п»ї アベノミクス下で日本経済が復活したのか?『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第6回 | ニュース屋台村

アベノミクス下で日本経済が復活したのか?
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第6回

1月 16日 2019年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

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オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

景気や経済のイメージは、株価の動向でつくられがちだ。アベノミクスもその一つだろう。財政・金融両面から積極策がとられ、株価の水準(TOPIX)は、第2次安倍政権の発足後、2倍弱になった。「日本経済はアベノミクス下で復活した」とのイメージが一般的だろう。

では、実際はどうか。実質GDP(国内総生産)の動向で確認してみよう(注=本文中の図表は、その該当するところを一度クリックすると「image」画面が出ますので、さらにそれをもう一度クリックすると、大きく鮮明なものを見ることができます)。

 ◆アベノミクス下で広がる米英独との成長率格差

参考1は、主要5か国の実質GDPの推移を指数化のうえ、プロットしたものである。

(参考1)主要5か国の実質GDP推移(2008年III期=100)

(出所)OECD “Data / Real GDP”を基に筆者作成

 

①第2次安倍政権の発足以前(2008年IV期~2012年IV期)と、②以後(2013年I期~2017年IV期)に分けて見ると、日本の実質GDP(年率換算)は前者が-0.0%、後者が+1.4%と計算される。アベノミクス下で、たしかに景気は改善した。

だが、他国との比較では様相が異なってみえる。米英独3か国と比べると、成長率の格差はむしろアベノミクス下で広がった(2013年I期~2017年IV期の実質GDP〈年率〉:米国2.3%、英国2.4%、ドイツ2.0%、日本1.4%)

日本ではリーマン・ショック直後の景気落ち込みの印象が強いが、その落ち込みは比較的短期間で修復した。3か国との格差はむしろその後の景気回復過程で広がり、2014年以降とくに鮮明になった。

これを「2014年4月の消費税率引き上げが原因」とする見方があるが、当たらない。これほど長期かつコンスタントな格差拡大であることを踏まえれば、やはり構造的な要因とみるのが自然だろう。

◆アベノミクスの「以前」も「以後」も……

最も重要な構造要因は、人口動態の変化だ。日本の総人口は2008年をピークに減少に転じ、すでに150万人以上減少した。女性の就労増加により就業人口は増えたが、パートタイマー比率の高さを踏まえれば、経済全体への影響はやはり甚大である。

ちなみに、人口1人当たりの実質GDPの推移をみると、2008年以降、日本はドイツには及ばないものの、米国と遜色のない伸びを示している。英国と比べれば、むしろ日本がむしろ凌駕(りょうが)している。しかも、この相対関係はアベノミクス「以前」と「以後」でほとんど変わらない(参考2参照)。

(参考2)主要5か国の人口一人当たり実質GDP推移(2008年=100)

(出所)World Bank “Database / GDP per capita, PPP(constant 2011, international $)“を基に、筆者作成

以上を全体として評価すれば、おおむね以下のようなことではないか。

①日本経済は、人口動態とグローバル経済の影響をより強く受けるようになった。

②アベノミクス下での景気の改善はグローバル経済の回復に沿うものであり、米英独との格差拡大は国内の人口減少によるものといえる。

③日本経済は、アベノミクス下でとりたてて復活したわけではないし、停滞したわけでもない。アベノミクス「以前」も「以後」もほぼ変わることなく、人口動態とグローバル経済の動向に沿った成長を続けている。

◆なぜ株価は大幅に上昇したか

では、なぜアベノミクス下で株価だけが突出して上昇したのだろうか。

もちろん、景気の改善に伴い、国内の企業収益が回復したことがある。それと同時に、企業収益が、海外からの配当金収入の増加によって押し上げられたことが大きい。

日本企業は、2000年代を通じて現地法人や海外投資先を拡充し、グローバルなネットワークを広げてきた。人口減少に伴う国内の需要減退や労働力縮小を見越してのことだったが、深化するグローバル・サプライ・チェーンにみずからを組み込み直す作業でもあった。

2010年代に入り、その成果が、海外からの配当金収入の増加となってあらわれてきた。2000年代2.7兆円(年度平均)だった「直接投資収益」(注)は、2010年代後半(15~17年度平均)に8.7兆円まで膨らんだ。これは、大企業の税引き前当期利益(法人企業統計)の3割弱に相当する。(注)直接投資収益は国際収支統計上の概念であり、「配当金」と「再投資収益」の合計額(受け払いネット)。なお、2010年代の直接投資収益の増加には、円安に伴う為替換算差益が含まれることに留意する必要がある。

すなわち、日本企業は、グローバル経済の影響を一層強く受ける構造に変わった。株価は、必ずしも国内景気の反映ではない。企業のグローバルな活動全体の反映だ。アベノミクス下の株価上昇も、2000年代から続くグローバルな企業活動の成果にほかならない。

◆人手不足対策の強化と株式譲渡所得課税のあり方の検討を

そう考えると、企業が、海外拠点を中心に賃金の引き上げや投資の拡大を検討するのはやむをえない。収益率の高い地域に経営資源の投入を行わなければ、グローバルな競争に勝てないからだ。

それでも日本経済への恩恵は大きい。企業収益の向上は、株価の上昇や株主への配当金増加を通じて、国内に還元される。

そうであれば、政府にとって何よりも重要なのは、グローバルな企業活動が円滑に行われるよう環境を整備することである。国内で賃上げを求めることではないだろう、

あわせて、人手不足対策の強化が欠かせない。国内で労働力が不足する限り、企業は生産も販売も海外市場に傾斜せざるをえない。

また、所得分配政策の観点からは、株式など譲渡所得への課税のあり方を検討する必要がある。現在の申告分離課税制度は、高額所得者の所得税負担率を逓減(ていげん)させる効果をもつ。所得格差や世代間格差の是正のためには、検討の余地が大きいようにみえる。

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