п»ї 傾いた「一つのASEAN」の看板『ASEANの今を読み解く』第3回 | ニュース屋台村

傾いた「一つのASEAN」の看板
『ASEANの今を読み解く』第3回

10月 25日 2013年 国際

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助川成也(すけがわ・せいや)

中央大学経済研究所客員研究員。1998年から2回のタイ駐在で在タイ10年目。現在は主にASEANの経済統合、自由貿易協定(FTA)を企業の利用の立場から調査、解説。著書に「ASEAN経済共同体」(2009年8月/ジェトロ)など多数。

◆禍根を残した2012年のASEAN外相会議

10カ国がまとまることでバーゲニングパワーを発揮してきた東南アジア諸国連合(ASEAN)であるが、前回述べた通り、南シナ海のスプラトリー諸島(南沙諸島)の領有権を巡り、2012年7月のASEAN外相会議で、当時、議長国であったカンボジアと、中国と領有権争いを演じているベトナム、フィリピンとが対立、ASEAN設立以来初めて共同声明が採択されない事態となった。ASEAN間で、それも共同歩調を合わせて対処するはずの対域外国問題で会議が決裂したことは、「ASEANの脆弱(ぜいじゃく)性」を世界に知らしめることになった。

議長国は、特に対外問題でASEANの声が「一つ」になるよう調整を図る役割を担う。カンボジアは加盟10カ国の中では最も遅い1999年にASEANに加盟した。議長はアルファベット順で輪番制になっており、特別な事情がない限り10年に1度しか回ってこない。そのことから、議長国としての「カンボジアの未熟さ・経験不足」を指摘する声もある。

さらには、「巨大な援助と引き換えにASEANを売り渡した」との声までも挙がった。その声に耐えかね、カンボジアは各国のカンボジア大使館を通じ特命全権大使名で異例ともいえる声明を出した。

カンボジアが出した声明には、「(ASEANの)45年の歴史の中で、ASEANの2つの加盟国がASEAN外相会議を『ハイジャック』したのは前代未聞」としており、名指しは避けながらも、「南シナ海問題を共同声明に明記しなければ賛同しない」としたフィリピンとベトナムに共同声明が採択出来なかった責任を転嫁した。外相会議後に、議長国が在外大使館を通じ、特定国を暗に名指しし、批判する行為自体、既に傾いていた「一つのASEAN」の看板にさらに上から傷を付けることになった。

議長国カンボジアは「二国間の争いについて中立の立場を取る努力をしただけ」とする南シナ海問題であるが、南沙諸島の領有権問題は「二国間での協議で解決すべき」とする「ASEANのバーゲニングパワー」の減殺を狙った中国にASEAN内部から与(くみ)したと見られても仕方がないであろう。

◆たびたび発生してきたASEAN域内国間での対立

ASEANは対域外問題について、常に共同歩調をとり、「一つのASEAN」の姿を見せてきた。しかし、実際には領有権問題などで加盟国間で対立することもしばしば。フィリピン・ マレーシア間では、ボルネオ島サバ州を巡り、またタイとカンボジアでは、世界遺産に登録されたカンボジア・プレアビヒア寺院の周辺の領有権の帰属を巡り対立。後者では2008年に両国軍の間で交戦に発展、死傷者が出る騒ぎにまでなった。

また、ASEANの経済統合の過程でも加盟国間で対立する場面があった。ASEAN自由貿易地域(AFTA)の下、タイやマレーシアなどASEAN先行加盟国は、2002年までにすべての関税削減対象品目のAFTA特恵関税を0~5%に削減することが求められていた。しかしマレーシアは、プロトンやプロドアなどの国民車メーカーが主導する国内自動車産業の保護・育成を目的に、輸入完成車へのAFTA特恵関税適用を留保してきた。

しかし、人口3000万人弱のみのマレーシア国内市場だけで国民車メーカーが生き残るのは至難の業。そのため、AFTAを活用しASAEN域内6億人の市場に販路拡大を目指すようになった。

ASEAN 域内に特恵関税で輸出するには、相互譲許原則の下、マレーシアは少なくとも自らの同製品の関税を20%以下にまで削減することが条件である。マレーシアが当時60~300%だった関税を20%にまで削減したのは05年になってから。そして翌06年3月には他の先行加盟国と同水準の5%以下に引き下げた。

これでマレーシア国民車のASEAN域内輸出に向けた環境が整備されたかに見えたが、それにタイが「待った」をかけた。タイは「マレーシアの輸入許可書(AP)制度は実質的な輸入制限」として、マレーシア車のASEAN域内輸出に対し、AFTA特恵関税付与を拒否するなど二国間で対立した。以降、二国間で協議が続けられ、マレーシアがAP制度の運用見直しを提示したことで事態は解決に向かいはじめた。その結果、ようやく2007年6月になってタイがマレーシア製自動車に対しAFTA特恵関税の適用を認めた。

このようにASEANは隣国同士であることもあり、加盟国間での対立はしばしば発生してきた。しかし、これまで「一つのASEAN」である重要性を再認識し、それらの対立を乗り越えてきた。ASEANのモットーは「One Vision, One Identity, One Community」である。

2012年に大きく傾いた「一つのASEAN」の看板であるが、現在、南シナ海問題で単独でも中国に対峙(たいじ)しようとしているフィリピンを孤立させることなく、再びASEANとして共同歩調が採れれば、「一つのASEAN」はさらに強固なものになろう。

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