п»ї 「格差と貧困」という視点:「ポピュリズム」その1 『視点を磨き、視野を広げる』第39回 | ニュース屋台村

「格差と貧困」という視点:「ポピュリズム」その1
『視点を磨き、視野を広げる』第39回

3月 05日 2020年 経済

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古川弘介(ふるかわ・こうすけ)

海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。

はじめに:本稿の狙い

ポピュリズムについて考えてみたい。ポピュリズムは、「大衆迎合主義」と訳されるように、南米のような貧富の差が大きく、民主主義制度が十分に定着していない国で見られる極端な政治手法というのが、日本での一般的なイメージだ。しかし、福祉国家で知られ民主主義が高度に発達した欧州先進諸国で、近年ポピュリズム政党が影響力を増していると聞くと、戸惑いとともに不安を覚える。明治維新以降、日本が近代化のモデルとしていた西欧先進国で何が起こっているのか、あるいは同じように安定した民主制度の下での福祉国家である日本は大丈夫かという思いにとらわれるからだ。

今回参考にするのは、社会学者水島治郎の『ポピュリズムとは何か――民主主義の敵か改革の希望か』である。水島は、まずポピュリズムには二つの定義があると言う。第一の定義は、リーダーの政治戦略・政治手法としてのポピュリズムである。例えば自民党の小泉元首相が郵政改革でみせた大衆に直接訴えかける政治手法がその例だろう。既成政党の中から出現する政治家固有のポピュリズムである。第二の定義は、より大きく政治運動としてのポピュリズムに焦点を当てるものである。本書では、後者の立場をとり、ポピュリズム政党出現の背景を探っていく。

本書ではまず、ポピュリズムを「人民」の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動と捉える視点を提示する。その上で、なぜ欧州でポピュリズム政党が勢力を伸ばしているのかを各国別に分析し、共通の要素を見いだす。そして、ポピュリズムは現代デモクラシーが生み出したものだとするのである。示唆的な指摘である。水島の主張を整理した上で、ポピュリズムについて考えてみたい。

ポピュリズムの特徴

水島はポピュリズムの特徴として、次の四つを挙げる。

①自ら人民を直接代表すると主張する

②既成政治家や社会のエリート層を批判する

③カリスマ的リーダーの存在

④イデオロギー的に薄い

「 ① 人民を直接代表する」という主張は、人民主権と多数決制を擁護しており、その意味で「本質的に民主的」だとする。すなわち、ポピュリズムは民主主義の敵などではなく、むしろ民主主義そのものではないかというのである。そしてその裏返しとして「 ② エリート批判」があると言う。既成政党は右であれ左であれ、「エリート=上の階層」を代表しており、自分たちは見捨てられていると考える大衆の「下からの運動」がポピュリズムだと位置づけるのである。

また、「 ③ カリスマ的リーダーの存在」は、直接的な大衆とのコミュニケーションを通じて選挙に勝利するための不可欠な要素だとする。既成の政治家が政治的配慮から慎重な発言をしがちなことに対し、カリスマリーダーの歯に衣を着せぬ発言は、大衆に一種の爽快さや、自分たちの思いを「言ってくれた」という満足感を与える。しかし一方で、カリスマリーダーへの依存は、「 ④ イデオロギー的な薄さ」に通じると言う。これはインテリ層には魅力的と映らないだろう。インテリが支配するマスコミで、ポピュリズムが低い評価を受ける理由でもある。しかしながら、「薄い」分、柔軟な政策が可能となると見ることもできる。こう考えると、大衆が望むことに素早く焦点を合わせて、直接訴えかけることで支持を得るには適していることになる。日本でも見られるように、本来「下」の階層の受け皿であるべき既成の左翼政党が、教義に縛られて時代環境の変化についていけず、支持を得られなくなっているのと対照的である。

近代デモクラシーの二つの原理

本書では、ポピュリズムを理解するにあたって、近代デモクラシー(民主主義)についての定義を紹介している。それによると、デモクラシーには二つの原理――「立憲主義的解釈」と「ポピュリズム的解釈」――があると言う。

「立憲主義的解釈」とは、「法の支配、個人的自由の尊重、議会制などを通じた権力抑制を重視する立場であり、「自由主義」的な解釈」である。一方「ポピュリズム的解釈」とは、「人民の意思の実現を重視する。統治者と非統治者の一致、直接民主主義の導入など、「民主主義的要素を前面に出す立場」である。本書では、このどちらの立場にあるかでポピュリズムに対する評価が変わるという。前者の自由主義の立場からは、ポピュリズムに警戒的である。一方、後者に立てば、ポピュリズムに「真の民主主義」を見いだすのである。

日常生活において、わたしたちはこの二つの解釈をうまく使い分けているように思う。それは新聞を見るとよくわかる。社説に出てくる「民主主義」は、立憲主義的解釈に立つ「正論」である。これに対して、政府を批判する記事にみられる「民意を無視している」といった主張は、ポピュリズム的解釈に基づく民主主義といえる。したがって両方の解釈が成り立つのである。

ポピュリズムとデモクラシーの関係

水島は、「どちらの要素もデモクラシーにとって欠くことができない」とする。ポピュリズムはデモクラシーの要素として否定できないということである。したがって、ポピュリズムとデモクラシーの関係は「両義的」だということを認識すべきだと言う。良い面と悪い面があるということである。良い面とは、民主的手段を使った民衆の政治への参加を通じて「より良き政治」を目指す運動であるということである。悪い面とは、「人民」の意思としての多数派原則を重視するあまり、弱者やマイノリティーの権利が無視されることだとする。急進的な改革を求めて、抑制と均衡というデモクラシーが持つ微妙なバランス感覚を破壊してしまうということであろう。

欧州の現状

水島は、安定的なデモクラシーの有無によってポピュリズムが与える影響に違いがあるとする。デモクラシーが安定していない国ではデモクラシーへの脅威となって現れるが、安定した国ではむしろデモクラシーを活性化させる効果があると評価するのである。前者が南米、後者が欧州であろうか。本書では両地域の多くの国を取り上げているが、ここでは欧州についての分析を見ていくことにする。なぜなら、欧州でのポピュリズム躍進の要因として、冷戦の終結とそれによって活発化したグローバル化やEU(欧州連合)統合の進展を挙げているからであり、それらの要因は(特にグローバル化は)日本にも影響をもたらしているからである。

本書では、欧州でのポピュリズム政党伸張の理由として次の三つを挙げる。

①既成政党の同質化:冷戦の終結(1989年)で左右の思想を代表してきた既成政党の求心力が弱まり、政党間の政策距離が縮まった。そしてEU統合の進展に伴って、規制緩和、歳出抑制、福祉支出削減などの諸改革が求められたが、既成政党はこれを受け入れざるを得なかった。唯一ポピュリズム政党だけがこれらの政策に正面切って反対することで人々の支持を得ていった。

②政党・組合など既成組織・団体の弱体化と無党派層の増大:政党や団体の指導者は既得権の擁護者であり政治的エリートとみられ、反対にしがらみがないポピュリズム政党が無党派層の支持を集めた。

③グローバル化に伴う格差の拡大:「勝ち組」と「負け組」の二極分化が顕在化し、後者の「負け組」は、グローバル化やEU統合を一方的に受け入れる政治エリートに対する不信を高める。その状況に対し、ポピュリズム政党は「負け組」を代表する存在として、グローバル化やEU統合に反対し、支持を集めることに成功した。

上記の三つの理由が示すのは、冷戦終結による先進国の経済・社会構造の変化が背景にあるということであり、本書の分析もその点に焦点を当てている。しかしそれ以前に西欧先進国は移民社会化が進んでいたという事実を認識する必要がある。ドイツ(当時は西ドイツであるが以下、ドイツと表記する)を例にして移民社会化の経緯を確認しておきたい。

ドイツでの移民労働者の受け入れは、戦後の高度成長を背景に1950年代から始まった。当初は3年働いて帰国してもらい、新しい人を受け入れるという「ローテーション政策」を採用していた。しかし仕事があり社会保障が充実しているドイツから帰国しない人が多く定住化が進む。家族を呼び寄せ、結婚し、子供ができてコミュニティーを形成していく。従来からのドイツ人社会と移民社会の二つの社会の並列状態が続く。しかし冷戦終結で、自由、平等、人権といった普遍的価値への信念が強化され、EU統合を深化させる中で、帰化要件の緩和(一定期間住んだ外国人に権利としての帰化を認めた/1990年)、国籍法の改正(出生主義の導入→単一民族ナショナリズムの崩壊/2000年)、移民法の制定(2005年)が行われ、名実ともに移民国家となる(*注1)。現在ドイツの人口約8200万人のうち、移民の背景を持つ人が約1000万人、外国人約900万人であり、合計で約1900万人(人口の23%)を占めている。最も多いのはトルコ系で約300万人である(*注2)。

以上はドイツの状況であるが、フランスをはじめ他の西欧先進国も同じである。西欧先進国は、移民を経済的理由で受け入れたが、その恩恵を受けるのは経営者やホワイトカラー層、技術者層などであり、雇用がかぶるブルーカラーの底辺層は反感を募らせる。こうした構造が移民排斥を唱えるポピュリズム政党躍進の温床となったのである。ここでは、欧州の3大大国であるドイツ、フランス、英国とオランダについて本書の分析をみていきたい。

<ドイツ「ドイツのための選択肢」>

ドイツは戦前のナチス台頭への反省から、ポピュリズム政党の進出を阻止する仕組みが作られていたとされる。具体的には、選挙制度が新党参入を防止するルール(最低得票率5%以上)をもつこと、政党の右派的主張には法的制約があることなどである。また、国民感情として、ナショナリズムや排外主義といった極端な主張に対する拒否反応があることも、ポピュリズム政党が政治的影響力を持つことを困難にしていたとされる。

しかし、2013年に創設されたポピュリズム政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」は、急速に影響力を増していった。主要政策はEUへの批判、ユーロ解体、自国通貨の再導入などであり、本書ではこうした経済・通貨面の主張を掲げる「安心できる」政党として現れたことが成功の要因としている。初代党首はハンブルク大学経済学教授のベルント・ルッケであり、中核となったメンバーは経済学者や中小企業経営者が多かった。しかし2015年に党首が替わり(フラウケ・ペトリ新党首)、反移民・難民に傾斜していく。本書では、移民・難民問題やイスラム過激派のテロなどの問題に対し、(既成政党と違って)明確に反対の主張を行うことで、失業率の高い旧東独地域や(大都市よりも)地方に支持を拡大していったことが躍進につながったとしている。これは反EU、反グローバル化という同党の主張が、その恩恵を受けていないと感じる人々に支持されたということである。同党は、連邦議会で第3党の地位を得ており、また各州議会(ドイツは連邦共和国であり16ある州の権限が強い)でも勢力を増している(*注3)。

<フランスの「国民戦線」>

フランスも移民大国である。ドイツと同じように、第2次大戦後の高度成長期に受け入れた外国人労働者が定住化して移民人口が増えた。中でも旧植民地があったアフリカ出身者が多いことからイスラム教徒の人口が570万人(人口6700万人)とEUで最大である(*注4)。

本書では、反共産主義の極右政党として出発した「国民戦線(1972年創設され初代党首はジャン=マリー・ル・ペン)」は、1980年代に自国民第一を唱え、移民排除と福祉重視を組み合わせる「福祉排外主義」に転じたとする。さらに1990年代にはグローバル化やEU統合を批判して勢力を伸ばした。現在は娘のマリーヌ・ル・ペンが党首に就任して穏健路線を明確にし、父親のジャン=マリー・ル・ペンを党から追放することで右翼政党というイメージを一掃した。党勢は拡大しており、2014年の欧州議会選挙ではフランスで第一党となった。マリーヌ・ル・ペン党首は、2017年の大統領選挙では決選投票に残ったが、最終的に現大統領のマクロンに破れた。

フランスは経済の低迷と失業率の高止まりに苦しみ、、マクロン大統領は、経済構造の変革による経済の活性化を目指して新自由主義的な規制緩和路線(労働市場緩和、年金改革など)をとっている。また、EU統合を更に進める立場でもある。国民戦線はこれに対して、反グローバル化、反EU、反移民を掲げて勢力を伸ばしている。さらに2015年にはイスラム過激派によるパリ同時多発テロが起きて、反移民の動きを強めている。国民戦線は2018年に党名を「国民連合」に変更して、一層の党勢伸張を目指しており、次期大統領選挙(2022年)では勝利する可能性も否定できないといわれる。

<オランダ「自由党」>

オランダは移民・難民に寛容な開かれた国として知られていた。しかし1990年代以降、移民・難民の増加を背景に、ポピュリズム緒政党の活動が活発化する。その中で、最終的に勢力を伸ばしたのが「自由党」である。自由党は、正式党員は党首のヘルト・ウィルデルス1人のみのバーチャル政党である。政策の特徴は、徹底したイスラム批判である。「自由」を至上の価値とし、それを脅かす存在としてイスラムを批判する。同時に、男女平等の促進やLGBTの権利拡大といったリベラル的政策を打ち出している。2017年の下院選挙では第一党となると見られたが、中道右派の自由民主党が議席を減らしながらも第一党(33議席)を確保した。ただ自由党は20議席(150議席中)を占める第二党であり、確固たる勢力を維持している。

オランダは、デモクラシーが定着し、市民的自由や人権の保障、福祉の充実などは国際的にも最高水準に位置し、高い経済競争力とも両立している国である。それゆえ自由党は、反民主的・人種差別的イデオロギーに基づき移民を排除するのではなく、「リベラル」な価値を守り、「デモクラシーを守る」がゆえにイスラム系移民を排除するという論法をとるとされている。また、前述の自由民主党(中道右派)の下院選挙での勝利は、同党のルッテ党首が選挙直前にイスラム国であるトルコに対して、移民対応で厳しい態度をアピールしたことが有権者に評価されたといわれており、そこに既成政党の変化(ポピュリズム政党に対抗するため反移民的姿勢を取る)を読み取ることも可能である(*注5)。

<英国「英国独立党」>

英国のEU離脱を問う国民投票(2016年6月)で、大方の予想に反し離脱派が勝利したが、その運動に大きな影響を与えたのが、ポピュリズム政党の英国独立党であった。英国独立党は欧州議会選挙を通じて勢力を拡大し、2015年には欧州議会選挙で第一党になった。英国は小選挙区制のため二大政党に有利で、小政党は国政選挙での議席獲得が難しいが、欧州議会選挙は比例代表制で一定の支持を集められれば議席獲得が容易であるからだ。ただし地方議会では着々と議席を伸ばしている。グローバル化の恩恵を受けるロンドンに対する地方の不満、地域間格差に対する反発を追い風にして、地方の一般有権者における階級を越えた支持を作り出すことに成功したからだとされる。

英国独立党がターゲットとしたのは、「置き去りにされた人々」だと言われる。それは、低学歴の中高年白人労働者層を中核とする人々であり、産業構造の変化によって雇用の危機に直面している人々だ。しかし大学進学率が上昇した結果、若い人々は大卒で専門職に就いている人が多い。ロンドンなどの大都市に住み経済的に恵まれた立場にいると言っていいだろう。こうした社会の分断は価値観の分断をもたらし、中高年世代は移民・外国人に対して否定的態度で、英国に対するアイデンティティーが強い一方、EUに批判的である。他方、若い世代は移民や外国人に対する意識はむしろ「寛容」であり、英国に対するアイデンティティーが薄い一方、EUに対する親近感が強いとされる。既成の政党はこうした現実に目を背け、そこに切り込んだ英国独立党が勢力を伸ばしたというのである。

これらの国々のほかにも、移民大国であるスイス(国民投票を通じたポピュリズム)、デンマーク、ベルギー、オーストリアの状況が報告されているが、欧州のポピュリズム政党の伸長は想像以上であり、今後も政治的影響力を増していくものと考えられる。国によって状況に違いはあるものの、共通した背景としてグローバル化やEU統合の進展がある。それによって恩恵を受ける人と受けない人の差が広がり、格差の拡大につながって社会の分断を招いていることが、ポピュリズム政党伸長の要因となっているのである。この点に関し、ハーバード大学ダニロドリック教授の「世界経済の政治的トリレンマ」(*注6)という説が興味深い。

ロドリックの「世界経済の政治的トリレンマ」

ロドリックは、「国家主権」、「民主主義」、「ハイパーグローバリゼーション」の三つの要素が同時に満たされることはない(トリレンマ)という仮説を提唱する。なお、現在の世界経済はすでにグローバル化(グローバリゼーション)しており、工場を海外に移転する、あるいは移民労働者を受け入れることは一般化している。貿易も自由貿易が基本である。しかし、そうした現在の基本モデルにおいては、国際間のルールは共通化しても、国内市場のルールは各国の主権に任せている。しかし、グローバル化が進むと国内ルールまで国際ルールに合わせようという動きがでてくる。これを「ハイパーグローバリゼーション」と呼んでいる。小泉改革で国際基準(実際には米国のルール)にしたがって規制緩和(国内ルールの変更)が必要だという主張が行われたことは、この例である。

では世界経済の政治的トリレンマとは何かを見てみよう。

①「国家主権」と「民主主義」の組み合わせ→「ハイパーグローバリゼーション」と対立する

②「国家主権」と「ハイパーグローバリゼーション」の組み合わせ→「民主主義」が成立しない

③「民主主義」と「ハイパーグローバリゼーション」が組み合わさると→「国家主権」が成り立たない

現在の基本モデルは①であり、国際間の貿易は自由貿易ルールに従いつつ、国内市場のルールは各国の主権に任せる。国際間の自由貿易ルールを国内ルールに押し付ける「ハイパーグローバリゼーション」とは相容れないことになる。国際間の調整が必要な場合は、WTO(世界貿易機関)などの国際機関を通じて行われる。②の組み合わせは中国だと解釈される。国家の政策によって国内の慣行(人々の生活)を壊して徹底した市場経済化(「ハイパーグローバリゼーション」)を進めるが、それに反対する民主主義は認めないからだ。また③はEUだとされる。EUでは民主主義的に政治が行われているが、域内では国家主権を超えた統一ルール(「ハイパーグローバリゼーション」)が適用されているからだ。すなわち、域内の共通ルールとして加盟国に域内の資本と労働の移動の自由を求める。EUの東欧諸国への拡大によって、安価な労働力が西欧諸国に流入する。資本は安い労働力を求めるので、影響を受けるのが西欧の単純労働者である。こうして統合によって利益を受ける中上流層と下流層の経済的利害が対立する。その典型的な現象が英国のEU離脱問題である。この観点に立てば、EU離脱は「国家主権(労働市場のルールは自国で決める)を、民主主義を通じて取り戻す行動」ということになる。

本稿のまとめ

欧州で現在起きているポピュリズム現象は、冷戦終結によって「左右」のイデオロギー対立が消滅する一方で、グローバル化とIT・情報革命、新興国の台頭によって先進国内の格差が拡大して「上下」の対立が顕在化していることが背景にあると考えられる。イメージしやすいように、それを図表に表わしてみた(図表1.参照)。

産業構造の変化に対応し恩恵を享受できる人々と、恩恵を受けられない人々の二極化が進む。恩恵を受ける人々は、資産家や企業経営者、技術者や管理職層や大企業の正規労働者層である。これを上の世界とする。恩恵を受けられない層は、非正規労働者や零細自営業などからなる低所得層である。これを下の世界と呼ぶ。上の世界から見れば、グローバル化もIT・情報革命も経済・社会の進歩を示すものであり、社会の発展にとって望ましいことである。彼らは社会の中でなんらかの組織や団体に属しており、既成政党を通じて政治的意思表示が可能である。しかし下の世界の人々にとって、グローバル化やIT・情報革命は、雇用を奪う、あるいは低賃金を強いる存在だ。こうした人々は、社会の進歩や繁栄から「置き去りにされた」と感じる。組織や団体とのつながりは希薄で、政治的意思表示をしようにも応えてくれる政党はない。そこにポピュリズム政党が登場して民意をくみ取り、反移民、反エリート、反グローバル化を唱えるのである。

しかしながら本書では、ポピュリズム政党の伸張を過度に悲観的に考える必要はないという。なぜならポピュリズムは、民意の反映というデモクラシーがもつ重要な役割を果たしているからだ。デモクラシーを制度として維持していく以上、ポピュリズム的要素を否定することはできない。ただし排外主義と結びついて過激な政策に走る危うさがあることも事実である。こうしたポピュリズムの両義性を理解して、既成の政党が自己変革を進めることによって、ポピュリズム政党を政治の枠組みの中に取り込んで安定化させていく可能性に希望を見いだすのである。

日本はこうした欧州の現状から何を学ぶべきだろうか。人種、宗教、歴史的背景など違う点を指摘することは容易であるが、ポピュリズムを生み出す背景となったグローバル化やIT・情報革命は、日本にも影響を与えて産業構造の変化を促し、すでに非正規労働者は4割近くに達しているように雇用は不安定化している。そうした状況を改善せずに、労働力が不足するからといって外国人労働者を安易に増やしていいのだろうか、あるいはグローバル化をどこまで進めれば良いのだろうか。それを考えるとき、思い出す言葉がある。スイスの作家マックス・フリッシュ(1911〜91年)の「我々は労働力を呼んだ。だが、やってきたのは人間だった」である。外国人労働者を「労働力」とみなして増やしていくと、ある日突然人間であることに気付かされることになる。国内の低所得層を「生産性の低い人」として無視し続けると、やがて人間であることを思い知らされることになる。欧州のポピュリズムから学ぶことは多いのではないだろうか。

<参考図書>

『ポピュリズムとは何か――民主主義の敵か改革の希望か』(水島治郎著、中公新書、2016年)

<注記>

(*注1)「ドイツ在住トルコ系移民の社会的統合に向けて」石川真作東北学院大学教授による文化人類学的見地からの分析。

(*注2)「ドイツで増大する移民と経済への影響」住友商事グローバル・リサーチ調査レポート(2017年11月28日付)

(*注3)2019年10月ドイツ中部チューリンゲン州の議会選挙で、与党「キリスト教民主同盟」は第1党から第3党に転落し、「ドイツのための選択肢」が第2党に躍進した。得票率は23.4%(前回は10.6%)。第1党は「左翼党」。(出所:BBCニュースJAPAN、2019年10月28日)

(*注4)NHKオンライン「外国人‘依存’ニッポン」第2回「フランス」2019年4月25日。テロ事件は2015年1月に新聞社「シャルリ・エブド」が襲撃され、17人が犠牲に。11月コンサートホールなどが襲撃され、130人が犠牲になった。

(*注5)出所:「オランダ選挙、反移民極右政党の伸び悩みをどう見るか」小林恭子;現代2017年3月17日

(*注6)松原隆一郎放送大学教授『経済政策――不確実性に取り組む』第13章「市場と経済構造」を参考に再構成。

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