п»ї 芥川賞「貝に続く場所にて」の鼓動から生まれるもの『ジャーナリスティックなやさしい未来』第221回 | ニュース屋台村

芥川賞「貝に続く場所にて」の鼓動から生まれるもの
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第221回

12月 13日 2021年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

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◆ためらいが文字に

 2011年3月11日に起きた東日本大震災でボランティアとして支援活動をしてから、震災を題材にする小説や映画、ドラマなどを私は避けてきたような気がする。メディア研究の一環として、それを分析的に捉えようとしたこともあるものの、自ら率先して向き合ってはこなかった。

それは演出される映像や表現された言葉と、そこにあった現実とに大きな乖離(かいり)があること、を突き付けられるのが怖いからである。いまだに波にさらわれ海から戻らない人がいる中で、なおさらに言葉は無意味となる。

震災から10年でもその感覚は変わらないものの、その言葉にするためらいを文学にしたのが、第165回芥川賞受賞作『貝に続く場所にて』(石沢麻依著)だと解釈した。ためらいにも確かな鼓動があり、それが伝わる。

震災時、仙台の内陸で被災した作者は「海も原発も関わらなかった場所にいたこと。そのことが、あの日の記憶と自分の繋がりを、どこかで見失わせている」と書くその感覚に強く私も反応する。

◆幽霊との対話と頑張れ

その見失った繋(つな)がりを結ぶのがメディアであるが、それは心の問題とは別である。この小説は震災で海に流され帰ってこない研究室の同僚が主人公の住むドイツ・ゲッティンゲンに幽霊として現れることから始まる。この幽霊と主人公との対話は最小限だ。様々なドイツの街並みや人物が登場して物語は構成されるが、震災の描写が多いわけではない。

それでも当時を伝える事実はためらいながらも雄弁である。

「破壊された顔は、三月が訪れる度に、再生や復興という言葉で化粧が施されようとする。その度に、失われた顔は幽霊のように浮かび上がる。そして、それを無理に場所にはめようとする時、それは単なる願望の仮面を押し付けているのに過ぎなくなるのだろう」

この願望がためらいなく語られてきた。頑張ろう、頑張れ。私自身、そことは距離を置きたかったから、この作品の表現は私の心にそっと入ってきて勝手ながらの共鳴を確認する。

◆海水浴場に遺体

私の実際の体験と重なるシーンがある。内陸部に住んでいた主人公が震災発生日の夜、携帯電話の画面で「荒浜に三百人の遺体が打ち上げられた」が伝えられたこと。作品では「その時初めて、海に近い場所に住む友人たちの顔が浮かび上がり、闇の中に別の不安と恐怖が滲んで残像になった」という。

子供の頃に自分が慣れ親しんだ仙台市内の海水浴場に、遺体が打ち上げられるという情報は、当時東京にいた私の携帯電話の画面にも飛び込んできた。その衝撃から、私の戸惑いは始まったかもしれない。

この小説が描いた被災地とそれ以外を結ぶ言葉は絶望でしかない雰囲気の中で「それは私の意識を逆なでし、目を閉じても開けても広がる深い暗闇に、幾つもの崩れた顔のように浮かび上がった」という。この感覚に親近感を抱きつつ、その顔が何か私はいまだに分からない。

しかし、結果的に私はそのあまりにも強いインパクトのある文字列を目にし、被災地に向かったのだと思う。

◆凛とした深み

現実と言葉の乖離に戸惑う、などと言いながら私のほうは、何とか被災地を表現し風化を防がないといけないという思いから、歌曲「気仙沼線」「サンマ漁」を発表した。情報を伝える言葉を凝縮させ、必要な文言を音に乗せて広く長く伝わればとの発想ではあったが、この小説を読んだ後は、その行動が正しいのかどうかも心もとない。

小説には、ゲッティンゲンの街並みや夏目漱石、寺田寅彦、太陽系の惑星の話など随所にモチーフが盛り込まれ、それが仕掛けになっている面白さもあるが、それは静かに世の中がいろいろな言葉で繋がっていることを暗示しているようで深みを感じる。

一見無関係なものもつながる可能性に人生は満ちあふれているのだと、楽観的な私はそう捉え、言葉の深さを意識し、そして被災地をめぐってここから何をしようかと考えさせられる。凛(りん)とした小説だ。

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