助川成也(すけがわ・せいや)
中央大学経済研究所客員研究員。国際貿易投資研究所(ITI)客員研究員。専門は ASEAN経済統合、自由貿易協定(FTA)。2013年10月までタイ駐在。同年12月に『ASEAN経済共同体と日本』(文眞堂)を出版した。今年10月には『アジア大統合時代』(同)を出版予定。
8月末、ミャンマーの首都ネピドーで東南アジア諸国連合(ASEAN)経済相会議(AEM)が行われた。同会議は、2015年のASEAN経済共同体(AEC)実現に向け進捗(しんちょく)状況を確認する重要な場になっている。現在までの進捗率は、13年末までに取り組むべき全229措置のうち188措置が実施されたとして82.1%であることが報告された(※注)。今回から3回に分けて、企業活動に関係のある事項を中心にAEMで報告された進捗状況を報告する。
◆2つの自己証明制度
ASEANは15年末にAEC設立を目指すが、「物品の自由な移動」についてASEANは対外共通関税を採る関税同盟を目指しているわけではなく、あくまで域内取引でASEAN物品貿易協定(ATIGA)の下、ASEAN原産品と認定された商品のみにATIGA特恵関税を適用する。
ASEAN原産品である証明書が原産地証明書(C/O)フォームDと呼ばれ、輸入通関時に同フォームを提示することで、関税「ゼロ」または低率のATIGA特恵関税で輸入出来る。
8月25日に行われたAEMでは、ATIGA自己証明制度について進捗が報告された。自己証明制度は、フォームDに代えて、認定輸出者が自ら作成したインボイスなどの商業上の書類に輸出貨物が原産品である旨の申告を記入した上で、当該インボイスなどを輸入国側税関に提示、輸入国側でAFTA特恵関税を適用する。
ASEANは15年末のAEC完成までに、ASEAN10カ国で適用できる自己証明制度の導入を目指している。現在は2つのパイロットプロジェクト(PP)が実施されている。PP1はシンガポール、マレーシア、ブルネイ、タイの4カ国が参加して実施しており、このプロジェクトに登録・参加している企業数は302社。一方、フィリピン、インドネシア、ラオスが参加して実施しているPP2は14社が登録、利用している。
今回のAEMでは、ミャンマーとカンボジアがPP1に加わること、またタイ、ベトナムがPP2に加わることがそれぞれ報告され、大臣間で歓迎された。
◆日本の運用する自己証明制度との違い
ASEANで導入を目指している自己証明制度は、日本のそれとは根本的に異なる。日本では自己証明制度を日スイスとの経済連携協定(EPA)で導入したのを手始めに、日ペルーEPA、改正日メキシコEPAでも導入している。
日本の場合、第三者である日本商工会議所による原産性審査がなく、利用企業自らの責任において原産性判定・確認を行う必要がある。そのため、コンプライアンス面を鑑み、利用を断念する企業も少なくない。
一方、ASEANで導入しようとしている自己証明制度は、原産性審査自体はフォームDと同様に引き続き政府部局が行い、その上で輸出時にフォームDの発給を受ける代わりに、自らインボイスに「原産地申告文言」を記載する。
そのため、ASAENの自己証明制度は企業がコンプライアンス上の責任を一身に負う日本の制度と大きく異なり、あくまでも最後の発給ステップを自社で行うのみ。コンプライアンス面ではこれまでの第三者証明制度と変わりはないことから、利用しやすい制度と言うことが出来る。
◆自己証明制度導入の背景
ASEANのビジネスの現場では、様々な理由で同特恵税率を享受出来ない場合がある。ジェトロがアジア・オセアニア日系企業活動実態調査(2011年10月)で在ASEAN日系企業にFTA利用上の障害を聞いたところ、原産性審査手続きを行い原産地証明書を取得する必要がある輸出者側も、また輸出者側から入手した原産地証明書を輸入手続き時に税関に提示する輸入側でも、「特に問題はない」とする企業が、輸出側で33.7%、輸入側で50.0%を占め最も多かった。FTA利用のためのC/O取得手続きについて、既に多くの企業で輸出入業務における日常業務になっていることを表すものであろう。
しかし、依然としてFTA利用上の問題を抱える企業もある。輸出面では、「原産地証明書手続きに時間を要する」(全体の33.3%)、「原産地証明書の取得手続きが煩雑」(同22.9%)、「既存FTA/EPAの原産地規則が各々異なり煩雑」(同18.9%)が指摘されている。一方、輸入では「FTA/EPA利用に向け、調達先の協力が得られない」(同13.8%)、「FTA/EPAによる関税差が少なく、メリットがない」(同13.1%)が続く。
特に「原産地証明書手続きに時間を要する」という問題について、ASEAN加盟各国は地理的にも近接しており、近隣諸国からの輸入や航空輸入、手続きが週末や祝日に重なってしまった場合などでは、実際の通関までにC/O提示が間に合わないケースが散見される。
タイの場合、輸入者が関税払い戻しを要求する権利を留保することを宣言した上でいったん、通常の最恵国待遇(MFN)関税を支払い輸入、C/O到着後、一定期間後に特恵マージン分の払い戻しを受けることになる。
しかし、これら還付制度を有している国はASEANではほとんどなく、インドネシアやマレーシアではタイと同様の還付制度がないため、貨物が到着して以降、C/Oを入手するまでの間、コストを承知で税関内に留め置くか、通常輸入と同様にMFN関税を支払い、貨物を出すしかない。
在ASEAN日系企業のFTA利用上の障害
◆2つの制度の違い
ASEANはC/O発給時間の短縮と手続きの簡素化・円滑化、AFTA利用の拡大を目指し、「自己証明制度」導入に向けた取り組みを開始した。
10年8月にベトナム・ダナンで開催されたASEAN経済相会議で同制度のパイロットプロジェクト実施にかかる覚書(MOU)をシンガポール、マレーシア、ブルネイの3カ国が署名、実施した。また、2011年10月からタイも参加している。
ASEANが実験的に実施する自己証明制度パイロットプロジェクトの利用対象は全ての製造者・輸出者ではなく、予め発給部局がその利用を認めた「認定輸出者」に限られる。
一方、同制度に参加していないインドネシア、フィリピン、ラオスはまず3カ国間で別な自己証明制度(PP2)を設計・運用を開始した。これら3カ国は12年8月にカンボジア・シエムレアプで開催されたASEAN経済相会議にあわせてMOUを締結している。PP2は14年1月から運用が開始されている。
PP2はPP1に比べ、より利用制限的になっている。具体的には、①認定輸出者は「製造事業者」のみ②「原産地申告文言」の記載は「商業インボイス」のみ③署名権者は「3人」まで――などである。
そのため、現在ASEANで長年運用されてきた第三者証明制度の下、フォームD取得が出来る商社や、輸出業務を製造法人に代わって一元的に統括法人が行っている場合、PP2では「利用対象外」になる。また、「原産地申告文言」の記載はインボイスに限られていることから、リ・インボイスによる仲介貿易では自ずと利用出来ないことになる。
今や在ASEAN日系企業の3社に1社が仲介貿易を利用しており、それら企業からPP2に対する懸念の声があがっている。ASEANは14年中に2つの自己証明制度を評価し、AECが完成する15年末までにASEAN10カ国で利用が可能な「ASEAN地域自己証明制度」を稼働させる方針である。その際、PP2のこれら利用制限的な要素が、新制度に組み込まれた場合、利用出来ない企業が続出することになりかねない。
2つの自己証明制度の統合に向けた検討が間もなく開始される。制度がPP2に近づかないよう、企業自身がPP参加企業になり、声をあげていくことが肝要である。残された時間は少ない。(続く)
(※注)ただし、2008~11年までの進捗率の計算方法とは異なり、比較出来ないことに注意を要する。
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