п»ї なぜ政府は実態を反映しない「開業率」データを使い続けるのか ~成長戦略KPIと統計データ~ 『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第13回 | ニュース屋台村

なぜ政府は実態を反映しない「開業率」データを使い続けるのか
~成長戦略KPIと統計データ~
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第13回

8月 13日 2019年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

政府が「成長戦略KPI」で掲げる開業率データは、実態を反映していない。中小企業白書にならった扱いだが、そもそもの出所元である厚生労働省の統計自体が、開業、廃業を示すデータとして扱っていない。

なぜ、こうなるのか。

成長戦略KPIは多くのメディアが準拠する指標だけに、いまいちど何が起こっているかを確認しておきたい。

差し替えられた統計

安倍政権発足以来、成長戦略には「開業率が廃業率を上回る状態にし、開業率・廃業率が米国・英国並み(10%台)になることを目指す」というKPIが掲げられている。内容は、民主党政権下の目標をほぼそのまま引き継いだものだ。

中小企業庁は古くから、開廃業率のデータには、①総務省「経済センサス」②厚生労働省「雇用保険事業年報」(以下、「雇用保険年報」)③法務省「民事・訟務・人権統計年報」・国税庁「国税庁統計年報書」――の3種類があるとしてきた。経済センサスと雇用保険年報の決定的な違いは、開業率と廃業率の位置関係にある(参考1参照)。経済センサスは、1990年代以降、一貫して廃業率が開業率を上回る。一方、雇用保険年報は、わずかな時期(2002~04年、07、08年)を除き、一貫して開業率が廃業率を上回る。

成長戦略KPIが当初(2013年)参照した統計は、経済センサスだっただろう。経済センサスは、2~3年に1度という頻度の問題はあるが、カバレッジが広く、ベンチャー企業など小規模事業を捕捉するうえで適切である。

もし成長戦略が当初から雇用保険年報を参照していたのであれば、「開業率が廃業率を上回る状態にし」との目標が掲げられることはなかったはずである。雇用保険年報は、最初から開業率が廃業率を上回っていたからだ(注)。

(注)「開業率が廃業率を上回る状態」にするとの目標は、ベンチャー企業などの起業増加を期待してのものである。しかし、生産年齢人口が大幅に減少する日本社会にあって、廃業よりも開業が多い状態を想定するのは難しく、また、特段の意義もないと考えられる(後述)。

(参考1)「経済センサス」と「雇用保険事業年報」の開廃業率推移

(注)「経済センサス」の開廃業率は、非一次産業、個人企業+会社企業
(出所)「中小企業白書2019」を基に筆者作成

ところが、政府は「日本再興戦略2015」以降、KPIの実績として、雇用保険年報のデータを提示するようになった。理由に言及のないまま、統計が差し替えられたかたちである。

それでも、差し替え当初は、補助指標を提案したり、開廃業率の提示をやめたりした年もあった。しかし、最近2年間は、雇用保険年報のデータをただ提示するだけになっている(参考2参照)。

(参考2)政府の成長戦略:「中堅・中小企業・小規模事業者の革新」にかかるKPIの変遷

(出所)首相官邸HPの各年度成長戦略を基に、筆者作成

なぜ、「雇用保険年報」は開業の実態を反映しないのか

雇用保険年報は、経済センサスに比べ開業率が常に高めの数値となり、かつ廃業率を上回る。このため、成長戦略の成果が一見あがったかのようにみえるのが特徴である(もともと、開業率は廃業率を上回っていたわけだが)。

しかし、雇用保険年報を開業率データとして使用するのは、ミスリーディングだ。中小企業白書は、雇用保険年報の「新規事業所数」を開業と定義するが、そもそも出所元の雇用保険年報に開業、廃業の概念はない。

法律上、「労働者が雇用される事業」はすべて雇用保険適用事業とされる。しかし、実際には雇用保険に加入していない事業所が少なくなかった。そのことが社会問題化し、政府も保険加入の促進に力を注いだ。

その典型は建設業である。建設業は社会保険(雇用保険、健康保険、厚生年金保険)の未加入先が多かった。このため、国土交通省は「建設業における社会保険加入対策」を掲げ、地方自治体に対し、未加入先を公共工事の入札から排除するなどの要請を行ったほどだ。

その効果もあって、近年、建設業の社会保険への加入が進んだ。雇用保険年報の新規適用事業所には、このような企業、すなわち、すでに事業を行っていた先で、雇用保険に新たに加入した企業が含まれる。実際、雇用保険年報の新規適用事業者をみると、建設業が断然多い。これを開業とみなすのは、いかにも無理がある。

問題は気付かれているにもかかわらず……

こうした統計を開業率として扱うことの危うさは、行政当局自身も気付いている様子だ。実際、中小企業庁の中小企業白書では、いかにも苦しい説明が繰り返されている。

まず、企業の項目では、経済センサスのデータを用いて、廃業が開業を上回り、企業数が減り続けている現状を説明する。

他方、開廃業の項目では、雇用保険年報を用いて、開業率が廃業率を上回るグラフを示したうえで、以下の脚注を加える。

しかし、この脚注は説明になっていない。なぜなら、「日本再興戦略2016」で雇用保険年報のデータを用いたのは、ほかならぬ経済産業省(中小企業庁)自身のはずだからだ。本来、脚注では、「開業率」に雇用保険年報を用いることの合理性、妥当性が説明されねばならない。

どこで間違えたのか

結局、「開業率が廃業率を上回る状態にし」、「開業率、廃業率を10%以上にする」というKPIを掲げたこと自体が、間違いだったのだろう。

生産年齢人口が急速に減る以上、廃業率が開業率を上回るのは自然であり、なんら深刻視すべき問題ではない。経済センサスの方が、理屈にも実態にも見合う。

一度掲げたKPIに固執し、良好な成果を印象付けるために、実態を表さない統計を使い続けているとすれば、これほど残念なことはないだろう。いつまで、このようなことが続けられるのだろうか。

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