引地達也(ひきち・たつや)
特別支援が必要な方の学びの場、みんなの大学校学長、博士(新聞学)。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般財団法人発達支援研究所客員研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆残る「強制」
厚生労働省は6月、精神疾患者を医師が家族らの同意を得て強制的に入院させる「医療保護入院」制度を将来的に継続させる方向を示した。共同通信の報道などによると、有識者検討会の報告書案に盛り込まれていた「将来的な継続を前提とせず」「縮減」との文言が削除されたという。
この報告書には「将来的な廃止」も明記されていたが、それも消え、精神疾患者が「強制的に」措置される仕組みをなくしていこうという取り組みは、後退することになり、これは社会での共生を考えて行動する人も失望させることになりそうだ。
報道では「日本精神科病院協会(日精協)が反発したことなどが要因とみられる」と書いているが、病院の現実的な対応として苦労があるのは、理解しつつも、「強制」を回避するための努力を医療だけではなく、福祉やソーシャルワーカー(SW)とともに考えていけないだろうか、とあらためて再考を促したい。
◆長期入院の人権侵害
精神科病院への入院は、本人の同意により入院する「任意入院」と本人の同意なしに入院させる「措置入院」「医療保護入院」がある。措置入院が「自他を傷つける可能性がある」を条件にし、緊急対応として必要であることは広く認識されているが、医療保護入院は「精神障害のために判断能力が著しく低下した病態にある」「この病態のために、社会生活上、自他に不利益となる事態が生じている」「医学的介入なしには、この事態が遷延ないし悪化する可能性が高い」など、七つのガイドラインに照らし合わせて判断される。
簡単に言えば、措置入院程の緊急性がないが入院措置が必要な人で本人の判断能力が低下している場合に家族等の同意で入院する(させる)ことをいう。これは、精神科の入院患者の半数近くを占めており、日本特有の問題である精神疾患者の「長期入院」の問題につながっており、この多さ、措置は国際的には「人権侵害」との声も出ている。
◆国連が政策審査
その人権侵害か否かを判断する国連の障害者権利委員会は、8月下旬に日本に対する初めての政策審査を実施すると、報じられた。これは障害者権利条約を結んだ国に改善点を勧告するための手続きで、法的拘束力はないが、国連が示す基準は尊重することが当然とされ、当事者の権利擁護が進展する可能性も期待できる。
審査は8月22、23日にスイス・ジュネーブで行うという。当初は2020年夏に実施予定で、私自身も各方面でこの機会に権利擁護の見直しなど、説いてきたが新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期されていた。権利委は事前に日本政府にテーマごとのアンケート調査を行っており、その質問から、審査では「精神科病院での患者の長期入院」も論点になるとの予想が示されている。
日本は2014年に世界で141番目に条約を締結し、2年以内に国内の政策を障害者権利委員会に報告した。その後、各国から選ばれた18人の委員が締約国の状況を定期的に審査、勧告する仕組みになっている。
◆SWの力は豊富
「縮減」を掲げないという今回の措置は確実に縮減目標などの数字に落とし込まない状況を作り、理念的な方向性に止めようという意図が見え隠れする。
検討会に参考人として出席した日精協の山崎学会長は「同制度を廃止したら、精神医療は完全に壊れる」と主張していたという。これまでの精神医療を支えてきた日精協の主張はこの制度の必要性を主張することで、その運用も恣意(しい)的になってしまわないかの疑念もわき、「医療現場」という隔絶された閉所の中から叫んでいるようにも思える。
ここ数年は、社会の中で「インクルーシブ」「ダイバーシティ」が叫ばれたこともあり、ソーシャルワークの質も上がってきている。地域移行を前提とした医療行為を考え、SWとコミュニケーションを活発化させることで、精神医療は壊れることなく、豊かになれるのではないか、との発想に立ってほしい。私の周辺にいる人、仲間、SWの力は結構、確実であり豊富だ。医療で孤立せず、ここは一緒に考えていきたい。
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