引地達也(ひきち・たつや)
法定外シャローム大学学長、一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆自己反省のない政府
厚生労働省の「毎月勤労統計」で、2004年から15年間も続いていたルールに反する抽出調査などの統計不正問題は、国会で野党が政府を追及するものの、政府側の危機意識は鈍く、議論はかみ合わないまま、世間の目から離れていきそうだ。
統計はこの国のかたちをデータで示すもので、それを根拠に精緻(せいち)な議論を積み重ね国の制度設計をするための基本となる。統計結果はプロセスに左右されるのが当然であり、誤謬(ごびゅう)があってはならないのだが、それが長年間違っていた。そして、政府による徹底的な自己反省はない、のである。
与野党の思惑など度外視して、経済政策にしても福祉政策にしても、統計結果というエビデンスをもとに、最大幸福を実現するために多くの人が仕事をしているはずなのに、徹底的な自己検証と反省がなければ、自分の仕事の拠り所とする必要性への信頼は揺らいでしまう。
私も国の片隅で最大幸福を目指して働いているつもりなのだが、いいかげんな政策決定の中での仕事であってほしくない、と心から思う。
◆ぼんやりの中での忖度
この不正は官僚による正しい統計により正しい政策が導き出されるという本来の統計の在り方に対する自覚のなさの結果であり、プロとしての意識の欠如の現れでもある。
同時に最近の安倍晋三首相が自衛隊募集の自治体の非協力に関する言及と重なってくる。正しく秩序立てられた議論よりもぼんやりした雰囲気の中で忖度(そんたく)が行き交い、大切な約束が反故(ほご)にされ、大事な政策を決定してしまう空気ともいる現象だ。
安倍首相は2月の自民党大会で、「自衛隊の新規隊員募集に対して、都道府県の6割以上が協力を拒否している」と指摘したことに、事実誤認の声が上がっている。防衛庁による2017年度の1741の地方自治体の調査によれば、「適齢者名簿を自衛隊に提出している」地方公共団体が36%あり、安倍首相は、これ以外の地方自治体が「拒否している」との論法だ。
しかし、提出していなくても名簿を作り閲覧・書き写しを自衛隊に認めたり、住民基本台帳の閲覧・書き写しを認めたりするなどの協力している自治体がほとんどである。
◆空気が消す真正面な議論
自治体はそれぞれの事情に応じて協力していたのに、閲覧提示を協力拒否と切って捨てられる自治体も気の毒だが、この正確ではない安倍首相の発言が空気とともに事実よりも重くのしかかり、地方公共団体が協力しなければいけない雰囲気を作り上げ、各紙の報道を見ると、取材に対し「今後はさらに協力したい」との自治体も出てきた。これは安倍首相の本望だろう。
つまり、結果オーライである。協力拒否の定義が定かでないまま、協力を拒否している空気を作り出せれば、協力拒否の定義が定まらずとも自衛隊員を増やしたい人はそれでいいのだ。
最近の自然災害における自衛隊員の活躍を私たちは知っている。その崇高な任務も国民に浸透してきており、運用面での議論とは別に存在に対する議論は、真正面からやるべきなのだが、何か姑息(こそく)な感じがするのは私だけではないはずだ。やっと正面から議論をできるようになった時代、この議論が民主主義を強くするはずなのに、その機会を不思議な空気で奪わないでほしいと思う。
◆言葉の精緻化に向けて
これらの精緻化されていない統計業務や宰相の言葉から生じる行動が信頼を得るものと離れていくのは想像に難しくない。
加計学園問題も森友問題も、同根で定義があいまいな言葉が一人歩きした結果の忖度であり、森友学園では大阪財務局職員の自死に至った。言葉を大事にする、作業の正確さを考える、そして自覚的な行動を積み重ねる――。国の在り方として、法治国家の官僚の基本であってほしいのだが、あまりに国民と遠く離れたところに来てしまった感がある。その結果、何かが国の在り方として間違ってきている。国の方針として「ノーマライゼーション」「多様化」を叫んでも、言葉が宙に浮いているから信頼できない。
しかし絶望はしない。現場から、言葉の定義を精緻化するために声を上げ続けるのだ。そう自分に言い聞かせている。
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