引地達也(ひきち・たつや)
法定外シャローム大学学長、一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆ステージで自然と言葉に
歌が必要な場所にプロミュージシャンが出向き演奏するプロジェクト「ケアステージHUG」は昨年秋から順調に開催回数を重ねている。今年1月は埼玉県上尾市の就労移行支援事業所「チャオ上尾」で歌手の田山ひろしさん、逢川まさきさんに登場してもらい、歌とトークを披露した。
私も同席したその場所で、参加者を前に田山さんは自分と精神疾患であった母親との思い出話となった。私も、それまで田山さんの家族の疾患について知識として知っていたが、その情景を言葉で描写されると、過去の出来事はリアリティーを増し、心に迫ってくる。
「人に言ったことはなかったのですが、こういう場に来て、自然に言葉になりました」と計画したうえでの話ではなかったが、その入退院を繰り返していた母親の話は多くのメッセージを含んでいる、と思う。
◆息子に「殺しに来たのか」
1972年広島県出身の田山さんは一人っ子として育ち、父親が水道工事関連の職人で、田山さん自身も高校卒業後に職人の道に進んだものの、つきあっていた女性にふられ、失恋の痛手を歌が癒やしてくれたことから、歌手を目指し上京。30歳を過ぎた2003年に「おとこの春」でメジャーデビューした。
軽妙なトークとこぶしの効いた歌唱で聴衆を引き付ける田山さんは、上尾の会場でも快調に女性にふられ意気消沈した様子を語っていたが、その後に母親との思い出を語り始めた。
母親は統合失調症と思われる症状があり、幻覚の中で小学生だった田山さんのことを「お前は私を殺しに来たのか」と「母親とは思えない形相」でにらみつけてきたという。「俺やで」と息子であることを切実に訴えたという。
◆退院したその日に
その母親は自宅のふろ場で溺死(できし)した。入退院を繰り返していた母親が退院の日、自宅に戻った母親に父親はゆっくりお風呂でも入って、と湯船にお湯を張り、母親がその湯船につかってしばらくして息を引き取っていた。
田山さんは、いろいろな薬を飲まされて体の抵抗力もなくなっていたようだ、と話す。その後、父親はしばらく風呂には入れず、精神的ショックは尾を引いた。
田山さんは小学生だった自分が母親に正気に戻ってほしくて、母親を叩いたことがあるといい、それは当時「しょうがないこと」だったとはいえ、その思い出の傷は深く心を抉(えぐ)ったまま、田山さんの過去に影を落としている。
精神疾患の方々を前にして、母親の思い出が口から出てしまったのは、「自然」とはいえ、その自然の中に田山さんの歌手として果たすべき役割は何かを、考え始めている。
◆歌い手にも変化
昨年秋から各地の福祉事業所などで展開しているケアステージHUGは、アーティストと障がいのある方々との出会いが繰り広げられている。
小さな一瞬とはいえ、その積み重なりや連なりが何かの形になると考えている。先日、NHKラジオの生放送「きらめき歌謡ライブ」に出演したケアステージHUGのアンバサダーであるPsalm(サーム)は、アナウンサーから「ケアステージHUG」の説明を求められた。
ケアとステージをつなげる取り組みに多くの方々に賛同してもらいたい。参加者が心打つステージにしたいと思いつつ、田山さんのように、参加するアーティストが変化するさまも面白い。
それはやはり、演者と聞き手の共同作業としての可能性の広がりも予感させる。ケアステージHUGの参加ご要望は「ケアステージ推進プロジェクト」のホームページでご覧ください。
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