古川弘介(ふるかわ・こうすけ)
海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。
◆はじめに
日本社会の格差拡大について4回に分けて考えてきた。要約すると、①平等な社会が誇りであった日本で格差が拡大している②ただし、欧米のように超富裕層への富の集中はみられず、貧困層が増えている点に特徴がある③なかでも非正規労働者を中心としたワーキングプアーの増加は大きな問題である――の3点である。
働いているのに低所得な人々、いわゆるワーキングプアーが増えたのは、雇用の非正規化に原因がある。したがって、根本解決のためには正規雇用への転換を図るべきである。それが正論であるし、実際にそうした政策(再教育支援、就労支援)も採られている。しかし、これだけ非正規雇用が増えた現在、希望者を全員正規雇用にすることは現実的に困難だと思われる。また、最近の財界首脳の「終身雇用は維持困難」(*注1)という発言にみられるように、むしろ今後は、正規雇用の維持すら難しくなっていくことが予想されているのである。
ではなぜ非正規化が急速に進んでいるのだろうか。一般的には、経済のグローバル化によって国際的な競争が激化しており、企業はコスト削減のために非正規雇用を増やしていると説明される。また、企業サイドからの要請に応えて、雇用規制を緩和してきた政府の新自由主義的政策がそれを促したのであり、規制緩和(*注2)に原因があるという解釈も可能であろう。
ともに直接的な原因としては間違っているわけではない。しかし、ここでは問題をもう少し掘り下げて、終身雇用や年功序列賃金を特徴とする「日本型企業モデル」そのものが環境変化に耐えられなくなってきたのではないかという論点を設定したい。この問題を考える上で、日本型企業モデル形成の歴史的背景の考察が必要であるため、拙稿第23回及び24回『1940年体制――さらば戦時体制』で考察した総力戦論の視点を用いる。
格差と貧困の問題において、回り道をして企業モデルを論じる理由は、企業を拠点として厚生年金、医療保険、雇用保険といった社会保障が機能しており、企業モデルの崩壊は雇用を不安定化させるだけではなく、社会保障制度の根幹を揺るがしかねないからである。前述の財界首脳の「終身雇用は維持困難」発言は、企業負担の重みにいつまで耐えきれるか分からないという危機感を表明しているのである。格差是正のための社会保障制度改革をどう進めていくのかは、制度の議論だけではなく、こうした雇用形態の変化との関連の中で検討していく必要がある。
本稿の構成としては、まず正規雇用と非正規雇用の現状をみる。次に日本型企業モデル形成の歴史的背景を把握し、それが環境変化によって制度疲労を起こした結果、貧困層の増加が生じていることを確認したい。最後に、雇用モデルの変容とそれに合わせた社会保障改革について考えたい。
◆非正規雇用の現状と問題点(*注3)
総務省の最新統計(2018年)によれば、日本の総就業者は6664万人(男性3717万人/女性2946万人)で、うち雇用者は5936万人(男性3264万人/女性2671万人)と89.1%を占める。このうち「役員を除く雇用者」は5605万人(男性3016万人/女性2589万人)であり、うち正規職員・従業員は3485万人(男性2347万人/女性1138万人)、非正規職員・従業員は2120万人(男性669万人/女性1451万人)である。非正規の割合は37.8%(男性22.2%/女性56.0%)と前年比0.6%増加している。非正規は雇用者の約1/3と記憶していたが、増加が続き非正規比率はすでに4割に近づきつつあるのだ。ちなみに1984年の非正規比率は15.3%であった。
非正規雇用の7割近くが女性であり、非正規雇用は女性に多い雇用形態である。その多くがパート・アルバイトであり、弾力的な働き方を選択した結果という側面があることに留意が必要である(正規雇用を望まない人も多い)。このため橋本健二の『新・日本の階級社会』では、アンダークラス(非正規労働者)には、パート主婦(同書では785万人)を含めていない。ただし2002年から2008年の就業率の変化をみると、20歳代、30歳代の男性で派遣社員、契約社員、嘱託が増加し、正社員が減少している。このように男性の非正規雇用が増えているのが近年の特徴であり、その多くが正社員化を望みながら非正規雇用から抜け出せない状態と考えられる(*注4)。
非正規雇用の所得は正規雇用と比較して低く、派遣で最も多いのが200万円台である。ところが労働時間をみると、非正規でも正規雇用者の大多数と同じ40〜48時間勤務が最も多い。労働時間はあまり変わらないのに賃金が低いわけであり、正規・非正規間の賃金格差が見て取れる。さらに非正規雇用者の賃金は正規雇用者と違って30歳代以降ほとんど伸びないので生涯所得も低くなる。この結果、正規雇用者との生涯所得は男性で2.5倍の格差が発生するとされる。
派遣社員は正規社員と比べて一貫して失業率が高い。特に景気後退局面においては雇用の調整に利用されるため失業リスクが高まる。さらに非正規雇用者では雇用保険に加入していないケースも少なくない。また派遣労働者で給与住宅等に入居している場合には、失業によって住宅も失う深刻な結果につながるケースがある。2008年末の「年越し派遣村」(*注5)の騒ぎが思い起こされる。
問題点を整理すると、①非正規雇用から正規雇用への切り替えは困難で流動性が低い②非正規雇用者は正規雇用者と比べて賃金が低い(正規雇用の6割程度の収入)③非正規雇用者は国民年金・国民健康保険の利用者が多く(*注6)、厚生年金・健康保険で守られる正規雇用者と比べて社会保障制度の適用が低い④パート・アルバイトで国民年金の未加入率が高く老後の低所得リスクが懸念される――が挙げられる。
◆総力戦体制によって作られた「日本型企業モデル」
1984年に正規社員の比率は84.7%あり、当時は雇用者の大部分が正規社員という時代であった。正規社員は終身雇用、年功賃金を保障されており、企業別労働組合、下請けなどの特徴を持つ日本独特の企業形態を「日本型企業モデル」と呼ぶ。社会保障が整備され、日本型企業モデルで安心して働ける正社員が、企業と一体感を持って戦後の高度成長を推進し、日本の経済的繁栄をもたらしたのである。この日本型企業モデルは、一般には占領改革が生み出した戦後の制度であると思われている。しかし、拙稿第23回および24回(『1940年体制』)において明らかにしたように、占領改革ではなく戦時期に起源を持つ「総力戦体制」の産物なのである。なお、日本型企業、間接金融、官僚体制、財政制度、土地制度を含めて日本型経済システムと呼称するが、ここでは本論に直接関係する日本型企業モデルに絞って説明する。また、同書の著者である野口悠紀雄は「1940年体制」と呼ぶが、歴史学者は「総力戦体制」を使う。両者の違いは歴史観にあるが(拙稿第24回参照)、ここでは同じ意味で使うため、わかりやすいように「総力戦体制」で統一した。
・日本型企業モデルの起源
戦前の工場労働者は職能給で流動性が高く勤続年数は短かった。1920年代に国家要請による生産増強が求められた重化学工業の大企業に、従業員の定着率を高めるための終身雇用制や年功序列賃金体系が始まった。政府は、「国家総動員法」(1938年)を敷いて、物価統制の一環として初任給から定期昇給まで全ての賃金を統制した。こうした戦時経済体制によって年功序列賃金体系や終身雇用制が全国に広がった。
また同法は、配当制限(固定率の適正配当を保障)、株主権利の制約を行い、利益の剰余分は経営者や従業員への報酬、社内福祉に分配された。この結果、企業は利潤追求組織から従業員中心の組織へ変質したのである。また、企業別労働組合は戦時の「産業報国会」に起源を持つ。製造業の下請け制度も、軍需産業の増産の緊急措置として導入された。こうして「日本型」と呼称される企業形態が形成された。
・戦時体制が生んだ日本型企業モデルはなぜ占領改革を生き延びたのか
総力戦体制は、戦争に向けて生産力の最大化を目指した。そのためには、生産者である、工場労働者と農民が働きやすい環境を整備する必要があった。工場労働者に対しては、終身雇用や年功賃金だけではなく福利厚生を充実させた。一方で、地主や資本家に対しては土地制度の改革や株主権限の制限政策をとった。こうした政策は、社会民主主義的要素が強く、総力戦体制が福祉国家の原型をつくったとされるゆえんである。総力戦論の観点からは、日本やドイツのファシズム体制だけではなく、同じように戦時体制を敷いた米国や英国のケインズの影響を受けた修正資本主義の中にも国家管理という意味での共通点を見出す。資本主義システムは新しい段階に入ったと考えるのである。
米国にとって占領改革の目的は、日本の非軍事化とともに、戦争の原因を作った既成勢力の基盤を取り崩すことにあった。軍部に協力した財閥は解体され、経済民主化政策(農地改革、財閥解体、独占禁止法、労働立法)が取られた。それを推進したのは、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のニューディーラーたちであり、占領政策の基本的性格は社会民主主義であった(*注7)。また独立後は、保守合同(1955年)で自民党に合流した協同主義的勢力が、革新官僚の継承者である戦後官僚とともに社会民主主義的政策を推進したことは、拙稿第28回で述べた通りである。
・戦後の高度成長に最適なモデル
戦後の日本経済は、重化学工業、輸出産業が主導したが、「総力戦体制」によって確立された「日本型企業」における終身雇用と年功序列賃金を軸とした雇用慣行は、技術革新による企業内の職種転換を可能としたし、労働力の定着力の高さが企業内研修による技能向上を効果的にした。また、企業別労働組合によって新技術導入に対して労組が協力的であったし、共同体としての企業は、内部昇格と手厚い福利厚生を通じて勤労意欲を高めたのである。
◆経済環境の変化と日本型企業モデルのゆくえ
こうして形成された日本型企業モデルは、戦前の「イエ」の代替であり疑似共同体的性格を持っていた。したがって「会社」は構成員を守る存在となった。新卒一括採用で一度会社に入れば、一生面倒を見てくれる「安心」の仕組みが構築されていたからだ。福祉国家の根幹をなす健康保険と厚生年金は会社が半分負担する仕組みであり、社会保障は会社が支えている。大企業であれば、定年後も継続雇用してくれるし、退職後も企業年金が用意されている。その代償として、サービス残業や長時間労働に耐え、有給休暇を十分消化できなくても、ベア(賃金水準の引き上げ)と定期昇給(年齢に応じて増える)によって毎年給料が増えて、業務拡大でポストは潤沢にあったので、士気は高く維持された。しかし、若年労働者が中高年労働者を支えるこうした仕組みは、経済も会社の業績も右肩上がりで伸びていた時代の産物であり、平均寿命の大幅な伸び(定年の延長、継続雇用の義務付け)と低成長、人口減少という環境下では維持していくことが困難となる。そうした事態に直面した「会社」の取った行動は、共同体の正規メンバーである正社員を守るために、新卒採用を減らして、代わりに非正規を増やすという対応だったのである。
バブル崩壊以降の環境変化については、冷戦の終了という視点が重要である。米国では、余剰となった軍や軍事関係企業で働く大量の理数工学系人材が、IT業界と金融業界に転じることによって、IT革命が加速化して新しいビジネスモデルが生まれ、金融業界は金融工学を駆使してフロンティアの創出に成功したからである。冷戦後の世界の潮流は、脱工業化とグローバル化であり、アジアでは新興国の台頭が著しかった。一方、日本型企業モデルは、生産者優先主義の理念を持ち、製造業の大規模大量生産を得意としていた。日本企業の優位性は製造技術と生産の大規模化・効率化にあったが、韓国、台湾、中国のキャッチアップによってそれは失われていく。衰退の兆しが見えた頃に、モノ作りへのこだわりが日本の強みだとする思い込みにとらわれすぎたように思う(経済が下り坂になってから日本の技術や企業人を礼賛するTV番組が目だって増えた)。脱工業化を推し進め、ITを活用した新しいビジネスモデルを創造すべきであったが、日本型企業がもつ人材の閉鎖性(企業間の労働力移動が無い)が障害となった。こうした閉鎖性は「従業員の共同体的性格が強い組織の存続を何よりも重要な目的とする」(野口)という日本型企業の特性が生み出したものである。
今後日本が参考にすべき雇用モデルは、どのようなものだろうか。もしモデルがあるとしたら、それは米英型ではなく欧州型だろうと思う。なぜなら、米英型は解雇規制が緩く日本の慣行にはなじまないと思われるからである。欧州型は解雇規制が厳しいとされるが、EUでは経済の活力を増すために「フレキシキュリティー」(*注8)という雇用の柔軟性と失業時の手厚い保護を同時に行う労働市場政策の採用を加盟国に推奨している。デンマークやオランダが同政策を進めており、解雇規制を緩和することで成長産業に労働力の移動をしやすくし、失業者はセーフティネット(保障、職業訓練、就職支援等)で守る仕組みで、これが一つのモデルになるのではと考えている。
雇用については歴史や慣行によって国ごとに違いがあり、比較は簡単ではないが、OECD(経済協力開発機構)が興味深い指標を公表している。「雇用保護指標(*注9)」がそれであり、解雇規制を「手続きの不便さ」「予告期間・解雇手当金」「解雇の困難性」にわけて数値化している。最も保護されている国は、(予想通り)ドイツであり、フランス、イタリアが続く。一方最も数値が低いのは、(予想通り)米国、カナダ、英国である。保護が強いのはEUの主要国、弱いのが米英などのアングロ・サクソン諸国といえ、日本は(予想に反して)その中間辺りでデンマークやオランダよりちょっと下という位置づけなのである。日本で正社員の解雇が困難とされるのは労働法規よりも判例によるとされるが、それであれば法制化によって解雇規制を明確化することで、労働者の権利を法的に保護する形を考えればよいのではないだろうか(金銭保障を手厚くするなど)。そう考えるとフレキシキュリティーの導入は、想像するより困難ではないかもしれないと思えてくる。ただし、ドイツやフランスは、依然解雇規制が厳しく、かつセーフティネットも手厚い高福祉モデルを維持しているように、歴史や慣行が関係する問題であり、変更には政治的困難性が伴う。痛みを伴う変革は、その国の民度が問われるということだろう。
◆まとめ―日本型企業モデルの終焉と新しい雇用モデルの模索
第1の論点:日本は平等社会から格差が拡大している。ただし欧米で見られるような超富裕層への富の集中はみられず、貧困層が増大している点に特徴がある。なかでも非正規労働者を中心としたワーキングプアーの増加は、将来にわたり社会に影響を与える問題である。その主因は雇用の非正規化にあるため、「同一労働同一賃金」原則の徹底、再教育や就業支援政策の推進が必要である。
現在の日本社会で格差が拡大しているという話を聞いても、(特にシニア世代にとっては)経済も会社も成長を続けていた70年代から80年代にかけての「豊かで平等な社会」のイメージが強く残っているため、「それでも日本は欧米諸国より平等だ」という思い込みが邪魔をして思考を停止してしまいがちだ。しかし日本の相対的貧困率(*注10)は、主要国の中で二番目に悪く、「子供のいる現役世帯」のうち「ひとり親世帯(母子家庭)」の貧困率は50.8%なのである。また、貧困線(等価可処分所得の半分の水準でこれ以下が貧困層)の数字も可処分所得の低下を反映してピークの149万円(1997年)から122万円(2015年)に低下しているのに、相対的貧困率は当時と比べて上昇(14.6%→15.6%)しているのである。現実は深刻であり、それを直視したい。
第2の論点:戦時体制の産物である日本型企業モデルがもつ雇用形態(終身雇用、年功賃金)は、経済の高度成長期に適していたが、低成長が常態化し、高齢化が進むと持続が困難になってくる。企業は、正社員を守るために新卒採用を絞り、代わりに非正規社員を増やしている。しかし、こうした運用は制度の破綻を意味しているのではないだろうか。であれば、環境に合わせたモデルへの転換が必要だ。参考になるのは、欧州型の解雇規制の緩和とセーフティネットによる保護の組み合わせであり、そのために最適な社会保障改革を検討すべきだ。
戦前の日本は、欧米と同様に格差社会であった。戦後は経済成長に成功し平等社会を実現したが、その後再び格差が拡大したのである。戦後の平等社会こそ特殊であったのではないかと考えれば、日本型企業モデルの転換に対する心理的抵抗は少なくなる。日本型企業モデルは、雇用が持つ不確実性を縮減することで労働者の不安を取り除いた。新しいモデルを考える場合、同じように不確実性を縮減する仕組みが必要だ。欧州型は、企業が負っていた雇用の負担の一部を国の保護に置き換えることで労働者の不確実性(不安)を減らそうとするものだ。労働者を他の商品と同じように市場原理にさらす米英型は日本には適さないと考える。
第3の論点:日本は貧困層が増えているが、欧米のような「超富裕層への富の集中」が見られない。これは日本の平等社会の「良さ」がまだ残っている証拠だと思っていた。しかし、ワーキングプアーの増加や貧困層の増大だけではなく、総務省の家計調査で、「二人以上勤労者世帯所得」の①実収入(世帯員全体の税込み収入)、②可処分所得(①から税・社会保険料を引いたもの)、③消費支出(生活費として商品やサービスに実際に支払った金額)が、すべて過去のピークだった1997年を大きく下回った状態が続いている(1997年→2018年:①▲6.1%/②▲8.4%/③▲11.8%)と知ると(*注11)、内需の低迷が続く原因がわかるだけではなく、日本社会全体が貧困化しているのではないかとさえ思えてくる。また、日本の国際的地位も低下を続けている。世界のGDPに占める日本の割合は、ピーク(1995年)では17.6%あったが、現在は6.0%(2017年)と約1/3に下がっているのである(*注12)。また、一人あたりGDPでみても日本は先進国中2位(2000年)であったが、順位を落とし続けて現在26位(2018年)であり、アジアでも既に首位ではなく3位である。
日本の長期停滞の原因の一つは、IT革命を新しいビジネスに生かせなかったことにあると思う。過去の成功体験からモノ作りにこだわった日本は、IT革命を生産の効率化に利用することに熱心であった。しかし、IT革命とはネットワーク革命であり、新しいビジネスモデルとしてのネットワークを活用したプラットフォーム構築に成功したのがGAFAであり、BATであった(*注13)。日本はこうしたビジネスモデルの構築に遅れを取ってしまい、このままでは日本の製造業は(トヨタでさえ)プラットフォームに製品を供給する単なるサプライヤーになってしまうかもしれない。日本も起業率をあげて新しいビジネスを育成・発展させていくということは、新しい格差を生みだすのではないかと言われるかもしれないが、日本経済全体が地盤沈下していくほうが心配だ。なぜなら既に深刻な財政問題を抱えているため、経済が悪化し雇用不安が発生した場合に社会保障改革に取り組むことは、政治的に至難の業であるからだ。まだ経済が好調で雇用が安定している今のうちに、中長期的課題に取り組むことで経済の活性化を目指すべきではないだろうか。
次稿では、日本の社会保障制度の課題と改革の方向性、さらに最近話題になっているベーシック・インカムについて考えてみたい。
<参考図書>
『新・日本の階級社会』橋本健二著 (講談社 2018年)
『格差社会――何が問題なのか』橘木俊詔(岩波新書 2006年)
『貧困を救うのは、社会保障改革か、ベーシック・インカムか』橘木俊詔・山森亮共著(人文書院 2009年)
<参考資料:過去のレポート>
第28回『新・日本の階級社会』(橋本健二)を考える その2
https://www.newsyataimura.com/furukawa/#more-8093
第24回『1940年体制―さらば戦時体制』(野口悠紀雄著)を考える(後編)
第23回『1940年体制―さらば戦時体制』(野口悠紀雄著)を考える(前編)
(*注1)トヨタ自動車の豊田章男社長は日本自動車工業会の記者会見(2019年5月13日)で、「雇用を続けるインセンティブがもう少し出てこないと、終身雇用を守っていくのが難しい局面に入ってきた」と述べた。また経団連の中西宏明会長も「企業から見ると(従業員を)一生雇い続ける保証書を持っているわけではない」と雇用慣行の見直しを唱えている。(日経ビジネス電子版2019年5月14日)
(*注2)労働規制の緩和の歴史:1986年労働者派遣法施行(特定16業種の人材派遣を認めた)、1996年労働者派遣法改正(新たに10業種追加し合計26業種に拡大)、1999年派遣法適用範囲の原則自由化(ポジティブリストからネガティブリストへ:人材派遣業者が増加)、2003年労働者派遣法改正(禁止されていた製造業、医療業務への派遣解禁:いわゆる小泉改革)。
(*注3)総務省「労働力調査」(2018年速報)及び厚生労働省「貧困と格差の現状」平成24年度版、内閣府「平成21年度 年次経済財政報告」を参考に作成。なお、統計では雇用形態を7つに区分し、「正規の職員・従業員」を除く「パート」、「アルバイト」、「労働者派遣事業所の派遣社員」、「契約社員」、「嘱託」、「その他」の6区分をまとめて「非正規職員・従業員」と呼んでいる。
(*注4)厚生労働省の試算では2010年において正社員化の希望者は355万人程度(男性145万人/女性210万人)とされる。(厚生労働省平成24年「貧困・格差の現状と分厚い中間層の復活に向けた課題」)
(*注5)「年越し派遣村」とは、派遣切りされた労働者らに年末年始の食事と寝泊まりできる場所を提供しようと、労働組合や支援団体「反貧困ネットワーク」など約20団体が2008年12月31日〜1月5日、東京の渋谷公園に設けたもの。(2009年2月13日付朝日新聞)
(*注6)厚生労働省の「平成29年国民年金被保険者実態調査」によると、自営業者・家族従業者23.7%に対し、雇用者(非正規)は40.3%と最大の割合を占めている(無職・不明が36.1%)。これを「国民年金の非正規化」と呼ぶ。
(*注7)成田龍一『近現代日本史との対話』(集英社)。成田龍一(1951〜)は山之内靖の流れをくむ総力戦論の歴史家(日本近現代史)。日本女子大学教授。
(*注8)フレキシキュリティー:EUが加盟国に推奨する雇用戦略。柔軟な労働市場(解雇規制を緩和)を整備して成長産業に労働力の移動をしやすくし、手厚い社会保障で労働者の生活の安全を守る政策。デンマークなどの北欧やオランダで進められている。解雇は比較的容易に行えるが、労働者には失業保険制度などで所得の安定を図り、かつ職業訓練機会を与えて次の求職ができるようにする(フレキシキュリティー思想=柔軟性+社会保障)。(橘木俊詔・山森亮共著『貧困を救うのは、社会保障改革か、ベーシック・インカムか』)
(*注9)独立行政法人労働政策研究・研修機構の海外労働情報「OECDの雇用保護指標2013について」参照。
(*注10)相対的貧困率は、一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合をいう。貧困線とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分の額をいう(OECD作成基準に準拠)。なお、世帯の可処分所得は世帯人員に影響されるので、世帯人員で調整(平方根を用いる)している。(出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」)。
(*注11)総務省統計局は毎月、「家計調査」として「二人以上勤労者世帯」の「①実収入(世帯員全体の税込み収入)」「②非消費支出(税金、社会保険料などの自由にならない支出)」「③可処分所得(=①−②)」「④消費支出(生活費:商品やサービスに実際に支払った金額)」を公表している。①は59万5214円(1997年)→55万8718円(2018年)と▲6.1%であり、②は49万7036円→45万5125と▲8.4%、③は35万7636円→31万5314円▲11.8%と過去のピークを下回っている。増えているのは「非消費支出」と定義される税と社会保障費だけである(同期間で5.5%増)。
(*注12)内閣府では今後も日本のシェアの一層の低下を予測しており、2030年4.4%、2060年3.2%である。これに対し日本を除くアジアの世界シェアは、2060年には約5割と世界の半分を占めると予測されている。アジアンダイナミズムとの共生が課題だ。
(*注13)GAFAは米国のグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの頭文字をとったもの(詳しくは拙稿第26回『「GAFA」について考える』参照)。BATは、中国のバイドゥ、アリババ、テンセントの頭文字の組み合わせ。いずれもプラットフォームビジネスを展開する巨大IT企業。
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