古川弘介(ふるかわ・こうすけ)
海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。
◆はじめに:日本の長期低迷はICT化の遅れが原因
「ニュース屋台村」4月24日付の小澤仁氏の「時価総額上位10社から見る産業の変遷と日本の凋落」を読んだ。小澤氏の日本の現状に対する危機感が書かせた文章だろうと思う。同じように日本経済の絶頂期を経験し、海外で長く仕事をして日本の評価の変遷を直接肌で感じてきた身としては、全くもって同感としか言いようがない。
これは小澤氏の問題提起だと思うので、自分の考えを書くことにした。日本は約30年前のバブル崩壊以降、経済の長期低迷が続いている。最初の頃は「失われた10年」と言われた。バブルの後遺症対策が採られたが、デフレが続き「失われた20年」と言われるようになった。そして平成は終りを迎えたが、平成の30年間は「失われた時間」であったという総括も多く見られた。
この30年の間に日本の名目GDP(国内総生産)は、米国に次ぐ世界第2位から中国に抜かれて第3位に下がったが、それよりも世界全体のGDPに占める割合が16%から6%に低下していることの方が、日本が置かれている実態をより反映していると思われる。図表1に見るように30年間で世界全体のGDPが4.3倍と大きく伸び、主要先進国も米国は3.5倍、ドイツや英国も2.5倍程度伸ばしているのに対し、日本は6割しか増えていない。日本の低成長が際立っているのである。
なぜそうなったのかについては諸説あるが、最大の原因は、1990年前後に起きた世界的な大変化への対応に後れを取ったことだと考えている。大変化とは、ICT(情報通信技術)革命の進行とグローバル化の加速である。日本は敗戦後の混乱からいち早く立ち上がり、大企業による大量生産方式を確立することに成功した。その要因は、戦時体制に起源を持つ日本型企業モデル(終身雇用、年功序列賃金)による雇用の安定、企業系列、官僚主導の安定した政策運営などであった。しかしその最大の強みが、ICT革命とそれによって加速化するグローバル化への対応において、大きな制約要因となったのである。改革が試みられたがスピードは遅く、雇用、行政システムに依然課題を残したままである。
それが、最近の新型コロナウイルス対策においても政策の自由度や迅速な実施の制約となって表れているのではないだろうか。官僚主導の安定した政策運営は、他方で縦割りの硬直的な行政システムの温存をもたらし、ICTの活用によるデジタル化や集約情報の連携などの事務効率化が進んでいない。効率化が不十分な状態で予算・人員を減らした結果、どの省庁も人手不足に苦しみ、やむなく職員の非正規化でやりくりしている(*注1)。
今回のコロナ禍対応の最前線に立つ保健所の規模も縮小されてきたことが、感染検査に手が十分回らない事態の背景にあるとみられている。教育においても、オンライン授業への転換がインフラ未整備のため、遅れている。さらに、特別定額給付金(10万円)の支給では、所得把握を含めた個人情報のデジタル化の遅れが露呈した。困窮者を特定して迅速に給付金を支給できないことが分かったのである。やむを得ず国民全員に一律でお金を配ることになったが、事務処理は郵便でのやり取りが中心となるようだ。マイナンバーカードがあれば、オンライン申請もできるが、システム上重複申請が可能な設計にしてあるため何度も申し込む人がいて、その確認作業で役所の職員が忙殺されているという(*注2)。また、オンラインと書面の重複申請がないかどうかの確認も人間が行うようだ。
マイナンバーカードは本来、行政手続きのデジタル化に不可欠のインフラとなるはずだった。しかし導入まで国会で紆余(うよ)曲折があって時間がかかり、導入で安心した主管の総務省は普及に熱が入らなかったようだ(今年1月15日現在で普及率14.9%)。その際、メディアは「作っても何のメリットもないから失敗した」と批判したが、それ以上テーマを掘り下げずに興味を失ってしまったことには失望した。ただ、ここで責任論を議論しても事態は改善されないので、取り組むべき課題が明確になったととらえて、今後の施策に生かしていくべきだ。
民間企業も政府を批判できる立場ではない。例えばテレワークに様々な課題が見つかっている。スマホは最新式でも自宅のパソコンは性能不足、あるいはテレワークに不可欠なセキュリティー対策が未整備(多数の社員が利用することを想定していなかったキャパシティーの問題も含めて)などが報道されている(*注3)。普段からテレワークができる体制を整備してこなかったツケが回ってきたのである。
なお、これは大企業の話である。中小企業では体制整備はさらに遅れていると思われる。また、テレワークを実施していても、結局出社してハンコを押さなければ仕事が前に進まないといった問題も出ている。ICT化というのはシステムや機械を導入するだけでは機能しない。仕事の仕方そのものを見直さなければいけないという例である。ただ、「テレワークを始める前は心配したが、やれば結構快適だと分かった」という肯定的な声も聞く。危機をチャンスに変える良い機会だと考えたい。
日本経済の長期低迷の根底には、このようにICT化やデジタル経済への対応の遅れがあるのではないだろうか。そう考えて、今回は深尾京司一橋大学教授の『「失われた20年」と日本経済――構造的原因と再生への原動力の解明』を取り上げることにした。同書は、日米欧の長期データの分析を通じて、日本はICT投資で米国に大きな差をつけられ、欧州と比較しても投資額が少ないことを指摘する。日本にはICT機器を製造する大企業があるが、ICT製造企業以外の製造業や非製造業のICT投資が非常に少ないことが経済全体の停滞につながっているというのである。
まず、議論の前提となるICT革命とグローバル化の歴史的背景を確認した上で、本書が提起する日本の課題について考えていきたい。
◆冷戦の終了によるグローバル化の加速とICT革命
20世紀のイデオロギー対立の歴史は、世紀末を目前にして社会主義が自壊した結果、資本主義の勝利によって終わった。それを象徴する出来事が1989年11月のベルリンの壁崩壊であった。同じ年に中国では天安門事件が起きて、改革開放路線が一時中断を余儀なくされた。一方、日本は平成元年を迎えてバブル景気の真っ只中で、歴史の転換を冷静に考える余裕がなかったように思う。年末には日経平均株価(終値)が史上最高値3万8915円をつけた。なお同日のニューヨークダウ終値は2753ドルであった。その後の日経平均はアベノミクスによる株高があっても当時の最高値に遠く届かない水準であるのに対して、米国のダウはコロナ禍で暴落した後の今年4月末でも2万4345ドルと当時の9倍近いのである。日本の停滞を象徴する数字である。
さて、ベルリンの壁崩壊は冷戦の終了を意味したが、それはその後の経済・社会に大きな影響を及ぼす二つの潮流を生み出した。一つは全世界が一つの市場となったことでグローバル化の流れが加速化したことである。その背景には、市場万能主義を唱える新自由主義思想の台頭があった。もう一つの潮流は、冷戦の終了で軍事技術が民間に開放されたことによって生まれた。その代表が「インターネット」である。インターネットは、米国防総省が資金提供したプロジェクトが起源となり、1989年に初の商用ネットワークがスタートした(*注4)。ここからICT革命が本格化する。そしてICT革命はグローバル化を一層加速したのである。なお、1970年代半ばに米国ではアポロ計画の終了によりロケット科学者と呼ばれた理工系の人材が金融に流れて、デリバティブや証券化、アルゴリズム取引など金融工学を駆使した商品を次々に生み出した。これによって金融資本主義が力を増し、ICT革命やグローバル化の潮流に乗って世界に広がっていく。米国西海岸のテック企業群と東海岸の金融資本が米国経済を牽引(けんいん)していくのである。
・グローバル化と日本
グローバル化は現代に特有の現象ではなく、19世紀末から20世紀初頭にかけての帝国主義の時代もグローバル化が進んだ。特に、1920年代の自由貿易を基調とする国際協調の時代は、グローバル化の最盛期でもあった。しかし、経済恐慌や植民地市場を巡る利害衝突によって国家間の対立が激化して、第2次世界大戦が始まり、グローバル化の時代は中断された。戦後は冷戦構造のもと、自由主義陣営では米国主導で国際機関・ルールによる調整を前提とした「管理されたグローバル化」の時代に入る。
日本の製造業は、そうした時代に大規模大量生産によって製造した高品質で安価な製品を、欧米向けに輸出することで世界に進出していった(当時は「国際化」と呼んだ)。その後、貿易摩擦の激化と円高に見舞われ、製造業は1980年代後半から海外直接投資、すなわち工場の海外進出をすすめた。そして冷戦が終了した1990年代には、グローバル化が加速し新興国が台頭してくる。製造業にとって競争が一層激しくなり、日本企業の海外直接投資は増大する。代表的な電機、自動車といった産業では、複数国の拠点をつないだサプライチェーンを構築して効率的なグローバル生産体制を確立した。この段階までは、日本の大企業はグローバル化にうまく対応したといえるだろう。しかし今世紀に入り、「ヒト・モノ・カネ」に加えてICT革命による「情報」のボーダーレス化が加わって、より高次のグローバル化の時代を迎えた。その対応が日本企業にとって大きな課題となっているのである。
ただし現在のグローバル化は、自由貿易による互恵にとどまらず、新自由主義と結びついて世界の単一市場化を志向している。市場が一つになればルールも一つでなければならない。それは米国発のルールなのであるが、すべての国にそれを押し付けようとする。こうした動きを国家の枠組みを超える「超グローバル化」ととらえ、国民国家の危機と考えて反対するのが、前回取り上げた欧州のポピュリズム政党である。とはいえ、まだ少数派である。
しかし、今回のコロナ禍によって力関係が変わるかもしれない。グローバル化による人の自由な往来で感染症が一気に世界中に広まったという直接的な影響だけではなく、経済の面でもグローバル化の負の側面が顕在化しているからである。精緻(せいち)に築き上げられたサプライチェーンは寸断され、今後抜本的な見直しを迫られるだろう。今回のように世界全体が影響を受ける事態を想定すれば、海外工場の自国回帰が選択されるかもしれない。また、医療用器具や衛生用品が本当に必要な時に供給されるように自国で作るべきだという意見が各国で強まっている。米国の国際政治学者イアン・ブレーマーはコロナ禍後の世界について、ナショナリズムや保護主義が強まり、各国は生産の自国回帰で相対的に高くなるコストを吸収するために、AI(人工知能)やビッグデータ、ロボット工学といったICTの活用によるコスト削減競争が激化すると予想している。日本企業にとってICT化の対応の遅れが、致命的な弱点になるかもしれないのである。
・ICT革命
インターネットの発達、コンピューターの高性能化・低価格化、通信の大容量化・高速化といったICTの革新と普及によって個人や企業の活動に大きな変化がもたらされた。そうしたICTがもたらした経済の姿を「デジタル経済」と呼ぶ。デジタル経済においては、新しいビジネスモデルが生まれ、新しい企業が現れた。こうした環境変化に最も適合したのがGAFAに代表される「プラットフォーマー」と呼ばれる企業である。そこでは蓄積された膨大な情報が価値を生みだす。「リアル(現場)」ではなく「デジタル」が価値を持ち膨大な収益を生むのである。
プラットフォーマーはグローバル化の流れに乗って世界の市場を支配していき、市場の単一化を通じてグローバル化を一層促進した。しかし日本は巨大プラットフォーマーを生み出せなかった。欧州も同様である。米国がそれを成し遂げ、追随できたのは巨大国内市場を保護して時間を稼いだ中国だけであった。
日本でなぜGAFAのような新しいビジネスモデルをもった企業が現れなかったのか。さまざまな理由が考えられるが、本書は日本の課題をそうした方向に求めるのではなく、むしろ日本企業全体がICTの活用において後れを取っているのではないかという問題を提起しているのである。
◆長期停滞の構造的原因:「貯蓄超過」
本書は、日本の長期低迷の構造的な原因として、貯蓄超過と投資減速をあげる。長期低迷の原因については、バブル崩壊後のデフレ、金融機関の機能不全、企業のバランスシートの毀損(きそん)による需要の低迷だとする説がある。しかし一時的な要因が概ね解消された2000年代以降も需要不足は続いた。その根本に1970年代から継続していた長期にわたる貯蓄超過問題があるからだというのが本書の主張である。
なぜ貯蓄超過(「貯蓄−投資」がプラス)になるのかについて、本書の説明は以下である。
(1)日本は先進諸国の中で民間貯蓄率が高いが、1960年代までの高度成長期には民間投資が極めて活発であったために、貯蓄超過が生じなかった。むしろ好況で設備投資が増えると資本財の輸入が増えて経常収支が赤字になる。そうすると外貨準備が不足して当局は金融引き締めを行うので、設備投資が減少して不況になるという景気循環サイクルが常態であった。
(2)しかし、1970年代に入ると貯蓄超過基調に変化した。それには、二つの構造的要因がある。
①1960年代以降生産年齢人口の成長率が大幅に鈍化した。この減速は、新規労働者に資本装備するための投資を不要にし、また資本労働比率上昇が資本の限界生産力逓減を通じて資本収益率を低下させたことにより、設備投資にマイナスの影響を与えた。
②製造業における欧米の生産技術水準への全要素生産性(TFP:後述)水準でみたキャッチアップ過程が1970年代初めまでにほぼ達成され、これに起因してTFP上昇率が1970年代以降低下した。TFP上昇率の低下は資本収益率の低下を通じて民間投資を減少させた。
次に「貯蓄超過」の何が問題かについて、以下のように説明する。
(1)一国全体の貯蓄と投資の間には、下記の事後的な恒等式が成り立つ。
(2)左辺の民間貯蓄が超過する場合には、右辺の三つの要素、すなわち①民間投資の加速(企業に貸す)②一般政府赤字(政府に貸す)③経常収支黒字(海外に貸す)――が使途となる。日本が1980年代後半に金融緩和によって①民間投資の加速を促進したときには、結果としてバブルが発生した。経済理論的には、為替介入による自国通貨の大幅安と③経常収支黒字の拡大によって自国財の供給過剰は解消されるはずであるが、この政策を長期間継続することは現実的には困難である。したがって、最終的に大部分の期間において民間貯蓄の使途は、②一般政府赤字であった。
なお、ケインズ理論に従えば、過剰貯蓄に有効な使いみちがない場合は、(需要不足による)国内不況によって過剰貯蓄が解消される。日本はこのような需要不足のリスクを1970年代後半から慢性的に抱えており、政策的に難しい状態にあったという問題意識から本書の議論が展開される。
◆供給側から見た長期停滞の構造的原因
続いて本書は、日本経済が長期停滞した原因について、供給側から成長会計を使って分析する。成長会計とは、経済成長を三つの要素に分解して成長の要因を明らかにしようとするものである。生産要素である資本及び労働の増加、全要素生産性(TFP)という三つである。
資本や労働は量的な生産要素であるが、TFPは生産の質による付加価値増加を表す。具体的には、技術革新、無形資本の蓄積、組織運営効率の改善等がそれに該当し、広義の技術進歩といえる。なお、TFPは量的に計測できないので、残差として計算される。
本書では、1970年以降の日本の1人あたり実質GDP成長率を三つの要素に分解して推移をみる。1990年を境に成長率が大きく低下しているが、TFP上昇率の大幅な下落が大きな要因となっている。日米欧の国際比較において、日本とEU(欧州連合)主要国は資本と労働の投入の差はあるものの、ともに同規模のTFP上昇率の低下を経験していること、一方で米国のみがTFP上昇率を加速させていることを明らかにする。そしてこの差は、1990年代半ば以降、米国でICT革命によりTFP上昇率が加速したからだと結論するのである。
◆ ICT革命は日本では不発
本書は、1980年代まで停滞していた米国の生産性が1995〜2000年代前半にかけて上昇しているが、これはICT革命によるものだとする。ICT産業(電子機器製造業、情報通信産業)の生産性の伸びは日米ともに大きいが、米国ではICTを使う産業、すなわち小売業、卸売業、運輸業などの非製造業やIT産業以外の製造業の生産性も大幅に上昇した。これは日本や欧州ではみられなかった現象だとする。
なぜ日本ではICTを使う産業の生産性が伸びなかったのか。それはICTを使う産業のICT投資が少なかったためだという。ICT投資は、資本サービス投入増加により生産を拡大するだけでなく、企業間や企業と消費者間のネットワークの効率化を通じて、TFP上昇を加速化させるが、日本では非製造業を中心にICT投資が長期にわたって停滞してきたという。その理由は予想収益率が低かったからだとするが、そうした状況を変革するには職場でバリアーが存在するという興味深い指摘をしている。
すなわち、米国では、ソフトウェア導入時には、安価なパッケージソフトを導入し、企業組織の改編や労働者の訓練により、企業側がソフトウェアに対応したというのである。一方日本では、企業組織改編や労働者の訓練を避けるために、高価なカスタムソフトウェアを導入することが多かったという。確かに日本では、仕事の効率化を目的にシステムを導入するが、それは現在の仕事に最適化された効率的なシステムを期待する。それが日本で言う「良いシステム」である。自分たちの仕事の進め方そのものをシステムに合わせて変えてしまおうという発想はない、あるいは現場がそれを受け付けない。このため日本では、ソフトウェア導入が組織の合理化や労働者の技能形成をもたらさず、また割高な導入コストや、異なったソフトウェアを導入した企業間の情報交換の停滞も相まって、ICT投資を阻害したと考えられるとするのである。そしてそれが日本の無形資産投資の少なさとなって表れているという。
◆無形資産投資の少なさ
無形資産投資とは、将来の生産のための支出のうち、有形固定資産投資(設備投資)以外のものをいう。例えば研究開発、デザイン、ソフトウェア、データベース、組織改編、広告宣伝、Off-JT(オフ・ザ・ジョブ・トレーニング=職場外研修)などである。
本書では、無形資産投資の国際比較を行っており、日本企業は研究開発投資は欧米先進国比トップレベルだが、組織改編やOff-JTといった企業の経済的競争力を強化する投資が少ないとする。また、活発な研究開発投資を背景に、製造業では労働生産性上昇への無形固定資産投資の寄与が相対的に大きいのに対し、非製造業では寄与が小さいとしている。そして特に無形資産投資全般が少ないサービス業において無形資産投資を促進することは、TFP上昇の促進につながると提言している。
また、Off-JTに関しては、日本はかつて活発なOff-JTが行われてきたにもかかわらず、最近低迷している理由は、非正規雇用が増えたことに起因するという。企業にとって労働コスト削減を目的に非正規雇用を近年急増させているが、それは一方で、労働の質およびTFPの上昇を停滞させる一因となっていると指摘するのである。
◆本書の政策提言
まとめれば、日本企業の生産性が長期的に停滞した理由は、①ICT投資の低迷②無形固定資産投資の少なさ③新陳代謝機能の停滞――などである。課題克服のために必要な政策は、①ICT投資加速による生産性向上②無形資産投資の促進③経済の新陳代謝機能の活性化――などとなる。また、こうした政策の成果実現を妨げている要因の改革にも力を入れるべきだとする。それは労働と関連しており、労働市場におけるセーフティネットを整備すると同時に労働の流動性を高める方策、あるいは正規・パート労働者間の不公正な格差の縮小に取り組むべきだとしている。
本書の提言は妥当なものであり、安倍政権においても成長戦略の中に採り入れている。しかし、現在までのところめぼしい成果が出ていない。原因の一つは、労働市場の改革が進まないからだと思われる。なぜなら「メンバーシップ型」と表現される日本型企業モデルは、法律ではなく慣行の集積によって形成されたものだからだ。仮にメンバーシップ型からジョブ型への転換に必要とされる社会保障のセーフティネットが整備されたとしても、すぐに大きな変化は期待できないだろう。この問題を考える時、いつもそこで思考が止まってしまっていた。しかし、今回の新型コロナ禍で働き方は変えられると感じた人は多いだろう。そしてその鍵は、ICTの活用が握っているのである。次回はそのために何をすればよいかについて考えてみたい。
<参考図書>
『「失われた20年」と日本経済――構造的原因と再生への原動力の解明』(深尾京司著、日本経済新聞出版社、2012年)
(*注1)「新型コロナ対応、厚労省の53%が非正規公務員の現実」今野晴貴(雇用・労働政策研究者)@Yahooニュース2020年2月27日付
(*注2)「1人で15回の例も・・・10万円オンライン申請、不安で何度も手続き?」2020年5月14日付神戸新聞NEXT
(*注3)パソコンのオペレーションシステムが古い(例えばWindows7はサポート終了)、あるいはCPU(中央演算処理装置)の能力不足が多いようだ。また、自宅と会社をネットで結ぶ時に必要なセキュリティー対策のVPN(仮想的な専用線)の未整備や容量不足も報道されている。
(*注4)米国国防総省は軍事利用のための先端技術の研究開発組織として、1958年高等研究計画局(ARPA)を設立。1967年に民間に資金提供する形で研究が開始されたのが世界初のネットワーク(ARPANET)である。これがインターネットの始まりとされる。ARPANETは1969年に西海岸の四つの大学(スタンフォード、UCLAなど)に機器を置いて接続する形で運用が開始された。(出所:一般社団法人日本ネットワークインフォーメーションセンター)
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