引地達也(ひきち・たつや)
特別支援が必要な方の学びの場、シャローム大学校学長、一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆もう一度コミュニティーを
今秋の台風19号の惨禍に私たちは台風での被害の甚大さをあたらめて痛感している。降りやまない雨が水の氾濫(はんらん)となって人びとの生活を無残にものみ込んでしまう光景は、津波や水害で幾度となく目にしてきているが、見慣れるものではない。家が水没したり、流されたり、犠牲になったりするその一つの事実は、どん底の悲しみや苦しみを伴うもので、被災者の苦悩に心からお見舞いをし、その辛さを想像したいと思う。
報道によると、この被災地の現場ではボランティアがかけつけ、生活用品の整理や泥の掃除を行っている様子で、ボランティアが不足しているとの自治体の叫びもあり、災害のたびに見せるボランティアの活躍、その一人ひとりには自然と「ありがとう」との言葉が出てくる。同時にボランティアの枠組みで福祉事業との連携が出来れば、双方に大きなニーズがあると考えている。
自分の仕事に追われて被災地の支援が出来ずに過ごしていると、旧知のボランティア仲間から連絡があった。
「東日本大震災の時のようなフレキシブルに対応できるコミュニティーをもう一度動かすべきだよ」と。
大変ありがたい申し出であるが、足元の支援活動のせいにして動かないのもやはり可能性をあきらめているようでやりたくないから、何かできないか、考え始めている。
◆福祉の中で身近な活動
私が統括を務める就労移行支援事業所シャローム所沢では、利用者の声から出来上がった内部のサークルとして、ボランティアサークルがある。これは近所の掃除や市内の児童館の図書整理をボランティアで行うもので、行動計画を会議を通じて決定し実行している。
すべて任意の参加で、その行動に支援者がサポートする仕組みだ。自発的な取組は事業所内で仲間を増やし、「楽しくやる」ことで、それが気分のリフレッシュになり、地域からも感謝されるから気持ちがよい。仕事や社会で躓(つまず)いた人が、または長年社会と隔絶して生きてきた人が、楽しく何かに打ち込むことで、その行動に「ありがとう」という言葉で直接感謝される体験は、私が思うよりも実はとてつもなく大きい。
人によっては、他者から「感謝される」のが明確に可視化されるのは、そのような経験がないまま生きてきた人には初めての経験のようで、自分の存在が鮮明になる瞬間ともいえる。
前述の「コミュニティー」で触れたが、東日本大震災で「小さな集落と避難所をまわるボランティア」という名目で活動を行っていた私だが、多くのボランティアの人と協働し交わった経験から、ボランティアに従事する人の中には、その快感を味わい人生を変えるほどの衝撃だったと話す人が幾人かおり、私が福祉事業を始めた当初は、災害になったら通所者に被災地でのボランティアを奨励しようと考えていた。
苦しみの中にある人に、今自分のある労力を差し出すことで、差し出す側のメンタリティーには何らかの変化があるはずで、それは何らかの「生きる力」になるはず、という仮説である。
◆制度の壁に思いがぶつかる
しかしそれは甘かった。現実的な二つの壁がある。一つは福祉サービス事業で運営している就労移行支援事業所として、ボランティア活動が就労に直結しているとは言えず、それが就労移行サービスとして自治体が快く受け入れるかの問題。制度の壁に、やりたい「思い」がぶつかり、乗り越えられないのだ。
もう一つは安全を確保するための方法が非常に少ない、ボランティア活動によるけがや傷病のリスクに対応する保険加入などのコスト面の不安である。
前者は福祉サービス事業として、国の制度の中で行う以上、ついて回る問題ではある。就労移行支援事業がスキルを身に着け、「静かに就職させる」ようなイメージが先行しているが、気分障がいなどで自信が持てない人にとっては、ボランティアで社会と接触できるのはよいチャンスだ。それは「訓練ではない」という判断で、ボランティアを行う通所者の通所を認められなければ、事業所の運営費はひっ迫されるだけ。ボランティアは社会の中の自分、という就労の上の概念として、自分を位置づけられるプログラムとして、自治体が「認める」のではなく、「奨励」してほしい。
ただ自治体もけがや傷病のリスクを考えるだろうから、後者の問題であった保険を、福祉事業所単位で自治体が一括してかける仕組みも検討してもらいたいと思う。特に激甚指定されたもの、または近隣で大変な被害にあった被災地がある場合などの対応を早急に行ってほしい。
最後は交通費や食費の実費なのだが、これは各自治体での新たな取り組みを期待したい。福祉事業所へのボランティア支援は必ずや、当事者がよい人生を切り開くのに役立つはずだと考えている。
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