山本謙三(やまもと・けんぞう)
オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。
5年前、政府は、地方創生の基本目標として「2020年までに東京圏の人口転入超ゼロ」を掲げた。「東京一極集中」の是正である。しかし、その後の実績は、ゼロに向かうどころか、転入超の大幅拡大である(拙稿第7回ご参照)。
ここへきて目立つのは、女性の転入超の増加だ。女性の転入超数(日本人移動者)は拡大基調をたどり、昨年(2018年)には7.8万人と、46年ぶりの高水準を記録した。
最近は、若年女性層の人口流出を危惧する声が、地方で多く聞かれるようになった。その背景は何だろうか。
◆ 女性の人口移動は「地域粘着的」
東京圏への人口移動をみると、転出入の傾向は男女でほとんど変わらないが、両者の多寡(位置関係)は時期によって異なる(参考1参照)。近時では、2007~08年に男性の転入超が女性を上回ったあとは、一貫して女性が男性を上回っている。
(参考1)東京圏への人口転入超数(日本人移動者)
(出典)総務省「住民基本台帳・人口移動報告」を基に筆者作成。
男性の人口移動は、景気情勢に応じて大きく振れる傾向がある。1980年以降でみれば、男性の転入超が女性を上回ったのは、1980~92年、2000~02年、2007~08年と、景気の拡大・過熱期に当たる。東京圏の所得の高まりを眺めて、地方から移住して就職する男性が増えた結果だろう。
一方、女性は、地域への粘着性が比較的高い。前述のとおり、東京圏への転入超数(ネット)は多くの年で女性が男性を上回るが、転入の絶対数(グロス)は男性を下回る。
最近こそ女性の転入数(グロス)も着実に増加しているが、それでも遡及可能な1958年以降、女性が男性を上回った年はない。
にもかかわらず、転入超数(ネット)で女性が男性を上回るのは、①地方出身でいったん東京圏に移住した女性の多くは、その後地元に戻らない②東京圏出身で地方に移住する女性が少ない――ことが理由である。
◆女性の移動を促す産業構造の変化
では、女性の東京圏の転入超数がこのところ拡大し続けているのはなぜか。
年齢層別にみると、拡大が目立つのは20歳代の女性である(参考2参照)。就学期(10代後半)の転入超はわずかな増加にとどまる一方、就職期(20代前半)の転入超数が顕著に増加している。
考えられるのは、①東京圏で就学した地方出身のより多くの女性が、そのまま東京圏で就職した②地方出身で卒業後、東京圏で就職先を見つける女性が増えた③地方で就職する東京圏出身の女性が減った――ことだろう。
(参考2)男女別、年齢層別の東京圏への人口転入超数推移(日本人移動者)
(出典)総務省「住民基本台帳 / 人口移動報告」を基に筆者作成。
第1の理由は、経済構造の変化である。近年、全国的な人手不足を背景に、東京圏が他地域に人材を求める圧力が一段と増している。
労働力調査をみると、2010年以降の就業者の増加は、医療・福祉分野が圧倒的に多く、教育・学習支援業がこれに続く。いずれも女性の就業者が多い産業だ。一方、製造業など、男性従業員の比率の高い産業は、雇用はあまり増えていない。
こうした経済構造の変化を背景に、東京圏の多くの企業が女性の採用に腐心してきたとみられる。
ただし、医療、福祉分野の人手不足は、高齢化の先行する地方の方がより深刻である。にもかかわらず、東京圏で就職する女性が増えたのは、やはり地方と東京圏にある所得格差を踏まえてのものだろう。この結果、地方では人手不足が一段と深刻さを増す構図にある。
◆職場環境のイメージも寄与
第2の理由には、職場環境のイメージの差が挙げられるだろう。女性が働きがいを求めるようになるほど、就職先を決める要素として、キャリアアップの機会の多寡が重視されるようになっている。
地方はもともと、キャリアアップの機会が少ないとのイメージが強い。就学のため地方から東京圏に移り、そのまま東京圏で就職する女性が多いのは、これが大きな理由だろう。
そうしたイメージの当否は別として、地方の企業は、現にそうした傾向があることに留意して対応しなければ、有能な女性を採用しそこねることになりかねない。
◆所得格差の是正と職場環境の改善を
最近では、地方出身の女性が地元に戻らないばかりか、のちに実家の親も娘の働く大都市圏に転居してきた例もたまに聞くようになった。
政府は、UIJターンの促進や関係人口の増加に熱心だが、人口移動をもたらす最大の要因は、地域間の所得格差である。所得格差の解消が進まない限り、大都市圏への人口移動の流れは止まらない。地方に必要なのは、一にも二にも、大都市圏並みの所得の得られる産業である。
それと同時に、女性をめぐる職場環境の改善にも真剣に取り組む必要がある。働き方改革の進展もあって、大都市圏の職場環境は急速に変化している。地方もこのトレンドを看過してはならない。
※『山本謙三の金融経済イニシアティブ』過去の関連記事は以下の通り
第7回 変貌する地方・大都市間の人口移動 「20年までに東京圏への転入超ゼロ」の達成絶望的に
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