新書(2018年)
(*注1)野口悠紀雄(1940〜);早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。
(*注2)スコット・ギャロウェイ(Scott Galloway)(1964〜);ニューヨーク大学スターン経営大学院教授。MBAコースでブランド戦略とデジタルマーケティングを教える。連続起業家(シリアル・アントレプレナー)として九つの会社を起業。ニューヨーク・タイムズ、ゲートウェイ・コンピュータなどの役員も歴任。
(*注3)4社の時価総額(2018年9月末)は、アップル1兆903億ドル、アマゾン9769億ドル、アルファベット(グーグル親会社)8350億ドル、フェイスブック4748億ドルである。日本で最大のトヨタ自動車の時価総額は1800億ドルである。(出所:https://www.180.co.jp/)
(*注4)アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)はクラウド業界で世界1位。アマゾンの営業利益の75%はクラウド事業が稼いでいる。「10年間で58回の値下げ」で市場を拡大するとともに他社を価格競争で圧倒するアマゾン的手法の典型である。https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/030200103/?P=1
(*注5)「Don’t be evil.(邪悪になるな)」はグーグルの行動規範(Code of Conduct)である(現在のHPでは最後のフレーズに出てくる https://abc.xyz/investor/other/google-code-of-conduct/。これは実践すべき倫理規範とされ、ユーザー、広告主だけではなくグーグルに関わるすべての人々に対して「正しいことをせよ」と言っている。
(*注6)「フェイスブックのワッツアップ買収承認でEU監督機関を欺き、罰金(1億1千万ユーロ)を支払ったが買収で得られた利益と比較にならないくらい小さなものであった」としている。
(*注7)データの出所はWikipedia
(*注8)“巨大IT規制へ監視組織”(2018年12月13日付朝日新聞記事)
(*注9) “中国IT大手の副業;政府に手を貸す情報スパイ”( 2017年12月4日付WSJ)
(*注10)“グーグルに批判相次ぐ;米公聴会にCEO” (2018年12月13日付朝日新聞記事)
(*注11)週刊東洋経済2018.12.1号“データ階層社会”。話題の『ホモ・デウス』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)が描く社会をテーマにしている。
(*注12)『大不平等――エレファントカーブが予測する未来』ブランコ・ミラノビッチ(みすず書房)
(*注13)“オピニオン&フォーラム;新聞と民主主義の未来” (2018年10月12日付朝日新聞記事)
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