引地達也(ひきち・たつや)
特別支援が必要な方の学びの場、みんなの大学校学長、博士(新聞学)。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般財団法人発達支援研究所客員研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆音楽家とともに講義
みんなの大学校で4月から始まった「おんがくのじかん」は通所施設や自宅にいる重度障がい者をウェブでつなぎ、プロのミュージシャンらが演奏とともに「学び」を提供するプログラムである。
みんなの大学校の学生にとってはこれまでのプログラムの一つとして始まる新しい科目である一方で、初めて参加する人にとってはオンラインで講義を受けること自体も新しく、空間を飛び越えて音楽でつながる体験は、刺激的なようである。
前半を終えた段階で、見えてきたものは「つながる」ことで発生する化学反応はやはり面白い、ということ。単なる音楽の提供にとどまらず、一人ひとりのつながりと「学び」につなげていくためには、これからも研究が必要だが、受講者の言葉はみずみずしい新鮮さがある。そして、その言葉が今後の道標(みちしるべ)となるのだと思う。
◆「学び」のスタート
現在の講義に参加しているのは、各地のみんなの大学校の学生や東京都内の通所施設に通所する重度障がい者の方々である。「重度障がい」とひとことで言っているが、いわゆる「大島分類」 による「重症心身障害」を多く含んでいると考えてもらいたい。これは、重度の肢体不自由と重度の知的障がいとが重複した状態であり、行政上の措置を行うための定義である。国が明確な判定基準を示していない中での一般的な分類であり、日本の重症心身障がい児者は約4万3000人と推定されている。
この方々は医療的ケアが必要な状況にあることで、自らが欲する「学び」を受ける環境が整っていなかったため、みんなの大学校ではオンラインでつながることで、これら医療機関や各事業所で対応が必要な中でも「学び」は可能であるとの認識から、この取り組みが始まった。
ここからぞれぞれの「学び」がスタートする、と考えている。
◆ストーリー形成と言葉、合奏
この始まった取り組みの化学反応としての言葉であるが、まずは言葉を発する場づくりが重要だ。これまでは障がい者の学びの場に「ケア」の視点で音楽プログラムを提供してきたが、今年度は音楽を自分事のストーリーと結び付け、考えてもらう機会を作っている。その考えられ発せられた言葉を吸い上げながら、「一緒に」音楽をやることの垣根を低くし、誰もが「一緒の」雰囲気を作り上げることを重視している。
そのプロセスすべてに「学び」の要素を含んでいることを意識している。
例えば、春夏秋冬の季節のイメージとピアノの楽曲を感じてもらい、それぞれの季節のイメージと音楽の曲目を話してもらう。喜怒哀楽を表現する音楽、季節の風景を感じる音楽、それぞれの演奏と自分のストーリーを結び付けてもらうという志向だ。
受講者からは季節の曲では「津軽海峡冬景色」、喜怒哀楽の曲では「水戸黄門のテーマ」などが自分事の曲として飛び出してきた。
◆多様な音色に反応さまざま
紹介する音楽のジャンルもポップスや演歌、クラシック、ジャズや津軽三味線、日本の民族音楽など多種多様だ。先日、出演したギタリストが弾くボサノバの名曲「WAVE」(アントニオ・カルロス・ジョビン)には、「ホテル・オークラのラウンジで聞きたい」との反応だった。
その正直な言葉は、安心した学びの場を確定的にしてくれるからありがたい。総務省の令和3年版情報白書は「『誰一人取り残さない』デジタル化の実現に向けて」を章立てし、「誰一人取り残さない」を強調した。
「誰一人取り残さない」ために、このアプローチが有効であるかを示したいが、それはやはり提供するプログラムにかかっている。白書はこうも記す。「デジタルを単に『感染拡大防止などの有事における有効手段』として評価するのでなく、デジタル化によるそれ以外の本来の価値を見いだし、社会全体で共有することが必要である」。この学びをまだまだ広げて、社会全体で共有していきたい。
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