引地達也(ひきち・たつや)
特別支援が必要な方の学びの場、みんなの大学校学長、博士(新聞学)。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般財団法人発達支援研究所客員研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆「指導」は暴力
高次脳機能障がいと強迫性障がいがある岐阜県大垣市の女性が、障がい者雇用として働いていた特例子会社である名古屋市のウェブ制作会社からパワハラを受けたとして、会社側を「合理的配慮義務」違反として損害賠償を求めた裁判は今年3月、名古屋高裁において全面的に原告の主張を受け入れた和解内容で双方が合意し、成立した。
報告集会で、原告側の支援グループは、和解内容が障がい者雇用の現場や社会全体に浸透していく必要性を強調し、女性は「なぜみんなと同じことができない!」「特別扱いはしない」との発言で自分を追い詰めた会社側が主張する「指導」は「暴力であった」と振り返り、障がい者雇用で苦しんでいる人の助けになりたいと訴えた。
◆「申し訳なさそうに言え」
女性は13歳の時に交通事故に遭い、記憶など高次機能に障がいが残った。裁判記録などによると、被告企業は障がい者雇用を専門とする特例子会社で、2008年に入社。入社当初から自分の特性を示し、会社側も理解し対応していた。しかし担当者が替わると理解はなくなり、女性が障がいの特性上、「できない」と言うと「できないならもっと申し訳なさそうに言え」との返答。さらに「見えない障がい」を説明すると「障がい者が障がいの説明をするな」と拒絶されたという。2015年に休職し、16年に退職となった。
女性は2019年に労働審判を申し立て、和解案も提示されたが、口外禁止の条項が盛り込まれたことなどから岐阜地裁に提訴。岐阜地裁は2022年8月、会社側に合理的配慮義務違反は認められないとする棄却の判決を出した。判決は、いわゆる「個人モデル」の考えに基づき、会社側の主張に即した内容で、記憶障がいのある女性の意見の信用性は低い、と判断した。
◆「無理解」に対応
働く障がい者への無理解な判決だと原告側は名古屋高裁に控訴。「無理解」に対して障がい者の権利条約や国際基準を示し、根本から障がい者雇用に関する論述を示した。
名古屋高裁は和解案に口外条項を設けず、企業に対して以下の文言で合理的配慮を求めた。
「被控訴人は、障害のある労働者の雇用において、障害に関する正しい知識の習得や当該労働者との話し合い、適切な記録化及びその継続的な検証等を通じ、当該労働者の障害の特性に関する理解を深め、その特性に配慮した必要な措置を講ずるなど、当該労働者がその有する能力を職場で発揮する上で支障となっている事情を改善し、その他厚生労働省策定の合理的配慮指針に沿った合理的配慮の提供が円滑に行われるよう、組織的な職場環境の改善に努めるものとする」
◆質が求められる雇用
適正な記録化、継続的な検証とは、組織として適切なコミュニケーションを絶え間なく行うことと理解するころで、今後の「被害」が少なくなるかもしれない。意見陳述で原告女性は「自分の力で働き、自立した生活をしたいと願っており、多くの障がい者も同じ思いだ」との思いを胸に、被告企業の特例子会社は特に「あらゆる障がい者にとって数少ない働く場所であり、大切な居場所」だと指摘し、社会全体の問題だと訴えた。
和解には口外禁止条項がなくなり、私も参加することになった報告集会も開けることになり、言論と表現の自由を基本とする社会での健全さも保証されたことになる。集会で弁護団の一人は障がい者雇用をめぐり政府は法定雇用率で「数」の保証はしているものの、「質」の保証をしているとは言い難い、と指摘した。今後、政府も企業も「質」を考えての障がい者雇用を検討する必要性を示したが、それは支援者も含む障がい者雇用に携わるすべての責任と受け止めたい。
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