山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
こんな新聞記事を見たような気がした。
〈政府・与党は4月1日発表を視野に、「新成長産業」をひそかに検討している。「売春の管理・斡旋(あっせん)」の違法性を阻却する特別立法「廓(くるわ)解禁法」を制定し、全国約50カ所(原則各都道府県1カ所)に「遊郭」を核にする「統合型歓楽リゾート(IR)」の設置を認める。サービス提供に当たる従業員の健康・労働・人権遵守や暴力団の介在を排除するため、独立性の高い「遊郭管理委員会」を設け、健全な性風俗産業の振興を目指す。
モノづくりが競争力を失う中で、政権はサービス産業重視の成長戦略を模索している。悪化が予想される国際収支を改善するため、インバウンド観光客の増加を促す、「日本式おもてなし」に期待を寄せている。
廓解禁法は、正式には「伝統的風俗産業再建法案(仮称)」で、内閣官房に設けられた「遊郭準備室」が、超党派の国会議員による「伝統サービス産業振興議員連盟(おもてなし議連)」と連携し策定中だ。
政府は「売春防止法」で性サービスの管理・斡旋(管理売春)を禁止しており、一部解禁につながる法改正は従来方針と異なるため政府提出法案ではなく、議員立法で制定を図る方針。法案は二段構え。まず「解禁法案」は政府に、特定業者に売春の斡旋・提供を認めるよう求めるもので、法案成立から1年以内に政府は遊郭の制度設計や統合型歓楽街の振興策を盛り込んだ『実施法案』を制定する。東京五輪後の景気浮揚策にしたい考えだ。
政府は「遊郭解禁」を内需振興の柱にする方針だ。産業の集積がなく、雇用の場がない地方に観光拠点を設ける。海外からの観光客が京都・奈良など特定の観光地に集中することを避けるため、地方への分散が課題となっていた。
各都道府県に1カ所、地域を指定し、演舞場や伝統工芸美術館、旅籠など宿泊施設、料亭・居酒屋、土産物店など地域の文化拠点とし、その中心に遊郭を置く。収益の70%は遊郭で稼ぐ制度設計になっている。
「日本の伝統的な観光産業は、寺社仏閣の参拝を口実に富裕層が、名所の裏にある賭博場や遊郭で遊ぶというものでした。世界から観光客を吸引するならカジノだけでは中途半端。日本の遊び文化の粋を集めた遊郭が解禁されれば相乗効果が期待できる」
おもてなし議連の幹事長はいう。遊郭や周囲の歓楽施設は大量の雇用をつくり出す。問題は接客に当たる従業員の確保だが課題だが、「野放しになっている風俗店からの人材流入で賄える」と遊郭準備室は見ている。性ビジネスは潜在的需要がありながら禁止されているため、地下に潜り反社会的勢力の介在を許している。解禁法で遊郭を合法化することで健全な性産業が育つという。
背景には「戦後レジームからの脱却」を叫ぶ右翼団体・大日本国民協会の突き上げがある。「売春防止法は日本国憲法と並ぶGHQ(連合国軍総司令部)の押し付けによるものだ」という主張で、性風俗に寛容な「美しい日本」を取り戻すべきだ、という男性優位の性感覚が下地にあるようだ。政府部内には「性は多様化しており、男女という枠組みにこだわるのは時代遅れ」との声もあり、接客のあり方を巡り与党との調整が課題になりそうだ。〉
◆法律で禁止、だが特例認める
ここまで読んで、やりきれない気持ちになったところで、目が覚めた。
テレビの国会中継を見ながら「カジノがOKなら、遊郭だってできちゃうな」と思ったのが頭に残っていたらしい。廓のにぎわいを描いた葛飾応為(おうい)の「吉原格子先之図」(朝日新聞1月28日付夕刊)の鮮烈な印象が影響したのかもしれない。
カジノと夢の遊郭をつないだキーワードは「違法性の阻却」である。法律で禁止されているけど特例を認めます、という規定だ。
他人のおなかを刃物で切るのは傷害罪だが、外科医が手術でするなら「違法性は阻却」される。
この論法でカジノは合法化された。賭博は刑法で禁止されているが、政府が指定する「統合型リゾート」なら違法にしない。国家の成長戦略だから。
賭博はお客のカネを巻き上げる行為で、下々の者が勝手にやることは持統天皇の頃から禁止されてきた。(689年、すごろく禁止令)。
寺社の再建を図るためお寺などが発行する富くじや、地方財政を補完する競輪競馬など公営賭博など、一部は例外的に認められたが、民間賭博は禁止されてきた。
アメリカから「賭博市場の開放」を迫られ、安倍政権がカジノを「成長戦略」にしてしまった。
跋扈(ばっこ)するのはカジノ外資だけでない。統合型リゾートに便乗しようと建設、不動産、ゲーム機、金融、会計、人材派遣など「バスに乗り遅れるな」と走っている。
「違法性を阻却」すれば売春は儲かるビジネスになるだろう。「博打とセックスはエンターテインメントのキラーコンテンツ」とも言われる。カジノがよくて売春がダメな理由はあるのだろうか。
身も蓋(ふた)もない成長戦略に、三流政治が残念でならない。
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