佐藤剛己(さとう・つよき)
企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories 代表。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。
◆AC15はAECなど傘下3グループで構成
東南アジア諸国連合(アセアン)加盟10カ国によるアセアン共同体(ASEAN Community、 AC15)が2015年末に発足した。アセアン共同体は計6億2000万人、2兆5000億米ドルのGDPを擁する。3グループのうち、「単一市場と生産基地」を目指すAECが何かと注目を集め、16年2月4日に署名された環太平洋経済連携協定(TPP)と並んで、頻繁にニュースに取り上げられる。日本企業にとってもビジネス拡大の素地は大きく、景気後退が言われる今後数年も、企業の進出傾向は変わらないと見られる。地域では、弁護士事務所、コンサルティング・ファームのAEC、TPP関連セミナーが昨年来急増。かく言う筆者の会社も、通商対策に元ジェトロの方をアドバイザーに迎えるなどして対応力を上げている。
共同体は実は3グループから構成されている。経済共同体(ASEAN Economic Community、 AEC)、社会・文化共同体(ASEAN Socio-Cultural Community、ASCC)、政治・安全保障共同体(ASEAN Political-Security Community、APSC)だ。今回は、あまり陽の当たらないASCCについてご紹介したい。TPPなどと並んで域内統合が進むと、皮肉なことだが、実は犯罪や貧困も拡散すると言われ、社会セーフティネットへの視点も維持する必要があるからだ。摩天楼の中で目立ちにくくなっている(シンガポールにも多くいる)生活困窮者や身を売って生計を立てる人たちが、より厳しい立場に追いやられている現状も無視できない。
◆CSRを内包するASCC
日本ではそれほど大きくニュースに取り上げられない。民間企業にとってはCSR(企業の社会的責任、Corporate Social Responsibility)という面で関与が検討され得る分野なので、日本企業には取っつきにくい面はあろう。が、CSRを企業戦略に取り込んでいる欧米系大手にとっては、ASCCはすでに無視できない動きになっている、と聞く。
少し細かい説明になるが、ASCCは他の2つのAC15傘下共同体と共に、「包括的で持続可能な、回復力の強い、ダイナミックな」共同体の実現を目指している。そのため、今問題となっている域内の社会問題や環境問題を早期に改善する必要があるとして、ASCCは直接にそれらに取り組もうとしている。具体的に貧困、格差、教育の機会、労働環境、差別、食料価格の高騰、栄養失調、気候変動と環境問題など、計339の行動項目を設定している(註1)。
◆主要課題は貧困解消と経済発展の同時の取り組み
中でも貧困問題は深刻だ。国ごとの平均数値は減少傾向にあるものの、極貧状態で生活する人は域内に数千万人。「貧困線」の指標となる1日1.25米ドル以下で生活する人は8人に1人いると言われる。アセアン域内の移民数は1990年の150万人から2013年には650万人にまで4倍以上増え、共同体発足に伴って移動の自由度が増すと、その数は更に増えると予想されている。それとともに移民に対する差別や労働条件の悪化、格差拡大も危惧されている。
貧困と因果関係がある問題としては、主に次が挙げられる。
・サプライチェーン上の違法就労
・汚職、不正
・テロ
つまり犯罪の増加だ。例えば、今年2月にUNODC(国連薬物犯罪事務所)が出した報告書(Protecting peace and prosperity in Southeast Asia: synchronizing economic and security agendas)は、具体例を挙げながら「域内統合に伴い、組織犯罪とこれに関連する諸課題が拡大し、複雑化する兆候がある」と分析、共同体形成の理念と逆行するとも取られかねないが、国境警備や渡航者の国家間情報共有の仕組みもより重要になることを指摘している。
ASCCは今回、AC15の発足に合わせてASCC Blueprint 2025を発表。ISO 26000 Guidance(企業や団体の社会的責任を規定したISO標準)や、国連グローバル・コンパクト(上記ISOの国連版)などの世界開発目標に見合った目標を立てた。Blueprintは、“[The Implementation of ASCC Blueprint 2025] shall also promote public private partnerships (PPP), social entrepreneurship and CSR for inclusive and sustainable socio-cultural development.”(註5) と述べた。官民協働とCSR活動を、持続可能な社会・文化発展のためのツールに位置付けたことになる。AECも、世界基準に合った企業のCSR活動を強く促しており、ここはAECとASCCが軌を一にしている。
さらにASCC Blueprintは、官民共同による気候変動問題に対応するファイナンシング・スキーム、環境に優しく、かつ効率の高い技術パートナーシップ、持続可能な消費・生産戦略と活動などを奨励。また、汚職撲滅や法の遵守も、民間側からの協力が不可欠な分野と位置付けている(ASCC Framework、註6)。
◆CSRを事業戦略に取り入れる
CSRをどう事業戦略に組み入れるか。筆者は、専門家による「百花騒乱」の議論は棚に上げ、目の前の現実にもう少し目を向ければ、自ずと道は開けてくると思っている。タイのエビ養殖やインドネシアの錫(すず)、フィリピンの金採掘での劣悪な労働環境、あるいは東南アジアで蔓延(まんえん)する児童売春・労働、児童兵の徴用など、民間企業が事業を生かしながらアクションを取れる分野・対策は山ほどある。
AEC同様、ASCCも”work in progress”である。取り組みが活発化し、法整備がなされ、アセアンが一つの市場として形成されていく中で、ASCCの必要性とその役割も増し、民間セクターの協働・参加が当たり前のように期待される時が来る。アセアン域内で活動する企業としては、今からCSRを事業戦略としてビジネスに取り組んでいく方策について、検討を始めていい時期ではないか。
註1)http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol133/index.html
註5)ASEAN SOCIL-CULTURAL COMMUNITY BLUEPRINT 2025, III A-2
註6)http://www.asean.org/storage/2016/01/ASCC-Blueprint-2025.pdf
※弊社ニュースレターJ22号(2016年2月5日)を加筆修正しました。
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