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EU経済の展望―「小澤塾」塾生の提言
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第141回

4月 12日 2019年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部には、新たに採用した行員向けに「小澤塾」と名付けた6カ月の研修コースがある。この期間、銀行商品や貸し出しの基本などを、宿題回答形式で、英語で講義を行う。この講義と並行し、日本人新入行員として分析力、企画力などを磨くため、レポートの提出を義務づけている。

今回は、昨年12月に「小澤塾」を卒業した永富秀年さんのレポートをご紹介する。永富さんはイギリスの離脱決定を契機に岐路に立つ欧州連合(EU)に焦点を当てた。本稿では、EU加盟による経済効果と副作用を検証し、将来のEU経済について考察する。

  1. EUの成り立ち

  • EUの歴史

2度の世界大戦は欧州経済を麻痺(まひ)させ、19世紀以降列強国として君臨した欧州各国の国際的地位を低下させた。そこで、欧州の統合を進めることで戦争を起こす意味をなくすべく、EUの前身が設立される。近代まで戦争を繰り返してきた欧州国家にとって、単に統合することは容易ではなく、自由貿易、移民受け入れ、単一通貨といったルールに基づく仕組みをつくることで、EUの統合を段階的に実行してきた。

当初は一部地域の産業に関する自由貿易から始まったが、その後は関税は完全に撤廃され、通貨も統合された。加盟国数は、設立時の6カ国から現在は28カ国まで拡大している。このように、EUは深化と拡大を進めてきたが、ここにきて南欧財政や移民増加、更にはイギリスの離脱といった問題が山積みとなっている。

  • 自由貿易を推進する理由

EUの主要機能である自由貿易は統合の手段であるが、戦後のアメリカ・ソ連、現在はアメリカ・ロシア・中国といった超大国に対し、EUが経済的優位性を確保する目的もある。

自由貿易による経済的効果は、規模の経済性が働くことにあると言われる。貿易により、すべての製品を自国で賄う必要はなく、国際分業化が進み、一つの工場における生産量が拡大することで、平均生産コストが下がる。また、輸入品が国内市場に入ってくることにより、多様且つ安価な製品を購入する選択肢を持つことができる。

つまり、EUへの加盟は、域内における国際分業化が進み、自国の産業規模を拡大させ、自国製品の国際競争力を高める効果が期待できる。1973年以降に途中加盟した国々は、この経済効果を期待したところが大きいと言われる。

  1. EU経済の変遷

EUは28カ国から成る統合体であり、その加盟時期は各国異なる。過去からの変化を適切に把握するため、EUの経済指標は28カ国を加盟前から合計されたものを使用している。また、経済指標の分析手法として、EU経済が変化すると想定されるポイントを以下の五つの時点に絞り、これらの間の変化の大きい箇所を重点的に調査している。

  • EUのGDP

物価の変動率を控除したうえで国家の経済状態を表す実質GDP(図1)をみると、EU28カ国の経済は順調に成長し、アメリカをしのぐ世界1位の地位を維持し続けている。

図1  出所:世界銀行「GDP (constant 2010 US$)」

図2は、同時期に加盟した国のGDP合計値の増減を示したもの。

新規加盟国は、加盟後にGDPが成長しており、EU加盟後の経済効果はあるように思われる。

図2  出所:世界銀行「GDP (constant 2010 US$)」

EUのGDPの内訳を確認すると、家計消費が過半を占めている。2000年ごろまでのGDP成長は、家計消費の増加による貢献が大きい。しかし、2000年以降は、家計消費の増加は鈍化し、民間投資や純輸出が増加している。

図3  出所:世界銀行「Gross fixed capital formation (constant 2010 US$)」等

GDPの構成要素である在庫変動について世銀は公表していない

図4  出所:世界銀行「Gross fixed capital formation (constant 2010 US$)」等

  • 家計消費の増加

図5は、国民の支出額を示す家計消費を同時期に加盟した国にて足し合わせたもの。新規加盟国は、加盟後に家計消費を伸ばしている。EU28カ国は、2000年から成長が鈍化している。

図5  出所:世界銀行「Households and NPISHs Final consumption expenditure (constant 2010 US$)」

図6、7は、EU貿易の成長過程を確認するためのもの。EUはGDPに対し高い輸出入依存を示し、域内貿易が活発化していることが分かる。

図6   出所:世界銀行「Exports of goods and services (% of GDP)」等

図7   出所:EUROSTAT「Intra and Extra-EU trade by Member State」

1970年、EU主要国の労働生産性はアメリカを下回るが、1999年にはアメリカ並みの労働制生産性に近づいている。しかし、イギリス、イタリア、スペインの3カ国は2000年代に入るとその伸びは鈍化し、アメリカとの差が開いている。

図8 労働生産性(労働1時間当たりのGDP) (単位:ドル)

出所:OECD「Level of GDP per capita and productivity」

EU主要国の平均年収は、1990年から2010年まで増加しているが、イギリス・イタリア・スペインの3カ国は減少している。

図9 平均年収

出所:OECD「Average annual wages」       1990年以降のデータのみ公表。ドイツは2000年以降公表。

これらのことから、EUへの加盟は、域内貿易を活発化し、産業の国際分業化と生産効率改善が進み、所得水準が上昇したことにより、家計消費を拡大させてきたみられる。

しかし、2010年から所得水準に国家間格差が生まれ、2000年ごろから家計消費の成長は鈍化している。この要因について、次のように分析した。

EUの移民政策は、EUの人々の移動を促すため、域内の自由な行き来を認めている。2010年のジャスミン革命から始まる中東・北アフリカの政情不安は、これらの地域からEU諸国への移民を増加させた。一度EU内に入った移民は、域内の移動が容易なため、より良い生活を求めて、ドイツやイギリスといった経済力の高い国を目指したことが想像される。

図9、10では、EU域外からの移民者により生産年齢人口の増加し、EU内でも経済水準の高いEU主要国に移民が集中していることが確認できる。

図9  EU28カ国 生産年齢人口の内訳                    (単位:千人)

出所:EUROSTAT「Population by country of birth」  2006年からデータ公表

図10       出所:国連

加えて、移民の増加、リーマン・ショック後の景気低迷と同じくして、失業率が上昇している。

図11       出所:OECD

以上、EU域外からのEU主要国への移民増加は、労働者間の競争激化をもたらし、イギリス、イタリア、スペインの所得水準が低下させ、2000年以降の家計消費低迷の要因となったと考えられる。

  • 2000年以降の民間投資

企業や個人等の設備投資を示す民間投資は、ユーロ導入の直前から急速に増加し、2008年のリーマン・ショック後は減少に転じている。

図  12        出所:世界銀行「Gross fixed capital formation (constant 2010 US$)」

図13は、EUの民間投資とその内訳である住宅投資をEUの地域別に分類している。

ユーロ導入後、南欧の住宅投資が盛んとなり、2008年以降は急落していることが分かる。

図13  民間投資 地域別内訳

出所:EUROSTAT「Gross capital formation by industry」        民間投資の内訳はユーロ建のみ公表

スペインを始めとする南欧諸国は、2008年まで不動産価格が急騰し、2008年以降下落している。

図14       出所:OECD「Housing prices」より作成

次に、銀行貸出金額・国債金利・政策金利の相関性を確認する。ユーロ導入後、各国の国債金利は下落し、南欧諸国の銀行貸出額は2008年まで増加している。

ユーロに参加した各国は、金融政策をECB(欧州中央銀行)に委ねたことになる。そのため、南欧諸国は政策金利を自国の経済状況に合わせられず、不動産バブルを抑止できなかったとみられる。

図15     出所:世界銀行「Domestic credit to private sector by banks (% of GDP)」

図16   出所:INVESTING.COM

図17      出所:ECB「Main refinancing operations」

  • 2008年以降の純輸出(輸出-輸入)

EU28カ国の純輸出額は増加しているが、当初加盟6カ国の貢献度合いが大きく、他の国は悪化している。EU加盟による関税の撤廃は、競争力のある国の輸出産業をより強くしたと考えられる。しかし、2008年以降、EU加盟国は全般的に純輸出額を伸ばしている。

図18       出所:世界銀行「Imports of goods and services (constant 2010 US$)」

図19、20では、純輸出の増加要因を確認すべく、産業別に分解している。

商品の純輸出は、石油と化学製品の純輸出増加が全体の数値改善に寄与しているが、原油価格の相場下落に伴う影響が大きい。サービスの純輸出は、主にIT・通信産業の純輸出増により改善している。

 

図19     出所:EUROSTAT「Intra and Extra-EU trade by product group」、新電力ネット

図20     出所:EUROSTAT「International trade in services (since 2010)」

サービス純輸出の内訳は2010年から同じ算出方法で公表されており、2010年との比較をしている。

IT・通信産業の純輸出増加上位国は、アイルランドを始め中小規模の国が多い。

図21     出所:EUROSTAT「International trade in services (since 2010)」

  • EUにおけるIT産業

IT・通信産業の純輸出増加上位3カ国、アイルランド、ドイツ、スウェーデンにおける産業成長の背景を見ていきたい。

(1)アイルランド

アイルランドは自国発祥の企業ではなく、海外から誘致した企業が多い。アメリカからの投資が最も多く、サービス業への投資比率が高いことが特徴である。世界的なIT企業が進出しており、データセンターやカスタマーサービスといったアウトソーシング業務が主な進出目的である。同国は、英語を母国語とすること、低い法人税率であることから、外資系企業にとって魅力的な投資環境であることが伺える。

図22  アイルランド向け外国投資累計額  2017年           出所:OECD

図23            出所:アイルランド産業開発庁

IT・通信の国別純輸出額は、一部の国のみ公表されているが、最も外国投資に積極的なアメリカ向けの純輸出が多いことが分かる。

図24   アイルランド IT・通信 純輸出額  国別 (単位:百万ユーロ)

出所:EUROSTAT 「International trade in services (since 2010)」
以上から、外資系企業の投資を誘致し、誘致した企業の母国向けの輸出でIT産業を育てていると考える。

(2) ドイツ

ドイツは、2011年に発表された官民連携プロジェクト「インダストリー4.0」に基づき、製造業のIoT(モノのインターネット)化を通じて、生産プロセス自体をネットワーク化し、製造業分野での生産性や顧客対応力向上を標榜する「第 4 次産業革命」の社会実装を目指している。

図25で、2011年ごろからIT・通信産業の成長が確認できる。

図25      出所:EUROSTAT (純輸出額は2010年以降公表)

ITの活用は企業の商品価値向上と生産コスト削減といった効果が期待できるが、ドイツの製造業は商品価値を示す「営業利益額」、生産効率を示す「営業利益率」ともに改善している。製造業に比べIT産業の伸びは緩やかだが、同様に営業利益額が拡大している。

図26    出所:EUROSTAT「Gross operating surplus/turnover」

以上から、ドイツは官民連携の施策「インダストリー4.0」に基づき製造業のIT化が盛んとなっており、IT産業への波及効果も確認できる。

(3) スウェーデン

スウェーデンは、1990年代後半にIT政策を構造改革の柱に据え、国を挙げてIT化を推進してきた。ITの普及において、「政府は民のロールモデル」なるべく電子政府を推進してきたことが特徴である。

図27      出所:テレグラフ社

スウェーデン政府によるIT推進策

内容
パスポート発券 ITを使用した情報共有によるパスポートの発券の短縮化(3週間から6分へ)
キャッシュレス化

マネーロンダリング、脱税を防ぐべく、キャッシュレス化を推進

 

パソコン法

1998年施行

税額控除で企業のPC購入を促し、従業員のリモートワークを推奨

 

スウェーデン政府は、ハイテク新興企業に対し直接投資を行っており、2015年には総額約338億円、2627件のプロジェクトに対し投資していることを公表している。そのため、図28の通り、ハイテク(サービス業)産業の企業数は増加している。

同国発の主なIT企業として、Spotify(音楽配信サービス)、エリクソン(携帯電話)がある。

図28      出所:EUROSTAT「High-technology sectors」

以上から、スウェーデンは政府がIT産業の先導役となり、ITベンチャーを育成していることが確認できる。

  1. 結論

(1) EUの成り立ち

「2度と戦争を起こさない」という目的に従い設立されたECSC(EUの前身)は、欧州の融和を図るため、自由貿易・寛容な移民政策・単一通貨といった仕組みをつくり出した。長年戦争を経験してきた欧州の人々にとって、敵対してきた国を受け入れることは難しく、これら仕組みを原理原則として推し進めることで、EUはヒトとモノの往来が活発化し、人々にEU市民としての意識が形成されてきた。

(2) EU経済の変遷

EU域内の関税撤廃とユーロ導入は、産業の国際分業化・生産効率化を促し、戦後から長らく経済発展を遂げてきた。これにより、国民の生活は豊かになり、EUが統合を進める過程で生じていた負の側面は、国民が不満の声を挙げることが少なく、顕在化しなかったと想像する。

ユーロ導入と中東からの移民増加は、国民の生活基盤を揺るがすものとなり、EUの問題は次々と明らかとなる。ユーロの導入後、各国は柔軟な金融政策を採ることが出来ず、南欧諸国の金利低下と外国からの投資に伴う住宅バブルを引き起こしてしまった。近年増加した中東諸国からの移民は、労働者間の競争を激しくし、EU内での対立を生んでいる。

一方で、従来の重厚長大型産業は、規模の経済性による効果が高く、EUへの加盟は製造業の発展を促したが、必ずしも大きな投資を必要としないIT産業を成長の柱とする小国が現れ、EU経済が好転する兆しが確認できる。

(3) EUの将来

欧州は細かく分断されており、1国ではアメリカや中国との競争に立ち向かうことは難しい。各国が相互依存することで、国毎に特徴ある産業が育ち、EUの国際競争力は維持・成長される。

しかし、国民の声を軽視し、強引にEUの仕組みを実行すると、元々は別の国家・民族に属する人々なだけに、簡単に分裂してしまうリスクを内在していることを気に留めなければならない。

(4) 日系企業はEUとどう付き合うか

EU全体の経済規模は世界1位と大きく、重要な市場であることに変わりないが、イギリスのEU離脱は懸念材料であり、南欧諸国は不動産バブルの崩壊以降、景気回復に時間を要している。

一方で、一部のEUの国ではIT産業の成長が著しい。アイルランドは外資系IT企業への門戸を広げており、日系IT企業の進出拠点としても検討に値する。製造業のIoT化を進めるドイツは、事例にある農機メーカーのように日系企業と競合する業種がある。ライバル企業の動向を掴むためにも、ドイツの技術革新には着目したい。

このように、EU全体の市場は大きいうえ、中には日系企業の進出先として魅力的な国や脅威となり得る国がある。EUの抱えるリスクだけをみるのではなく、IT分野における成長にも注視したい。

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