引地達也(ひきち・たつや)
特別支援が必要な方の学びの場、みんなの大学校学長、博士(新聞学)。文部科学省障害者生涯学習推進アドバイザー、一般財団法人発達支援研究所客員研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆耳を澄まして
2021年9月に施行された「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」(医療的ケア児支援法)は、「医療的ケア児の日常生活・社会生活を社会全体で支援」することを基本理念として、国や自治体に具体的な措置を義務付けている。施行から2年が経過し、各自治体ではどのような取り組みをし、そして医療的ケア児とその家族は支援によりこれまでの苦労が軽減されたのであろうか。
東京都大田区での関係者会議を傍聴し、この道筋はいまだ道半ばであるばかりではなく、対応する自治体からは尊重するべき「医療的ケア児」やその家族の声が聞けなかったのが気になった。これまで声を挙げにくかった彼・彼女らの声は「小さく」「少ない」のは当然だから、それに耳を澄ますことが必須である。政策を遂行するにはまずはその声にたどり着く、聴く、の工夫が求められる。
◆周知活動が少ない
医療的ケア児法に定められた国や自治体の責務は「医療的ケア児が在籍する保育所、学校等に対する支援」「医療的ケア児及び家族の日常生活における支援」「相談体制の整備」「情報の共有の促進」「広報啓発」「支援を行う人材の確保」「研究開発等の推進」である。大田区では同法施行以前の2018年から会議が設置され、区役所が主導して関係機関の会議が行われてきた。
傍聴した8月の会議では東京都が設置した「医療的ケア児支援センター」の現状の報告があった。このセンターは区部として東京都立大塚病院内、多摩地区に東京都立小児総合医療センター内に設置されたうちの一つで、相談は専門の電話やウェブで行っているが、2か月間で個別支援が32件、地域支援で37件の相談があったという。この数字を多いのか、少ないのか、判断は置くとしても、当事者家族団体の見解では、周知活動が少ないとの指摘があった。
◆情報提供に差
センターからの報告によると、東京都内では、医療的ケア児向けの情報を積極的にホームページで掲載している区は数か所で、地域によって情報提供に差があるという。情報共有の促進や広報啓発が区によって違いがあることは、すなわち基本理念の「居住地域にかかわらず等しく適切な支援を受けられる施策」が履行されていないことにつながる。
さらに地域で認定されたコーディネーターについても、存在が認知されていないとの指摘もあった。基本理念では「個々の医療的ケア児の状況に応じ、切れ目なく行われる支援」を明示しているが、この補足として「医療的ケア児が医療的ケア児でない児童等と共に教育を受けられるように最大限に配慮しつつ適切に行われる教育に係る支援等」としている。
2018年から医療的ケア者を含む重度障がい者の「学び」を実践してきた私としても、この点で連携できる可能性は高いのだが、その議論にたどり着くにはまだやることが多そうだ。
◆本人・家族の声を基本に
さらに大田区からは、障がい者に関する実態調査を受けた課題として「専門的な相談対応の充実や療育機関の受け入れの充実が求められている」「医療的ケア児に対応できる人材を計画的に確保・育成していくことが求められている」が提示された。委員からは人材の離職の多さの実態を示した上で、定着も重要な課題との指摘もあり、特に福祉サービスで看護師を機能させるためには医療機関とは別の支援が必要との認識も示された。
これらの議論の最後には、区内の取り組みとして健康の面や保育、教育の面での対応も報告され、法の施行に伴う取り組みが披瀝(ひれき)されたが、それが実際にどんな支援につながり、当事者やその家族がどのような声を上げてきたのか、それにどのように対応したかには触れられず、肉声は伝わってこなかった。
医療的ケア児支援法は本人やその家族の声を尊重することを基本としているから、やはりその声から議論を始める、または確認しながら議論を深めたいところである。これは全国で取り組む際の基本としたいところである。
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